第4話 面接の準備
しかし、アイドルになるためには、オーディションを受けなければならない。
そのために必要なのは、「履歴書」と呼ばれる書類である。
この「履歴書」には、名前や住所などの基本情報に加えて、特技や趣味などを記入する必要がある。
「これって、どういう風に書いたらいいんだ?」
インターネットで調べてみると、アイドルのオーディションでは、自己PRやアピールポイントなどを書く欄があるらしい。
「アピールポイント……? そんなの考えてもいなかったな……。どうしようかな。とりあえず、自分の長所を正直に伝えるしかないよな。でも、それだけじゃダメだよな。何か他に書くことはないかな……」
自分の得意なことや趣味を正直に書いてもいいのかもしれない。
でも、それだと他の人と差別化することができない。
せっかくなら、個性を出していきたい。
アイドルになりたいという強い意志を持っていても、それを上手く表現できないと、アイドルになれる可能性は低いだろう。
そうなると、やはり自分が持っている才能やスキルを、客観的に分析していく必要がある。
僕は、自分なりに考えながら、自分の長所について書き始めた。
まずは、自分の性格について考えることにした。
「僕の性格かぁ。そうだな。内向的で、物静かという感じだよね。あとは、正義感が強いところとか、心優しいところもあると思う」
次に、自分の外見について考える。
「僕には、特に目立つような特徴はないと思うんだけど、あえて言うならば、髪の色が茶色っぽいことくらいかなぁ。」
次は、特技・趣味について考える。
「特技は、読書かな。小説を読んだりするのは好きだし、本を読むことで知識も増えるから、将来に役立つと思っているし。」
趣味は音楽鑑賞で、主にJ-POPを聴いている。最近は、アイドルグループ『Rainbow Stars』のライブを見に行って、彼女たちのパフォーマンスを見て感動したし。アイドルに憧れている女の子たちは、彼女たちのライブを見れば感動するんじゃないかなって思う」
最後に、自分の好きなことについて考えた。
「自分の好きなことは、音楽を聴くことと小説をたくさん読むことだ。音楽は、ロックやポップミュージックを中心に聴いていて、邦楽も洋楽も幅広く聴いたりしている。小説は、ミステリー系の作品が好きなので、推理小説を毎日のように読んでいる。他には、ライトノベルも好きで、ファンタジー系の作品も好んで読んでいる。自分が読んだことのある本を誰かに紹介できるほど、たくさんの種類の本が読めるようになりたいと思ってるなぁ。」
こんな感じで、自分の長所や好きなことを正直に書いてみた。
すると、あることに気づいた。
「あれっ!? 意外にも、自分のことをちゃんと書いているぞ。自分のことを文章にしてみると、案外スラスラ書けるものだな。それにしても、我ながら自分のことを冷静に見つめることができてる気がする。やっぱり、自分でも気づかないうちに、自分を客観視できているのかな」
自分自身の内面を深く見極めることができたのが良かったのだろうか。
それとも、自分のことを客観的に見られるようになったのが成長なのか。
ただ単に、自己PRのコツを掴んだだけなのか。
理由は分からないが、自分の長所や短所を正直に書いたことが功を奏して、自己PRシートの内容が濃くなったのは間違いない。
「よし! これでいいや!」
僕は、履歴書を書き終えて、早速応募することにした。
「えっと、履歴書は郵送でいいのか。履歴書を送る場合は、封筒の表に宛先を書いて、裏には差出人の住所と名前を書けばいいんだな。それと、履歴書のコピーは必要か……。
履歴書は2枚用意するとして、1枚目の履歴書をポストに投函したら、すぐにもう一枚の履歴書を作成しよう。そして、明日の朝イチに履歴書の原本を郵便局に持って行って、速達で送ろう。それでいいかな?」
僕は、履歴書の作成を終えて、少しホッとした。
でも、まだ安心はできない。
なぜなら、明日は面接があるからだ。
「明日は、どんな服装で行けばいいんだろう? スーツを着ていくべきなんだろうけど、今まで就職活動をしたことがないから、どの服を着ていけば良いか分からん。とりあえず、リクルートスーツを着ていくか。でも、この前買ったばかりだから、新品のままだ。これって、もしかしたら、あまり良くないのかな……」
僕は、クローゼットから服を取り出した。
「うーむ。どれがいいか迷ってしまうな。普段からオシャレをしているわけじゃないし、ファッションセンスがないのがバレてしまうかもしれない。ここは、無難にTシャツとかにした方がいいのかな……でも、それだとあまりにもラフすぎるというか、だらしない印象を与えてしまいそうだ」
結局、悩んだ末に、ジーパンに白いワイシャツ、その上に紺色のジャケットを羽織ることにした。
「うん。なかなか悪くないんじゃないか。これなら、清潔感もあるし、真面目で誠実そうな好青年に見えるはずだ」
そう思ったのだが、鏡に映っている自分の姿を見て、不安になった。
「いかん。これはダメだ。とても就活生には見えない。ただのヤンキーにしか見えない。しかも、ちょっと怖い。なんか、ヤバい奴みたいになってる」
どうしよう。
このままではマズイ。
何か対策を考えないと。
そうだ。
髪型を変えればいいじゃないか。
「髪の色は、もともと茶色っぽいから、黒に染めれば、だいぶ雰囲気が変わるんじゃないか? よし。そうと決まれば、さっそく美容院に行って髪を黒くしてもらうことにしよう。
でも、どこに行けばいいんだろ? 地元の駅前に、そんな店があったようななかったような……あっ、あった。確かにあった。でも、ここは高いんだよなぁ。でも、背に腹は代えられない。仕方ない。ここでカットするか」
俺は、地元の駅にある小さな理容室に行った。
そこは、床屋というよりは、散髪屋と言った方が近い感じのお店で、おじさんが一人で営業しているお店のようだ。店内に入ると、椅子が二つ並んでいて、その奥にハサミやクシなどの道具が置かれている棚があり、さらにカウンターがあって、そこに店主らしき白髭を蓄えた老人がいる。
俺以外に客はいないようで、静かなBGMだけが流れている。
他に店員の姿はない。
壁の時計を見ると、午後4時30分を指していた。もうすぐ閉店時間らしい。
あと10分で閉まると、入り口の看板に書いてある。間に合って良かった。
もし間に合わなかったら、せっかくここまで来たのに無駄足になってしまうところだった。
僕はは、空いている席に座って言った。
すると、店主が話しかけてきた。
年齢は70歳くらいだろうか。
頭には手拭いで鉢巻きをして、首元まで伸びた顎鬚を触りながら、彼は言う。
どこか威厳を感じさせる声色で。
まるで、時代劇に出てくる頑固な職人のような風貌だ。
彼が、僕の担当美容師さんになるのだろうか。
僕は、少し緊張しながら答える。
できるだけ丁寧に。
でも、失礼にならないように。
第一印象は大事だから。
僕は、彼のことを観察した。
まずは、外見から判断する。
髪の毛は真っ赤に染まっていて、顔は四角くて大きい。眉毛も太くて濃い。鼻の下には立派な口ひげを生やしていて、目は細くて鋭い。
そして、何よりも特徴的なのは、着ている服が和装であることだ。
おそらく、この人は、日本の伝統文化である茶道や華道、書道などに精通していて、それらに関する書籍の執筆や監修を行っている人なのではないだろうか。
そう考えると、彼の放つオーラのようなものにも納得できる。
もしかすると、この人の職業は、いわゆる家元とか先生と呼ばれる類のものではないのかもしれない。
僕が黙っていると、店主は落ち着いた声で自己紹介をしてきた。
落ち着いた声で。「はじめまして。私は、こういう者です」
差し出された名刺には『ヘアメイクアーティスト』と書かれている。
「へぇ。すごいですね。プロの方なんですか?」
「はい。一応、そういうことになりますね」
「では、本日はどのようにいたしましょう」
「明日アイドルの面接があるのでそれに似合った髪型にして欲しいです」
俺は、迷うことなく即答した。
だって、それ以外の選択肢なんてないから。
でも、さすがにこれは無茶ぶりすぎるかなぁ。
でも、それ以外に言い様がないんだよな。
どうしよう。
俺が困っていると、彼は続けて言った。まるで、俺の心を見透かすかのように。
全てを知っている預言者のように。
淡々と。
冷静に。
まるで、機械音声のような無機質な口調で。
感情を感じさせない冷たい眼光を放ちながら。
でも、不思議と恐怖心はなかった。
むしろ、その逆で、なぜか安心感を覚えたのだ。
俺のことを見つめる瞳の奥底に優しさを感じたからだろうか。
それとも、彼の醸し出す雰囲気が温かく感じられたからだろうか。
理由はわからない。
だから、思ったことをそのまま口にすることができた。
アイドルの面接を受けるということも。
そして、そのために髪を整えて欲しいという願いも。
すると、彼はすぐに返事をした。
それも、予想外だった。
まさか、こんなにあっさりと承諾してくれるとは思わなかったからだ。
もっと渋られると思っていた。でも、よく考えてみれば、当然のことかもしれない。
なぜなら、この人はプロの美容師なのだから。
きっと、これまでに多くの人を綺麗にしてあげてきたはずだ。
だから、素人の高校生の髪の毛を切るくらい、造作もないのだろう。
それにしても、どうしてこの人は、ここまで親身になってくれるのだろう。
それが、ずっと疑問に思っていたことだった。
でも、その理由はすぐにわかった。
彼が、自分の胸の内を明かしてくれたから。
「私は、昔からアイドルが大好きでしてね。
特にRainbow Starsの大ファンでして。彼女達の髪型も担当したこともあるんですよ」
「そうなんですか!?」
「えぇ。といっても、私が担当したのは、デビュー前の彼女たちですから」
そう言いながら、黙々と僕の髪をあっという間にカットしてくれた。「これでいかがでしょうか? 全体的に短めに切り揃えてみましたが、何か気になるところなどありましたら、遠慮なく言ってください」
鏡を見ると、そこにはいつもの僕の姿があった。
少しだけ、男らしくなったような気がする。
でも、これなら大丈夫そうだ。
僕は、彼にお礼を言った後、店を後にした。
外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
でも、不思議と気分は晴れやかだ。
さっきまで抱えていた不安や悩みが嘘みたいに消えている。
まるで、魔法をかけられたかのようだ。
これも、彼の力なのだろうか。
だとしたら、彼は魔法使いなのかな。
そう思いながら就寝した。
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