第38話

(スティーブン様は何を考えているのかわかりませんけど、なんだか不思議な気持ちになりますわ)


セレニティは顎に手を当てながら考えていた。



「まさかセレニティ嬢が騎士を見学したいなんて言うなんて思いもよらなかった」


「わたくしは夢を叶えている最中なのですわ。それにこの傷があるからか最近は冷たい目で……」


「…………」


「……!」



悲しげに眉を顰めたスティーブンを見て、自分の失言に気づく。



「申し訳ございません、スティーブン様が気にすることではありませんわ。わたくしはその……つまり、こんな傷には負けない強い女性になろうと思ったのです!」



そう言ったセレニティにスティーブンは申し訳なさそうにしている。



「……すまない。気を使わせてしまった」


「いえ……わたくしの方こそ」


「俺もまだまだだな」



気まずい沈黙が流れた。

スティーブンはもう一度「すまない」と呟いてから、後ろに控えていたマリアナに声をかける。

そして表情を戻したスティーブンはセレニティに挨拶をする。



「申し訳なかった。今日も楽しい時間をありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございます。スティーブン様」



そう言ってスティーブンをいつものように送り出そうとすると、待っていましたといわんばかりに扉の外に待機していたジェシーが突撃してくる。

シャリナ子爵達に言われて匂いは控えめになったようだが、まだまだ顔を顰めてしまうレベルである。


しかしスティーブンは「今から姉上と手合わせをしなくてはならなくて」と断っていた。

自分だけ断られたことが信じられないと言いたげのジェシーと一瞬だけ目が合ったが、すぐに「そうなんですねぇ」という甘い声と共にスティーブンの腕を確保している。


両親も合流して馬車へ送り出すまでセレニティは圧倒されっぱなしである。

あまりにも必死で非常識すぎて、だ。


(スティーブン様も優しすぎるわ。やっぱりマリアナの言う通りにわたくしのためなのかしら……)


マリアナと話している時に「スティーブン様はセレニティお嬢様に敵意が向かないようにしているのではないか」といっていたことを思い出す。

スティーブンに聞いても「問題ない」というだけで、変えるつもりはないようだ。

いまいち表情も読めないし本気かどうかはわからない。

淡々としているスティーブンはこちらが心配になるほど動じていない。



「スティーブン様、今度はジェシーとゆっくりお話ししてくださいねぇ」


「ああ、考えておくよ」



スティーブンに対するジェシーのアピールがすさまじい。

もっとすごいのはそんな三人をうまくいなしているスティーブンではないだろうか。

スティーブンは十五歳ではあるが、同じ年の令息達に比べて飛び抜けて大人っぽく見えた。


帰り際、思い出したようにスティーブンは振り返ってポケットから招待状を出すとセレニティの前に差し出した。



「一月後、ネルバー公爵邸でお茶会を開くんだ。親しいもの達しか集まらない小さなものなんだが、どうかな?」


「わたくしにですか……?」


「ああ、もしセレニティ嬢が「──是非ッ、お伺いいたします!!!」


「「…………」」



ジェシーはセレニティの前に差し出された招待状を奪い取るようにして抱き締めている。

そして満面の笑みを浮かべているジェシーを見て、セレニティは空いた口が塞がらなかった。

いつもは平然としているスティーブンも今回は目を丸くしている。


セレニティの奇行が目立つようになってからジェシーは敵ではない、と判断したのだろう。

以前のように優しく声をかけてくることもないが、セレニティがスティーブンと会っていても咎めることもない。

むしろジェシーを目的にスティーブンが会いに来ていると周囲に自慢して言いふらしているそうだ。

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