おぶわれ騎士令嬢と野生騎人のスタンピード

アニッキーブラッザー

第1話 騎士令嬢と野生児

 その日、『魔獣の大森林』に足を踏み入れた少女の前に、百年の休眠から目覚めた巨大火竜が出現した。



「た、確かに私は言ったけども……『強く、勇猛果敢でその背に私を預けし運命の騎獣よ、私の前に現れて!』って。ここなら伝説の『森の母神・フェンリル』がいるかもって話だから……でも……でも……巨大火竜が出て来るなんて思ってないよぉ! どうしてこんなことに!?」


 

 眠りから目覚めた直後に獲物を見つけ、鋭い爪を振り回して木々を薙ぎ倒す火竜の猛威から、不運な少女である『カノン・ブリランテ』は必死に森の中を逃げ回りながら、この状況に至った経緯を思い返していた。



――馬も獣も鳥も竜も、あらゆる騎獣が貴方を背に乗せたがらない。いかに剣や魔法の才があっても、最低限の騎乗ができない者は王国乙女騎士にはなれない



 ラブライ王国の名家、六大侯爵家の一つであるブリランテ家の次女であるカノンは、魔法学校の担任に呼び出されて絶望の淵に叩き落された。


 幼いころからの夢だった。


 ラブライ王国が誇る凛々しく気高い『王国乙女騎士団』に入り、騎士の相棒でもある馬、獣、はたまたはドラゴンなども含めた『騎獣』に跨って、その身と剣を国に捧げる未来に憧れた。

 カノンは狭き門であるラブライ魔法学校に入学し、勉学も魔法も剣も常に上位の成績を収めていた。


 だが、そんな彼女にも欠点があった。

 どういうわけか、あらゆる騎獣に騎乗することができなかったのだ。


 馬車などであれば問題ないのだが、騎獣に直接カノンが背に乗ろうとしたら嫌がって振り下ろそうとしたり、走り出さずにその場で蹲ったりと、騎士団入団での最低限の条件である騎乗が何度やってもうまくいかなかったのだ。


 自分が重いのか? 匂うのか? それとも単純に動物に嫌われているのか? あらゆる原因を追究しても改善されない。

 

 それは入学から一年経ってもままならず、魔法学校の騎士候補養成コースで唯一の騎乗成績0点。

 次の追試で合格しなければ、留年、落第と崖っぷちであった。



――カノン。騎乗の成績のことは聞いている。そろそろ騎士になる夢は諦めて、屋敷に戻って花嫁修業をし、婿を取らないか? 父さんも母さんも、お前の幸せを望んでいる



 一方で両親は、過保護気味な所もあり、カノンには騎士団のように危険が伴うかもしれない職に就くのは反対であった。

 そんな両親の反対を押し切って、魔法学校に入学し、誰にも負けない剣や魔法の力を身に付けながらも、まさか騎獣に嫌われて騎乗ができないという欠点にカノンは追い詰められ、しかしそれでも夢が諦められず……



――私は絶対に乙女騎士になってみせるんだ! 何が諦めて家に帰って結婚よ……ばーーーか!



 カノンは両親に反発した。

 そして、学校で保有している騎獣に騎乗できないのであれば、自分が騎乗できる騎獣を見つけてみせる。

 学校の連休を利用して、カノンが王国の外れに位置する大森林に足を踏み入れて、己の騎獣を探しに出た……そして……


「はあ、はあ、駄目……剣で攻撃するなら接近しないと……でも一発でも攻撃を受けたら、私……死んじゃうよ……魔法や魔法剣で中距離攻撃するにしても、あんな大きな火竜にダメージを与えるなら強い魔法じゃないと……そのための詠唱や集中している時間がない……逃げ回るしかないよぉ」


 たとえ騎乗ができなくても、カノンは戦闘に対する自信はあった。

 剣も魔法も同学年の男子にすら負けなかったからだ。

 森のモンスターや獣ぐらいに後れを取るはずがないと高を括っていた。

 それがまさか、今日いきなり伝説の竜が休眠から目覚めるなど、カノンが予想できるはずもなく、今はただ逃げ回るしかなかった。

 しかし、どれだけ逃げても、火竜はカノンを見逃さない。


「つっ、このままじゃ……嫌……嫌だ!」


 死にたくない。

 その想いと共に、カノンはこの絶体絶命の窮地の中で抱いたのは……


「私は……絶対に騎士になるんだ……あの誇り高く輝かしい姿に私もなってやるんだ!」


 夢を叶えられずに死んでたまるか。

 携えていた剣に手を添えて、カノンが涙と共に咆哮しようとしたとき―――



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


「え……?」


  

 それは、竜の咆哮……ではなかった。

 襤褸切れのような黒いマントを肌の上に直接纏い、銀髪で、体中に独特の紋様を刻まれた褐色肌の男。

 射殺すような凶暴、獰猛、野生の瞳。

 マントの下の剥き出しの肌は引き締まった筋肉。

 そんな男が火竜とカノンの間に飛び蹴りで割って入った。


「ウゴガアアアア!」

「ガルルルルッラアアアッ!」


 人間の蹴りで火竜は顔を跳ねられ、動きを止め、男に向かって怒り狂ったかのように咆哮する。

 対して現れた男も、火竜を前に怯むことなく獣のように激しく咆哮する。


「な、なに? だれ? 人!?」


 何が起こったか分からないカノンは男の背中に目を奪われる。

 魔法学校にも男子は多数いるが、その誰とも違う人種……野生……野獣……野人の雰囲気。

 大柄というわけでなく、それどころか身長も女のカノンより少し低いぐらい……なのだが、カノンにはその逞しい背が誰よりも大きく感じた。

 ただ……


「あなたは……」

「ガ? アグ、ガ、ギャゴガアア!」

「……は?」

「アウ? アガ……………ニンゲンオンナー」


 男の言葉がカノンには一瞬よく分からなかった。

 ただ、分かったのは……


「セナカオーレノル。ヨメオマエ」

「……ん? えっと、の、乗れって?」


 男はカノの前で中腰になる。その背に乗れ……オンブする……と言っている様子だ。

 しかし、それが分かってもカノンは戸惑うだけ。



「いや、でも、私、アーマーつけてるから重いし、走ったほうが―――」


「ガルラアアアアアアアアアッ!!」


「ッ!?」



 だが、そんなことをしている場合ではない。火竜は待ってはくれない。

 再び男とカノンを威嚇するかのように吠え、その巨大な腕を振り上げる。


「ヨメ、イク!」

「あ、え、ちょ、こら、いきなり、ちょ、えっち!」

 

 カノンを待たず、男は走り、カノンを無理やり自分の背中に背負い始める。

 これまでその身体を男に無闇に触らせたことのないカノンにとっては驚くものであり、男にオンブされるなど幼いころに父にされたことがあるくらいのこと。

 しかし男に背負われた瞬間……


「え、あ……」


 その背中から言いようのない熱と、そして目の前に火竜がいるというのにその恐怖を一瞬忘れてしまうほどの安心感があった。

 そして、男は突風のように森の中を裸足で駆け出した。


「うそ、ちょ、は、速い! うそ!?」


 それは、人間の速さではなかった。

 まさに、野生の獣のごとき走力。

 巨大な竜を置き去りにするほど……


「ガウ、オーレ。ヨメオマエ。ヨメオーレノ」

「すごい……あなたは何者なの?」

「ヨメツガイヨメ♪」

「うぇ? ちょ、あなた……ひょっとして、言葉分からない?」

「ン~? ……にぃ♪」

「ッ!?」


 ポカンとするカノンが男に尋ねると、男は先ほどまでの鋭い野性的な凶暴な瞳から、一切の濁りのない純粋な瞳で無邪気な小さな子供のように微笑んだ。

 その純真さに目を奪われ、吸い込まれ、カノンの心臓は強烈に弾けた。


(うそ、あ、え? な、なにこれ、すごい……お、おお、落ち着いてよ、私……クールになりなさい!)


 触れられた瞬間は嫌だったはずが、その背に乗った瞬間に本能が男に身を委ねてしまっている。

 そんな不思議な感覚にカノンは戸惑った。

 

「ん? ……グルルル!」

「へ? え? あ……」


 しかし、惚けている場合ではなかった。

 突如再び鋭い目で唸り始めて振り返る男。カノンもつられて後方を見ると、火竜が飛行して追いかけてくる。


「ちょっ!?」

 

 野生の走力も火竜の飛行相手では分が悪いのか、少しずつ距離を縮められ、ついに火竜は巨大な口を開けて、その口から火球をカノンたちに向けていくつも放った。


「ウウウウ、ガウ、ガウ、ガウッ!」


 だが、男も黙っていない。逃げるのではなく、振り返り、力強いステップワークで数多の火球を回避し、それだけではなく大きく振りかぶった足蹴りで火球を蹴り返したのだ。


「す……すごいっ……な、なんなのこの人は!?」


 魔法でもなければ、何かマジックアイテムを使っているわけでもない。

 純粋な足で竜の火球すらも蹴り返した。

 その人間技とは思えぬ所業にカノンはますます見惚れ、同時に……


「私も……私も何かしないと! 彼の足で避けてくれるなら……!」

「ガルッ?」

「君、攻撃を避けて! 私の魔法剣をくらわせるから、準備の時間を頂戴!」

「?」

「あ、うぅ……守って! 守る! 私、アレ、倒す、時間、欲しい!」

「マモル……マモル! オーレ、マモル!」

「よろしい!」


 自分も何もしないで驚いているばかりではダメだ。自分も騎士を志す者として……カノンが携えていた剣を抜き、魔力を漲らせて詠唱を唱える。

 一人では無理だったが、今ならば可能。

 そして、カノンの言葉が伝わったのか、男はカノンを背負ったまま縦横無尽に広い森を駆け抜ける。

 火竜が火球を連射して、森の木々が燃えるも、その被害が及ぶ前に男は安全な場所へと駆け抜ける。



「大気に宿りし水の精霊たちよ、水流呼び寄せ渦巻きて、荒ぶる顎で全てを飲み込め……来た! 火竜には水!」


「オー……オー!」



 漲らせ、練り込み、そして生み出した魔法の力がカノンの剣を纏う。

 男は口を開けながら目をキラキラと輝かせる。

 何かの背に跨って、輝く剣を掲げるカノンのその姿は、まさに『騎士』であった。


「水流・メイルストロムセイバーッ!!」


 男の背に乗ったまま、カノンが剣を空に向かって振うと、剣先から巨大な大渦が火竜を飲み込んでしまった。

 思わぬ反撃に身をよじり、怯んだ様子を見せる火竜。

 このとき、もはやカノンには火竜に対する恐怖は一切なかった。

 むしろ……


「流石に倒せないか……でも、不思議。君となら……勝てる! 私たちなら勝てるよ!」

「ガウ? カツ! カーーーツ!」

「うん、頑張ろう!」

「カーツ!」


 細かい言葉は通じなくとも、想いが同じ二人は、「勝てる」と確信したように声を上げた。

 その様子に、火竜は一瞥しながら、臆したのかその場を逃げるように飛び去ってしまった。


「あ……行っちゃった」

「グル! カーツ! カーツ! カーツ!」

「あー、待って待って! もういいって! ね、ストップ! ステイ! 止まる! 止まる!」

「トマル? オー、トマル」

「うん、お利口さん♪ いーこいーこ……って、やだ、私ったら、ごめん……まるで子供相手みたいに……」

「イーコ! オーレ、イーコ! ウン、イーコダ♪」

「……はは」


 逃げる竜を追いかけようとした男だが、これ以上は必要ないと男を止め、素直に従った男の頭をカノンはおぶわれたまま後ろから優しく撫でた。

 自然にしてしまった行動に一瞬慌てたカノンだが、男は心地よさそうに笑ってくれたので、カノンもまた笑い……


「あなた、名前は?」

「?」

「名前。なーまーえ。えっと、私、カノン。カノン」

「カノン!」

「うん。あなたは?」

「オーレ?」

「うん、俺は?」


 そして……



「オーレ!」


「……あっ……本名なの!?」



 カノンとオーレは出会った。

 だが、そうやって微笑み合っているのも束の間……



「ガアアアアアアッ!!」


「ふぇ?」


「ア……」



 カノンとオーレの背後に、飛び去った火竜と同じぐらいの大きさを持った、巨大な狼のような白い獣が地響させて降り立った。



「ちょ、今度は―――――」


「ママ」


「……え?」



 カノンが慌てて身構えると、特に驚いた様子もなくオーレは笑顔で獣に向かって「ママ」と口にした。





➖➖あとがき➖➖

はじめまして、よろしくお願い申し上げます。

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