禁忌は甘い香りと棘を持っている。薔薇のように 2

「――今? あとにできない? ちょうどニの村からの一団が到着したところなんだけど」

「おねがい」


 サナンはすぐまた何か、彼女のわがままを諌めるような言葉を口にしかけたのだが、息をつめてじっと自分を見つめているマテアの頑なな表情に、ふうと息をついた。


「…………しかたないわね。自分でまいた種でもあるし」


 下を向き、マテアにも聞こえない小さな声で独り言を呟いてから、サナンは先までいた高台をふり仰ぎ、そこにいて、彼女が話を終えて仕事に戻ってくるのを待っている月光聖女に向かい、休憩にすると言った。


「きて。こっちよ」


 休憩の伝令があちこちでとびかう中、サナンが顎で奥の方を示す。そこはすでに整理済みの札がついた荷物が山積みされた場所で、人目にはつきそうにない場所だった。


「なかなか予定通りにいかなくてね。届くって言ってた物が届かなかったり、予定より早く着いちゃったり。後ろがつかえてて、本当ならさける時間なんてないんだけど、せっかくこんな離れまで足を運んでくれたことだし、あなたの希望通りにしてあげたわよ。でもあまりあげられないから、簡潔に、手早くね」


 荷物の壁に背を預け、軽く両腕を組んだサナンは突き飛ばすような語気で言う。

 ラヤが好きだと公言してはばからない彼女が自分に好意を持っていないことはマテアも知っていたが、その口調に、ますます言い出し辛さを感じながら切り出した。


「あの…………無茶なこと、訊くと思われるかもしれないけど、もしかして、あなたなら知ってるかも知れないと、思って……」


 だってあなたはとても綺麗で力強い<リアフ>をしているし、きっと同代の聖女の中であなたほど立派な<リアフ>をまとっている者はないと思うし、などなど。自分の劣等意識をさらけ出さなくてはならない恥ずかしさと緊張から胸の動悸は激しさを増していく。今すぐ口をつぐんでしまいたくなる気持ちと戦いながら、もどかしげに上ずった声で言うマテアに、サナンは急ぎ制止の手を左右に振った。


「ちょっとちょっと。待ってよ。

 なんなの? それ。話がまるで見えないわ。先に言ったでしょ? あげられる時間は少ないの。ちゃんと要領よく言ってちょうだい」

「あ……、ご、ごめんなさい……」


 かっと熱を帯びた頬を両手ではさみこむ。俯き、すっかり恥じ入ってしまった彼女を見て、サナンはくすりと鼻で笑った。


「なんてね。嘘よ。ちゃんとわかってるわ。

<リアフ>を強めるには何か秘訣でもあるんじゃないかって、それをわたしに訊きにきたんでしょう? わたしなら知ってると思って」


 あたりね。面を走った動揺を見逃さず、サナンは息を吐く。思った通りとはいえ、自分の言葉一つでこんなにも心を揺らせるマテアの弱さがおかしく、目を細めて見つめた。


「どうせわたしに言われてから、ずっと考えてたんでしょう。ごまかそうとしたってだめ。あなたってほんと、融通のきかない生真面目な人だから、ちょっと考えただけで思考経路なんかすぐ読めちゃうのよ。だから、きっとくるって思ってたわ。もっとも、思ってたよりずいぶん早い行動だったけど。今夜一晩くらい寝台の中で考え続けて、くるのは明日の朝じゃないかって予想をたててたわけ。

 前々から思ってはいたけど、その直線思考は尊敬に値するわね。でなけりゃわたしに直接訊こうだなんて、思いつきもしないはずだもの。だってそうでしょう? <リアフ>の質を変える秘策があったとして、ラヤを狙ってるわたしが教えると思ってるわけ?」


「それは……」


 サナンは教えてくれないかもしれないと、マテアも考えなかったわけではなかった。彼女がラヤを好きなのは知っているし、自分に好意を持ってないのも知っている。そんな自分が訊いたところでまともに答えてもらえるとは思えない。けれど、そうするより他にマテアには何の手立ても思いつかなかったのだ。

 もともと彼女のまとった<リアフ>は聖女の中でも五指に入るほど美しいと定評があったが、特にここ数十年ほどの彼女の<リアフ>の輝きは他の聖女をはるかにしのぎ、際立って美しく、はなやかで、遠目にも彼女とわかるほど強い光を放ち続けている。それを知る聖女たちはサナンを遠巻きに見つめては、口々に『きっと何か、<リアフ>に直接作用する画期的な方法を見つけたのだろう』と噂していたものだ。

 とはいえ、持って生まれた<リアフ>の資質は変えることはできないというのが常識で、そんな思いつき話を本気で信じる者は一人としておらず、もう誰の口にものぼらなくなったため、マテアもすっかり忘れていたのだが、ふとそのことを思い出して、もしもそんな方法があるのなら、と思った。

 それに彼女は、『本当に友達なら<リアフ>を強めることこそあなたに勧めるはずだものね。わたしならそうするわ』とも言っていた。勧めたなら『どうすればいいのか』と、方法を問い返されるのは当然だ。答えを返せないのであれば、口にしてはいけない言葉。それを口にしたのなら、答えも持っていておかしくない。

 <リアフ>さえ強まれば、ラヤと儀式を受ける自信もつく――そう思ったらいてもたってもおれずに、休憩時間も待てずこうして彼女を訪ねてきたのである。


「おねがいよ、サナン。もしそんな方法が本当にあって、それを知っているのなら、どうか教えてほしいの」

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