プロローグ
1.はじまり
時刻は2:40。既に住宅街は闇と静寂に包まれていた。
窓から灯りが消えた家が並ぶ中、灯りの消えていない二階建ての家、その二階の部屋。
そこで私は、日課をこなしていた。
これを始めた日の事は、今でも覚えている。
あの日も、私はこんな時間まで起きていた。
「……はぁ」
「今日も楽しくなかったな」
「周りの皆が言う程、この世界は美しくも、楽しくも無い」
「ただ醜く、辛いだけ」
「それとも私の方がおかしいのかな?」
「……傷付けるより傷付く方が良いって、おかしい事?」
「……結局、こんな私に生きる価値が無いのは、変わり無いけど。」
「そうだ、今日から毎日、日記をつけようかな」
「私がどれだけ生きる価値の無い人間かを、書き連ねた日記。」
あれは中学校に入学してすぐの事で、あれから二年程経った今も欠かさず毎日している。
だから、夜は毎日、自己嫌悪で忙しいんだ。
……今気付いたけど、外は雨なんだ。日記をつける時、イヤホンを付けるから、気付かなかった。
そう思った瞬間、空が真っ白に輝いた。
あ、雷だ。と思って、数秒してから雷鳴が轟いた。
その時一瞬だけ、甲冑を身に纏った騎士の様なシルエットが夜空に浮かんだ気がするけど、きっと気の所為だ。
丁度日記もつけ終わったし、今日はもう寝よう。疲れているのかもしれないし。
……そう思ってベッドに入ったけれど、数分経っても寝付けない。
いつもはすぐなのに。
雷のせいかな。
取り敢えず、目を閉じて何とか寝れないかと試す。
……ダメだ、寝付けない。
どうしよう、このまま朝まで起きる?いや、それは流石に……
ピロン、机の上に置いてあるスマートフォンが鳴る。
こんな時間に、何の通知?
机の上のスマートフォンを手に取って、通知を確認する。
何やらメッセージアプリの通知らしいが、知らないアカウントからだ。
……ナイト。
なんだ、その名前。
『外に出てみろ』
って。今は大雨だし、夜中だし。
そもそも知らないアカウントからの言葉なんて、従う訳無いのに。
……はぁ、いいや。
寝よ。
そう思って私が再びベッドに入った瞬間、またピロン、と通知の音がした。
なに?本当に……ブロックしようかな、というか知らないアカウントなんだしそれが正解だよね。
『……面白い物が見れるぞ。』
いや……だとしても、今はもう三時回ってる。馬鹿なの?このナイトってやつ。
ほんとに馬鹿馬鹿しい……ブロックして……って、ブロックできない?なんで?
……まあいいや、通知切れば良いし。
そろそろ寝よ、ほんとに。
ブー、ブー
今度はメッセージでは無く、通話のバイブレーションだ。
……ナイトってやつ、そんなに暇なの?
……仕方ない、寝付けないし、出るだけ出てやるか
「……もしもし。貴方、ナイト?一体私に何の用なの?迷惑だから、やめて欲しいんだけど」
そう捲したてる様に言うと、低い声で向こう側から声が聞こえた。
『……いいから、外に出てみろ。面白い物が見れる。後悔はさせない。むしろ、出なければ逆に後悔するだろうな。』
……はぁ、本当に……仕方ないわね……
「これでつまらない物だったら、責任を取ってもらうからね」
『……あぁ、約束しよう』
二階から親にバレないように音を潜めて玄関まで降り、ドアを開ける。
まだ雨は止んでいなくて、傘を差した。
……面白い物って、どれの事?
「……ねぇ、何も無いけど。」
『……本当にそうか?良く見てみろ』
そう言われ目を凝らして見ると、そこには先の雷の時に見た様な、甲冑を纏った騎士が隊列を成すように大量に並んでいた。
「……は?」
『……どうだ?この景色』
「……何、これ……意味分かんないし、そもそも面白くないじゃない」
『……そうか?今からお前は、彼らを統率する騎士団長になるんだぞ?』
「…………はぁ?」
そう向こう側から告げられ、私は唖然とする。
一体何を言っているの……?
『さぁ、試しに一つ、彼ら……いや、我らに命令を下してみてください、我らが団長……倉橋夜見殿。」
そう言って、中でも一際重装備な騎士が前に歩みを進め、私の前で跪いた。
「貴方が……ナイトなの?いや、てか急に言葉遣い変わるの怖いし……」
「ええ、私がナイトです。すいません、先程迄はまだ我らが団長ではありませんでしたので。ですが夜見団長はこれから我ら”夜の騎士団”の団長となり、我らを統率するのです。」
「いや、待って。まだ私了承してない。」
「……?拒否権は無いものと存じます。何故なら我らは夜見団長自身が持つ能力により顕現した貴方の忠実なる下僕なのですから。離れる事などできませんよ。」
「……は?能力?何それ、待って、分かんない。ちゃんと一から説明して。」
「命令とあらば。この世界には一般人に紛れて、”異能力者”と呼ばれる、特別な能力を扱える者達が居るのです。
生まれつき能力を備えている者もいれば、後発的に何らかの原因で発現する者も居ます。団長は後者ですね。」
「……何それ……信じられない……けど……今この現状を見て、嘘、だとは言えないわよね……」
「はい。続けさせていただきますね。何故ここで団長の前に現れましたかと言うと、答えは一つです。団長、貴方に危険が迫っています。」
「……は?」
「その危険とは、”異能力研究所”からの刺客です。異能力研究所は、過去に何者かの襲撃により消滅したと思われた非人道的に異能力者の研究をする機関の事なのですが……
最近、何故か再び当時の研究者達が再結集し、行動を始めた様で。そこで無意識下で異能力者として目覚めつつあった団長を、手始めに狙い始めた、と言う訳です。」
「……はぁ……なるほど?」
「そして、刺客が現れる時が近付き、団長を守る為に、今こうして我らがここに現れた訳です。」
「ふーん……そうなんだ」
「あれ、何やら興味があまり無いように見えますが……命の危機なのですよ?」
「……だって、ナイト、それに……夜の騎士団の皆が、私を守ってくれるんでしょ?心配無いわよ」
「……団長……!お褒めに預かり光栄です!ええ、勿論団長を命を賭して守りますとも!……いえ、我らに命と言える物は無いのですが……ただ意識を持っただけの肉体ですから。」
「それで、貴方達、何ができるの?」
「何が、ですか……戦闘に関してなら、各分野のエキスパートが勢揃いです。団長を守る為に、死力を尽くして戦ってくれますよ。」
「なるほど……勝手にやってくれるってこと?」
「いえ、まあ……それもできますが、我らは団長自ら命令を下してくだされば、より実力を発揮できるでしょう。」
「なるほどねえ……というか、騎士団長なんでしょ?私」
「……?ええ、そうですが……何か問題が?」
「いや……今の話を聞いただけだと、騎士団長、ってより……司令官じゃない?騎士団長なら、私ももっとこう……前線に立って、戦うべきなんじゃないの?」
「あぁ……そうですね。説明不足でした。では、試しに……少し、頭の中で念じてみてください。頭の中で、剣の形を思い浮かべて……」
そう言われ、頭の中で剣を思い浮かべて念じると、真っ黒に染った長剣が目の前に現れ、宙に浮いている。
「では、それを握っていただいて。」
「……こう?って、重……」
「それは団長の心の中の負の感情が塊となり実態化したものです。
その感情がより強ければ強い程、その剣が持つ力は強まるでしょう。」
「……なんかそれ、私がネガティブ思考の陰険女って言われてるみたいなんだけど……いや、間違ってないか……というか、これだと敵に攻撃されたら直ぐにやられちゃわない……?」
「確かに……ですが、我らと同じ様に甲冑を纏っても、重くてまともに動けないでしょう。
ですので……近衛兵を二人程、団長に付けさせましょうか。」
「……いや、それはナイト、貴方に頼むわ」
「……はぁ?いえ、団長の望みとあらば従いますが……何故でしょう?」
「だって、貴方がこの中で一番強いんでしょう?」
「ええ……まあ、言ってしまえばそうですが……」
「なら、貴方と私、二人だけでも良いわね」
「はい?」
「だって常に敵が大量に襲って来るとは限らないじゃない、どうせ基本は一対一……あっても五人くらい?なら、無駄に多く居ても、じゃない?」
「いや……数は多い方が……あ」
「……考えてる事、当ててあげようか。騎士を出せば出す程、私の体力が削られる。当たってるでしょ。」
「……はい、その通りです。騎士を出せば出すほど、団長の体力は削られます。そう考えれば、普段の戦闘では私と数人で大丈夫でしょうか……」
「うん、なんなら私と二人でいい。各分野のエキスパートが居るなら、状況に合わせて呼べばいいからね。分かった?」
「なるほど……確かにその通りです。流石我らが団長……」
「あ。あと、まだ了承してないよ。団長だとか……そんな堅苦しいの、私は望んでない。ナイト、貴方も私のこと……夜見でいいから。」
「しかし……我らはあくまで団長の能力で……」
「うるさーい、従えないの?」
「う……わ、分かりました……よ、夜見……さん……」
「だから、夜見で良い……って……あれ?」
……ん?待って?良く聞いたらいつの間にか電話の声から聞いた事ない女の声になってない?
「……ナイト?」
「はい?」
「もしかして貴方……女?」
「え、そうですが……?」
「……わーお。ま、まぁ……よ、よろしくね……ナイト」
「はい、だんちょ……じゃなくて、夜見さ……でもなくて、夜見……!まだ遠慮がありますね……」
……さてはナイト、割と可愛いわね。
「と、とにかくですね?そろそろ異能力研究所からの刺客が来るハズで……ッ!団長、危ない!」
その瞬間、何処かから飛んできた矢をナイトが手に持った剣で弾き返した。
「……は?」
「どうやら、来たようですね」
そして、何処からか聞き覚えのない、男の声が聞こえる。
???「あっれェ、おかしいなぁ、上からはまだ能力に未覚醒だって伝えられてたんだけど……」
声の主はどうやら目の前の一軒家の屋根の上に立っているらしい。
夜の暗闇故にその姿はあまり分からないが、フードを被って顔を隠していることは分かる。
ナイト「……お前が異能力研究所からの刺客か?」
???「……そだけど……お前、誰?データベースには無かったんだけどなぁ……」
ナイト「私は……いえ、敵に言う言葉は無いな。」
???「まぁなんでもいいや、俺は上からの指令通り……倉橋夜見、お前を殺すよ」
そう言って男は大きな弓を構え、こちらに矢を絶え間なく放ってくる。
夜見「うわっ……」
ナイト「だん……夜見!これは私だけじゃ対処できない……大盾を持った騎士が居るはずだ、彼を前に立たせろ!」
……確かに、さっきの隊列の中にはやけに大きな盾を持った騎士が二~三人程、居た気がする。
アレのことか。
夜見「……よし、出てきて!そして私達を守って!」
そう言って、私とナイトの前に大盾を持った騎士を召喚する。
ナイト「彼を壁にして距離を詰めていく、と言いたい所だが……敵は高所に陣取っている、まずいな……何とか引きずり下ろさなければならないか」
夜見「……いや……ナイト、言ったよね、この剣は私の負の感情の具現化だって」
ナイト「……?ええ、そうですが……」
???「おい……何ずっと隠れてんだ、出てこい……!」
夜見「……うるさいのは一旦無視して、それなら……こう!」
私は頭の中で拳銃を思い浮かべる。
そうすると、持っていた剣がたちまち拳銃の形を成す。
ナイト「……なるほど、その手がありましたか……我ら騎士団ではその様に近代的な技術を扱っておらず、失念していました……」
夜見「……でも、今顔を出しても矢に貫かれかねない……」
ナイト「……大丈夫です、私が身を呈して守ります」
夜見「……ふーん、信じるよ?」
ナイト「ええ、任せてください」
その言葉を信じ、ナイトと共に前に出る。
???「ようやく出てきたか、俺の矢で貫いてやる!」
男は矢を放ってくるが、全てナイトが素早い身のこなしで捌き切る。
……やるじゃん、流石。
じゃ、終わらせようか
夜見「うるさいから、消えて。」
拳銃から負の感情の塊が放たれる。
こんなことを自分で言うのもなんだけど、私の負の感情なら、きっと凄い火力だろう。
???「っ……はえぇ……!っ危ない……こんなの、何回も撃たれたら洒落にならないぞ……撤退だ撤退……上から聞いてないっての……」
そう言うと男は何処かへ去っていった。
……なんだったの。
ナイト「……なんとかなりましたね」
夜見「ねぇ、私これからこんなのに狙われ続けるわけ?」
ナイト「えぇ、まあ……」
夜見「はぁ……まあいいわ、貴方が守ってくれるもの、ね?」
ナイト「……!はい!任せてください!」
これが、私の物語のはじまり。
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