18話『碧玉』

「それじゃあ、行ってくる」

「行ってきます」


「おう、また土産話待ってるぜ」


 ルバンダートの街で、世話になった最後の1人。バレルにひと時の別れの挨拶をして酒場を出る。


 他の人たちには既に挨拶をすませて、宿屋で取っていた部屋も既に引き払った後だ。もう残したものはない。

 傍らには、顔まで深くフードを被って、ローブを揺らす背の低い人影がある。

 迷宮で出会った吸血鬼の少女、ミルだ。日が照っている日中はこうしてローブを着ていないと陽の光でダメージを受けてしまう。

 ミルのローブは焦げ茶色の一般的な多目的ローブで、汚れなどのない新品だった。

 

 新品の理由は簡単で、つい先日装備を整えた際に買い替えたから。

 元々彼女の被っていたローブは裾が擦り切れてボロボロ、色も黒ずんでいてまともに着れない状態だった。

 例の迷宮に現れるボロボロのフードを被った人影の噂もどうやらミルの事だったようだ。

 その話をするとミルは、恥ずかしそうに、


「……お金がなかったんだよ」


 と誤魔化すようにつぶやいた。

 そのままのローブで活動するわけにもいかないので、今回新しく買い替えた、という次第だ。


 ミルは新しいローブのフードを深くかぶりなおして、恨めし気に頭上に燦々と照る太陽をにらみつけている。

 ……因みに同じ吸血鬼だが俺には日差しによるダメージはない。

 それを見てミルは「ずるい」とむくれていた。何故無事なのかははっきりしなかったが。


 

「……おい、おいてくぞ」

「あ!うん、ごめん!」


 立ち止まっていたミルに声をかける。

 気付いて、ミルが小走りで駆け寄ってきた。前を向くとルバンダートの町の関所が見えた。

 憂いも全て終わらせて、持ち出すものは全てまとめて……俺達の旅が始まった。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「それじゃあ、改めて目的の確認だ」


 街を出て10分少々、完全にルバンダートの街が見えなくなった頃、隣にいたミルがそんな風に語り掛けてきた。


「唐突だな」

「やることも多いし、優先順位ははっきりさせておいた方がいいでしょ?」

「まあ、それもそうか」


「まず第1目標が、ボク達ヴァンパイアが隠れ住んでいる村、『フィガス村』に行くこと」

「そこでヴァンパイアの現状を正確に把握する」

「うん。で第2目標がミドリの能力向上!……と、言うよりヴァンパイアとしての力の使い方を覚えてもらうのがメインかな?」

「ああ、血の覚醒を迎えたはいいが、ろくに力を扱えていないからな」


 手を天にかざして、体内の血流を意識する。

 迷宮でミルに補佐してもらって、結晶を作った時のように。流れを集めて絞り出そうとするが……


「……ダメか」


 力は集まり切らずに霧散した。ちょっとした感覚のズレがあるだけでこの力はすぐに崩壊してしまう。


「扱えるようになって1週間も経ってないからね、まだまだ練習は必要そうだ」


 そんな俺の姿を見て苦笑しながら、ミルも長期戦だ、と小さく笑っている。


「で、第3目標がハンターランクの上昇と、資金集め!」

「何をするにしても地位と金は付きまとってくる。現状だとランクの低いダンジョンにしか入れないからな……特に俺が」

「そうだね……ボクはBランクだから1人ならAランクダンジョンまでは入れるけど、パーティランクはメンバー全員の平均だからねぇ」

「生憎と俺はFランク……ランク上げをサボってたツケがこんなところで回ってくるとはな……」

「あはは」


 コロコロとミルが笑う。

 ハンターランク、及びパーティーランクはそのトレジャーハンターがどのレベルのダンジョンで活動できるかを表す指標だ。

 基本的に入れるダンジョンは自分のランクよりも1つ上まで。パーティランクはそれの平均値なので、BランクのミルとFの俺のパーティーでは入れる最大のダンジョンはDランクまでになってしまう。

 ルバンダート迷宮で活動するならFランクのままでもよかったが、今後活動領域を広げていくならランク上げは必須になる。


 もちろん自分自身の実力に合ったランクにはなるが。

 吸血鬼として成ったおかげで、今の俺はBランクであるミルと同等以上の力はある……らしい。実際にそのレベルまで至るためには2つ目の目標が課題になってくるがな。

 

「まあランク上げに関しては道中のダンジョン攻略で自然と上がっていくと思うよ。ボクも実際そうだったしね」

「だといいが」


 なるようになるさとミルは楽観的だった。


「そしたら最後は、武器の事」

「骨と、角だな」

「そう!」


 最後の問題はルバンダート迷宮で手に入れた、グレイビーストの素材についてだ。

 最終的には武器に加工する予定ではあるが、それをしてくれる加工屋が村の近くに住んでいるのだ。

 厳密には、大体の目的地を伝えて領主に見繕ってもらった、というのが正しいが。

 

「どちらも素材としては一級品って聞いてるから、問題はお代がいくら必要になるかだね」

「見当もつかないな……少なくとも、今の所持金では足りなさそうだ」

「結構使っちゃったからね……」


 グレイビーストの素材を売って得た資金は旅の準備で殆ど使い切ってしまった。村へ行く道中でなるべく稼ぐしかない。


「まあ、目標としてはこんなところかな。当面は街を転々としながら進んでいくことになると思う」

「まあ、そうなるか」


 目的の村はかなり遠い。1日2日で届く距離ではない、1ヶ月以上はかかるとみておいた方がいいだろう。

 長旅の経験なんかもないので、そこはミルに頼りっきりになってしまう。


「足手まといになったら悪い」

「気にしなくていいさ。その分ボクの目的にも付き合ってもらってる……持ちつ持たれつさ」

「……そうか」


 信じる、信じない以前の話として、現状俺にはミル以外にヴァンパイアとして頼れる人物が居ないのも確かだ。

 与えられたもの以上の成果を、返さなければ。


「ともかく、考えることは多いけどまずは1歩ずつ、だよ!」



 

 

「一番最初に目指すのは暗闇と毒蜘蛛のダンジョンのある街『スクータヴ』!」

「最初の街にしては随分陰鬱な通り名だな……」


 先行き不安だ。

 暗闇。その言葉を聞いて一瞬だけ、心の奥底にしまったはずの傷が呼び起こされるような錯覚がした。


「あはは、まあでもダンジョンのランクはEで今のミドリのランク上げにはちょうどいいんだ。暗闇はヴァンパイアには意味ないしね」

「……それもそうか」


「そうなると注意すべきなのは毒蜘蛛だけだから……これは実戦あるのみだ」

「ああ。まあ、やれるだけやるさ」




 そんな他愛ない話と、情報交換をミルと続けながら長閑な馬車道を2人歩く。

 1歩ずつ歩くたびに2人分の足音と、ミルのローブが擦れる音が聞こえてくる。


「ああ、そういえば」


 そんな最中で、ミルがふと思いついたように声を上げた。


「1つ決めておかなきゃならないことがあった……ミドリのハンターネームについて」

「ハンターネーム?」


 聞き覚えのない言葉だ。


「そう、高い身分を持つ人や、訳アリの人がトレジャーハンターとして活動する際に使う偽名のことだよ」

「ああ、それか」


 確かに、トレジャーハンター登録をする際に1度聞いた気はするな。あまり関係ないだろうと聞き流していたが。


「けど、なんでまた?」

「理由としては2つ。今回のスタンピードでミドリの名前が出回ってしまっていることと、君の家族との関係性が割れてしまう可能性があること」


 1つ、2つと指折り数えてミルが語る。


「前者はともかく、後者は?」

「アキラ達は王国軍が結構大々的に、救世主としてプロパガンダに利用してる。だから結構名前が割れてる」

「らしいな」


 数日前、酒場で共に食事をした時にそんなことを言っていた。

 

「そして、名前が独特だ。ファミリーネームから君が家族だということがバレれば、多くの人がコネを作ろうと群がってくるだろうね」

「……そうなりゃ、当然吸血鬼だとバレるリスクも高まる」

「そういうこと」


 なるほどな。言われてみれば確かに、照達は今や王国軍のトップスターらしいし、普段市井に出てこないことを鑑みればそのような事態に陥ってもおかしくない。


 そうなれば確かに、ハンターネームを作り、身分を隠すのは有効的な手段に思えた。


「となると名前を考えなきゃだな」

「人の名前として、特別不自然なものでなければなんでもいいと思うよ。ハンターネーム登録に当たって特に制限もないしね」


 ミルはそんなふうに言うが、名前を考えるのも意外と苦労するもんだ。とつとつと、思考の中に現れては消える文字列を探していく。

 横目で楽しそうにこちらを見ているミルを尻目に、言葉をひとつ選びとった。


 

「……じゃあ――






 




「それでは、この名前でハンターネームを登録いたします」

「ええ、お願いします」


 書き換えられたネームプレートを受け取り、それを首から下げると、服の装飾とぶつかってチャリと音を立てた。


 ハンターギルドの受付を後にして、入口近くの掲示板を見ていたミルに近寄る。


 こちらに気づいたミルは少しふくれっ面で振り向いた。


 

「遅いよ」

「悪い悪い、更新に手間取ってな」

「まあいいけど、ほら、行こうよ」


 ミルに手を引かれ、ギルドを後にする。

 ガラス窓に光が反射して、ネームプレートが写りこんだ。



 “ jasper ”


 ジャスパー。日本語に直すと『碧玉ヘキギョク


 俺の名前の元にもなった。深い緑色の鉱石の名前だ。

 その緑の石の中に赤い斑点を有する一部の物をブラッドストーンとも言うらしい。色が混ざり合うわけでなく、緑と赤の混在する血の石。


 ――純粋な混ざり物という点で、どこか似たものがあるように感じたのだ。


「行こう、ジャスパー」


 先を歩くミルが笑う。扉を開けた先には未だ見ぬ景色が拡がっていた。

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