月の乙女は月誕祭を待ちわびる 2

 百年に一度の『月誕祭』。その日、百年前の『月誕祭』でその御手より誕生した神月珠からは新しい月光聖女たちが還り、そして月光聖女の中でも若い世代にあたる三百年目の彼女たちは、生涯最大の祭事を迎えることになる。


「ああもおっ。

 ねえねえ、それでどうなの? みんな、もう決まった?」


 みんな内心では最大の関心を持ちながらも口にしようとせず、あたりさわりのない事柄に終始していることに焦れたのはやはりイリアだった。

 途端、花を追って少しずつ円を広げていた他の五人の聖女たちの顔が一斉に上がる。草の海の中、背筋を伸ばし、意味ありげな視線で互いを見合った彼女たちは、身を寄せあうように誰ともなく前のめりになった。


「わたしは……やっぱりテナイがいいわ。優しいし、わたしの言うことならなんだってきくって言ってくれてるし。彼にするわ」

「カラクがぜひ自分とって」

「実は、出発前に、ナサヤに申しこまれてるの。まだ返事してないけど、でもね」


 はにかみながら、くすぐったそうにそれぞれ思う者の名を上げる。


「まだだけど……わたし、ソルがいいなって……」

 うっすらと染まった頬を草で隠すように俯いて、小さく呟いたのはエノマだった。

「ソルっ?」


 彼女から一番近い場所にいて、しっかり名を聞きとったサリアルが、声をはね上げて聞き返す。その意外そうな声にますます畏まってしまった彼女の面を、サリアルはまじまじと覗きこんだ。


「ソル…………って、あの、ソル?

 だってあなた、そんなこと今まで一度も言ってなかったじゃない」

「――ええ、でも……」


 かあっと赤く上気した頬を両手ではさみこみ、隠そうとする。態度が、消えた言葉よりずっと明確に彼女の気持ちを表していた。


「ソルねぇ……。まさか思ってもみなかった相手だけど、ええ、いいんじゃないかしら?」


 数瞬の沈黙の後、花篭の中の蕾を弄びながら、イリアが言った。


「ソルはエノマのひかえめさをもらうべきよ。エノマだって、もう少し強くならないとねっ」

「そうね。その通りよエノマっ」


 イリアの肯定にカティルが勢いづく。


「大丈夫よ、ソルだってきっとエノマがいいって言うわ。エノマの価値がわからないような男なんて、いるはずないもの」

「ああ見えて彼奥手だから、戻ってきたらエノマの方から申しこむといいんじゃないかしら? さもないと、祭のはじまる寸前まで迷っていそうじゃない、彼ってば」


 光のかけらがこぼれるようにきゃらきゃらと笑い、カティルに続いて他の聖女たちもこぞって励ましの言葉を贈る。



 誕生してちょうど三百年目を迎える彼女たちにとって最大の儀式であり『月誕祭』における中心的神儀の一つ。それは半身を得ることだった。



 『月誕祭』が中盤を迎え、たけなわとなる頃、その神儀ははじまる。決めあった者同士が両月光神の前に進み出、その意志を告げると、両月光神が祝福として二人の<リアフ>を一つに融合してくれるのだ。完全に一つとなった<リアフ>は再び二つにわけられ、互いへと返される。そうして精神的合一を果たした彼等は真実の一対となり、互いを伴侶とするのである。


 互いを尊じあい、慈しみあい、喜びも悲しみも、死すら等しくわかちあう者ができることは、最大の喜びだ。聖女たちはそれを三百年目の『月誕祭』の日、両月光神によってと定められているが、この月光界に生を受けたものは、それがどんな小さな生き物であれ、行っている行為である。(蛇足ながら、彼女たちが月光界においてもっとも月光神に愛された者と称されるのは、外見の美しさもさることながら、両月光神によって生み出された神月珠から還り、御手ずから<リアフ>を合一してもらうという、この行為によるものが大きい)


 そして聖女たちと対となるべくして同じ神月珠より生まれた神殿警備の若者たちは、まだ辺境の巡回――遠い地に住んでいて、神殿までこれない住人たちから両月光神へささげる供物を受けとってくるのだ――から帰らないが、もう二日三日すれば戻ってくる者たちもでてくるだろう。この一年から三年に及ぶ旅によって、さらに逞しく、見違えるほど成熟した心身で。



(ラヤは、いつ戻るのかしら……)


 互いにひやかしあう聖女たちを見ながら、ぼんやりと、最後に見たラヤの姿をマテアが思い起こしていたとき。


「ねえっ。マテアはなんて言われたの?」


 まるで彼女の心中を読みでもしたように、突然サリアルが彼女の方を振り向いた。

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