天空城を目指して
文字塚
第1話 迷い込んだ先に関西弁があった
木々が生い茂る中、僕はただ一人佇んでいた。
涙は枯れ果て、戸惑う気持ちももう尽きた。
周囲はただ静かで、深緑の草木で覆われている。
樹木が視界を遮り、見渡そうにもあるのは自然だけ。森の中、孤独が僕に襲いかかるが、もう考えるのも億劫だ。
言ってみれば突然、僕は遭難したということになる。
やれることはやった。
携帯電話を持っていたから、何度も自宅や警察に通報しようとした。けれど圏外。何度試してもダメだった。
深く広い森の中、ではどうすればいいというのか。
大声で助けを求めても、何も帰って来ない。
結果僕は考えることも放棄し始めていた。
動き回っていいものか、判断もつかない。
それでもここでじっと夜を待つのか。
携帯電話の時計は午後八時を示しているけれど、全然日が暮れない。むしろ高くなっている。
つまり遭難して三時間にもなる、ということだ。
でもどうして、僕は学校にいたはずなのに。
新学期が始まり僕は六年生になった。
小学生最後の一年の始まりが、まるで夢のように消え去っている。
眠れば元に戻るだろうか。
きっとこれは夢で、僕は授業中に居眠りをしている。
きっとそうでそれしか考えられない。
諦めて、冷たい地面に身を横たえ眠ってしまえばいい。
ーーそんな時だった。
気配がする。足音、藪を割くような音。誰か、いや何かいる。野生の動物だろうか。本州、県内にいる動物で一番怖いのはツキノワグマ。だと思う。見たことないし、たぶん鹿とかだと思うけれど……。
身構えていると、それは目の前に現れた。
姿を現したそれは、
「ん? 何してんねんお前。子供? なんでこんなとこにおんねん」
どでかいリュックを背負った、まるで冒険家のような格好をした、僕と同じ男の子だった。
ただし関西弁。
ああ、と思わず声が漏れる。
そうか、経緯は分からないけれど、僕は関西方面の森に迷い込んだ。そういうことなら……どういう経緯だろう。全く身に覚えがない。
特大のリュックを背負う彼は、僕より少し年上だと思う。身長は僕より一回り大きく、身体つきもなんだか引き締まっている。焼けた肌、くたびれた帽子。上下はいわゆる探検家の人が着る、ポケットがやたら多い、サファリジャケットとかその類いに見えた。生地は違うかもしれないけど。
まじまじ見ていると、
「なあ、なんでこんなとこにおる。迷子か。嘘やろ、ありえへん」
凄く関西している人だ。ありえないのは同意だし、迷子なのもたぶんそうだ。とにかく人に会えてよかった。奇跡的にすら思える。
「あ、あの、ここは何県ですか?」
「ん? ケン? どこにも犬はおらんぞ。誰が官憲の犬じゃ。喧嘩売ってんのか」
……関西の人はお笑いが好きなんだな。この状況でそれは必要ないのに。
「そうではなくて、そう、僕は迷子のようなもので」
「マジか。ありえへん。ここで迷子になれるとか、どんだけ森ん中疾走したんや。家出か。豪快やな」
……彼は驚いているけれど、人の話を聞いてくれない。同じ学校に関西出身の友達はいるけれど、少なくとも話は通じた。通じない関西人を、僕は知らない。気を取り直す。
「えっと三重県、奈良県。大阪府か京都府。もしくは滋賀県か兵庫県。もしかしたら和歌山県とか、場所が知りたいんです」
「さよか。県ってそっちか。珍しいな、確かに使うわ」
普通に使うものなのに、どうして珍しいんだろう。意味が分からない。
「行政の区割りやな。お前外国人か。なんや、密入国か。さらわれた系やったら大変やなお前。逃げてきたんか」
さらわれた系なのかもしれないけど……全く分からない。という事実を伝えたいけど、とにかく通報してもらおう。帰れたらなんでもいいんだ。
「警察に通報してもらえますか? 僕の携帯繋がらなくて」
「携帯? 何携帯してんねん」
「スマホです。スマートフォン」
「さよか。意味が分からん。外国人か迷子なんか、逃げてきたんか、さらわれた系かはっきりしろや」
彼はそう言ってリュックを置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます