第28話:夏の結実

 第28話:夏の結実


「さて、送った写真は見ていただけましたかな? 織田社長」

「何が目的だ……」

「分かっているでしょう? 身代金ですよ、百億ご用意いただきましょうか」

「そんな額用意できるわけないだろう!」

「無理と言うならご子息がこの世から姿を消すだけです、よくお考えください……では」

「待て!」


 誘拐犯のリーダーが電話を切ると背もたれに寄りかかる。

 わざわざスピーカーにして話やがって、僕に聞かせるのが目的なのか。

 百億なんていくら大企業とはいえポンと出せるはずないだろうが……。


「リーダー、百億なんて出せるんですかね?」

「無理に決まってるだろ、苦しんで苦しんで破滅に向かってもらわなきゃ困る」

「それにしたって一銭も入ってこないのは割に合わないですよ」

「どうせ値切ってくるんだ。 言っただろ? 絞れるだけ絞ってやるってな」

「なるほど」

「それに、値切るってことは息子にゃ百億の価値が無いって言ってるようなもんだ。 そこのお坊ちゃんにも苦しんでもらわなきゃな」


 こいつは馬鹿なんだろうか?

 どこの世界に『自分には百億の価値がある』と思う人間が居るんだよ。

 僕なんか一万でも十分高いくらいだ。

 稼いでるわけでもない、誰かの役に立ってるわけでもない、ただの平凡な高校生だ。


 自分の欲望が口から出ただけのくせに、適当なこと言いやがって。

 いや、そんなことより乙女をどうにかしないと。

 あれから起きる気配が無いし、上手く逃がす手立てがあればいいんだけど……。



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 アカンボホンケに全員が集まって更に聞き込みと捜索をしてるけど、まだ収穫がない。

 何も得られないまま、悪戯に時間が過ぎていくのがもどかしい。

 せめて目撃情報だけでもあれば少しは違うのに……。


 ヤキモキとした気持ちのまま、一人アカンボホンケ近くの倉庫に向かう。

 情報がないなら、怪しそうな所はくまなく見て回らないと。

 見落としがないように一箇所ずつ、確実に。



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 良奴:こっちはめぼしい情報はなしだ

 猫子:あーしの方も

 冥途:私もです、急にプツリと足取りが途絶えてしまったようで

 正優:僕は倉庫郡を調べてる、情報無かったし怪しそうな所は見ておこうかなって

 良奴:確かにそうだが、無茶だけはしないでくれよ? 俺も行って手伝うからさ

 冥途:では一度そちらに向かいますね

 猫子:あーしは飲み物買って行くー、みんな何も口にしてないっしょ?

 正優:ありがとう、助かるよ

 猫子:じゃー後でねー



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 スマホをポケットに戻して捜索再開。

 かなり広いから、一つ一つ見て回るのは大変。

 でも他にそれらしい場所が思い浮かばないから仕方ない。

 骨折り損にならない事を願わずにはいられない。


 そうして倉庫の間を歩いていると、窓が仄かに光っている倉庫を発見した。

 見て回った箇所は全部明かりがついてなかったから、明らかに怪しい。

 抜き足差し足忍び足……静かにゆっくり近付いてみたけど、入口に人影は無し。


 念の為周りをぐるっと見て回ったけど、ひとまずは大丈夫そうかな?

 電気の消し忘れの可能性もあるし、聞き耳を立てると中から微かに話し声が聞こえる。

 LIMEでみんなに連絡をして、ちょっとだけ開いている入口から侵入を果たした。


 …………

 ……


「三十分後にまた通話を開始する。 その時の返答如何では……お坊ちゃん達の処分をする」

「この女もですか?」

「決裂したなら生かしておく理由がないだろ」

「やめろ! 彼女には手を出すな!」

「うるせえ! お前にそれを決める権利なんかないんだよ! 息子の為に金も出せない親を恨むんだな!」

「落ち着け馬鹿が、決裂したらの話だ。 その時は女から殺してやるから、絶望しながら逝ってくれや、はっはっは!」

「ちくしょう……ちくしょう!」


 不愉快な話し声が鼓膜を震わせる。

 あの人たちはなんて言った?

 二人を……殺す?

 乙女から殺して、次に秀吉を殺すって言った?

 ふざけるな……ふざけるな!

 怒りで頭が沸騰しそうだ。

 僕の足は無意識に動いていた。


「誰だ!」

「ちっ……見張りを立てなかったのはまずかったか」

「お前らが……誘拐犯か……」

「おいおい、お嬢ちゃん一人でこんな所に来たのか? 勇敢なんだか馬鹿なんだか」

「ははは! 馬鹿の方じゃないですか!」

「なんでこんな子供が! 逃げろ!」

「答えろ……お前らが……誘拐犯か……」

「見れば分かるだろう? それ以外に何に見える」

「そうか……二人を……殺すと言ったな……」

「交渉が決裂したら、な。 まあ成立したとしても、男の方はどうなるか分からんが……くっくっく」

「ふざけるな!」



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 瞬間正優の頭髪が逆立ち、目に鋭さが灯った。

 異様な変化に気付き、誘拐犯の一味が銃を取り出すが、動きが遅すぎた。


「壊れろ!」


 声が刃になったかのように鋭く響き、銃がバラバラと一瞬で分解された。

 誰もが手と床を見ながら驚愕で硬直してしまう。

 正優はゆっくりと歩き出し、一味に近付いていく。


「てめぇ何しやがった!」

「止まれ」

「ぐっ!」


 動きに気付きいち早く殴りかかってきたが、ピタリと静止。

 どれだけ力を入れようとピクリとも動けず、徐々に顔が青くなっていく。

 その時、乙女が目を覚まし辺りを見回して気が付く。


「正ちゃん……?」

「正ちゃん? ……小山内なのか?」


 会話によく出てきた、乙女が口にしていた名前を思い出し驚愕する。

 クラスに気弱そうな女顔の男子生徒が居たなと、名前と姿、記憶と一致した様子だった。


「お前たちは乙女を、秀吉を殺そうとした……そんな事は許されない! その罪深き身に神罰を受けろ!」


 『神罰』と口にした瞬間、吹くはずのない風が吹き抜けて正優の体がフワリと浮いた。

 一人は足元から火が立ち上り、一人は水球が身を打ち、一人は風が渦巻き打ち上がる。

 一人は四方八方から礫が飛来し、一人は極光に晒され、一人は闇が巻き付き締め上げる。

 そして最後の一人には、どこからともなく現れた落雷に打たれて倒れ伏したのだった。


 罰とは死ではない、生きて償えという神の怒りの具現化である。

 それ故に死んではいないが、誘拐犯は皆意識を失っている。

 その身に残る罰の証は自業自得の結果と言えるだろう。

 直後、良奴、猫子、海香里が駆け込み、乙女と秀吉は現実に引き戻された。


「クッキーくん!」

「正ちゃん!」

「ご主人様!」

「せ……正ちゃん……」

「小山内……」

「みんな……僕……やったよ……」


 言い終わる前に体が傾き始め、良奴の手によって支えられて寝息を立てる。


「無茶はするなって言ったのに……で、あんた達が織田と清川でいいのか?」

「はい……」

「……そうだ」

「そうか……二人とも縄を解いてやってくれ」


 未だに状況が理解できない乙女をよそに、二人の拘束が解かれる。


「携帯あるんだろ、家に連絡した方がいいんじゃないか? ちなみにここは、アカンボホンケ近くの倉庫郡だからな」

「そうだな……少し失礼する」

「戻ったら説明してくれよな、俺たち全員に知る権利がある」

「……わかった」


 そう言って電話を手に立ち上がろうとした時、全員の頭に声が響いた。


 <地上に生きる全ての生物に全世界声明ワールドアナウンス


「なんだ!」

「なにこれー!」

「頭に直接声が……」

「きゃっ! なに!」

「頭に……声が……」


 <地上に神族の降臨を確認>

 <新たな神族の誕生を確認>

 <地上で初めて神罰の執行を確認>

 <地上で初めて魔法の行使を確認>


 <幼き神族の称号により獲得存在値上昇>

 <存在値が上限に達した為、地球の格が十に上昇>

 <格十到達に伴い、以下のボーナスを獲得>


 <一つ、地球の表面積十割上昇>

 <一つ、複数の新たな陸地の出現>

 <一つ、地球上に魔素を放出>

 <一つ、魔法・魔力の概念を解放>

 <一つ、ステータスシステムを解放>

 <一つ、カルマシステムを解放>

 <一つ、ダンジョン数の上限を百から四百に上昇>


 <ステータスシステム解放に伴い、以下の概念を獲得>

 <一つ、レベルの概念を解放>

 <一つ、種族の概念を解放>

 <一つ、職業の概念を解放>

 <一つ、スキルの概念を解放>

 <一つ、称号の概念を解放>


 <カルマシステム解放に伴い、罪の重さを明確に設定>

 <重さの合計値によりペナルティが付与されます>

 <贖罪により数値が減少し、ペナルティが軽減されます>


 <種族の概念解放に伴い、亜人因子を持つ人族の種族を自動変更>

 <種族は固有要素に該当する為、変更は不可となります>


 <幼き神族の誕生により、神々より祝福を付与>

 <一つ、各国にステータス確認装置のレシピを贈呈>

 <一つ、各地に転移ポータルを贈呈>

 <一つ、ダンジョン内での通信制限解除を贈呈>

 <一つ、スキルツリーシステムを贈呈>


 <地球を祝福せよ>

 <幼き神族を祝福せよ>

 <更なる発展と成長に尽力せよ>


「お、おめでとう……」

「おめでとー?」

「おめでとう……ございます」

「おめでとう……?」

「今の声はなんだったんだ……」

「……今は考えてても仕方ないし、とりあえず電話してこいよ」

「そう、だな……そうする……」


 唐突にもたらされたワールドアナウンス。

 記録上初の現象により、世界各国で混乱が巻き起こる事になる。


 これから世界はどう変化していくのか?

 正優の人生がどのようなものになるのか?

 それは神々にさえ分からない。

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