第22話


目を離すことなく唇を歪めながらセレニティはジェシーの名前を呼んだ。



「ねぇ…………ジェシーお姉様」


「は、離してっ!離しなさいよ」


「ウフフ、どうしてそんなにわたくしがスティーブン様に会うことを嫌がるのでしょうか?」


「べ、別にっ!わたくしはセレニティのことを思って言っているだけよ」


「なら、わたくしが大丈夫って言っているのだから大丈夫でしょう?……ねぇ?」



耳元で囁くようにして言うとジェシーは大きく目を見開いている。



「あ、あなたなんか変よ!気持ち悪いっ」


「変なのはジェシーお姉様の方じゃないかしら?あんなにわたくしを励ましてくれたのに……〝汚い顔〟だなんて、ひどいではありませんか」


「そ、れは……」



ジェシーはセレニティの追求から逃れるように視線を逸らした。



「何を焦っているか知りませんけれど、これ以上わたくしの邪魔をしないでくださいませ」


「……っ!」


「いくらジェシーお姉様でも……容赦いたしませんわ」



自分で思っているよりも低い声が出た。

それだけこの生活を手放したくないと思っているのだろう。

セレニティとしての新しい人生を過ごすための邪魔をされたくはない。

それに小説のようにセレニティが何も言わないのをいいことに粘着されてはたまらない。


ジェシーはセレニティの言葉に唇を噛んで泣きそうになっている。

まだまだ子供らしさも残っているということだろうか。


(あらあら……!わたくしったらいけませんわ。ついやり過ぎてしまうのは悪い癖ですわね)


ここでジェシーを攻撃しすぎてもよくないと判断したセレニティは体を離して、ニッコリと微笑んでから優しく手を握った。



「ウフフ、わたくしったら……!食べすぎてしまったのかしら。ジェシーお姉様の気持ちは受け取りましたわ。わたくしを心配してくださって、ありがとうございます」


「……っ!?別に……わ、わかればいいのよ」



部屋にいないセレニティを心配してかマリアナが「セレニティお嬢様?」と遠くから名前を呼ぶ声が響いた。

セレニティは返事をしてから、ジェシーに「では、ごきげんよう」と言って、セレニティはマリアナの元に足を進めた。


廊下にいるジェシーを見てか、マリアナは心配そうにセレニティに声を掛ける。



「ジェシーお嬢様に何もされませんでしたか!?」


「……ジェシーお姉様は、わたくしがスティーブン様に近づくのが気に入らないみたいね。マリアナは何か知っている?」


「えぇ、まぁ。ジェシーお嬢様は基本的にスティーブン様の話ばかりしていますし」



思い返してもジェシーがセレニティの前でスティーブンのことを話したことはない。


(この段階でセレニティをライバル視していたということかしら……?)


しかし侍女達の前では「スティーブン様に相応しいように」「スティーブン様の隣に立っても恥ずかしくないように」と口癖のように言っているそうだ。

ここは小説には出てこない部分だろう。



「ジェシーお嬢様は、セレニティお嬢様にこのようなお話はされないのですか?」


「えぇ、あまり聞いたことはないわね」


「そうなのですか。意外ですね」



両親もそれを知っているはずなのに、ネルバー公爵家との繋がりを得るためにセレニティを婚約者にしたのだ。


(ああなることは容易に想像できるのにね……)


ある意味、この状況を見て見ぬふりしていたシャリナ子爵達を残酷に感じたのと同時に、この先も目先の欲につられてセレニティを犠牲にする可能性が高い。

そのことを頭に入れて動いた方がいいと思ったセレニティは溜息を吐いた。

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