16.彼女の正体はまさかの〇〇……⁉

「突然の来訪で申しわけございませんイーリス・アースター侯爵令嬢。私は隣国のイヴフ公爵家の長男マヌタバルト・イヴフと申します。――以後お見知りおきを、イーリス嬢」


 挨拶を終えると、私の手の甲を取って口づけをするイヴフ公爵。

 それからそっと唇を離し、再び一歩後ろに距離を置いた。


「お会いできて光栄です、イヴフ公爵」


 私も挨拶を返し、改めて目の前の彼を見る。

 中性的な顔立ちで、金髪碧眼の痩躯という特徴から、偉丈夫というよりは美丈夫という方が適切だろう。


 そんなイヴフ公爵は、顔を怪我でもされたのか包帯とガーゼで顔の下半分ほどを覆っていて見ているだけで痛々しい。


 と、私の視線に気づいたのかなんてこともないように、


「……ああこの怪我ですか? 恥ずかしいことに教育的指導を行っていたどこぞの放蕩息子に復讐と称してやられましてね、それでこの様です」


「まあ、それは災難でしたね……」


 初対面だというのについまじまじと見て相手に気を遣わせてしまった。

 本人だって気にしているだろうに、反省しないと。


「イヴフ公爵と似たような話で恐縮なのですが、実は私の知り合い――いえ大切な友人も同じようにさる人物から酷い暴行を受けて、今現在静養をしているのです。その友人は女性でして、彼女の顔に傷でも残ったら可哀相で……」


 早く適当に話を切り上げるつもりが気がつけばそんなことを吐露していた。

 どことなく彼がメリーヌタと雰囲気が似ていたからだろうか?


「それはさぞ心配でしょう」


「ええ、ですから一刻も早くメリーヌタ――彼女のお見舞いに行ってさしあげたいのです」


 口にしてしまってから、これではイヴフ公爵にお引き取りを願っていると言外に伝えていることに気づいた。

 急いでいたとはいえ、お客様に侯爵家の一人娘として失礼な態度を取ってしまった。

 怒っていなければいいのだけど……。

 

「その人物も果報者ですね。貴方のように素敵な女性から大切に想われているようで」


 しかし幸いにもイヴフ公爵の気に障った様子はなく、軽く笑って流してくれた。


「ですが、お見舞いなら結構ですよ。そのようなこと、本人は望んでいませんから」


「本人は望んでいない? どういう意味です?」


「こういうことですよ」


 訝しむ私の前で、イヴフ公爵は何度となく披露してくれた姿のままカーテシーを行ってみせる。

 

「そのカーテシーは、まさか……!」


「――本来の姿でお会いするのは初めてですね、


 聞き覚えのある少し掠れたような声と口調。

 目の前の男性と彼女の姿が重なる。

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