第三話 アップ&ダウンゲーム

「アップ&ダウンゲーム……!! フー!!!」


 双沢兄が、薬物でもキメているような調子で宣言した。

 ……実際、免疫抑制剤は摂取しているはずだ。でなければ、いままで生き延びて来られたことに説明がつかない。


 どのイベントでも彼ら二人を見ることはなかったが、ひょっとするとニアミスしていただけという可能性もある。

 とくに鬼の乱入があった第一イベントで、ぼくらは探索を途中で切り上げてしまったのだから。

 失ってしまった命四橋さんのことを思い返している間にも、陽太さんの説明は続く。


「ルールは単純。53枚の山札から一番上をめくる。出てきた数字より、次の札が大きいアップ小さいダウンかを競うだけ。先攻と後攻で答えがかぶってもいい。勝負は五回。勝ち数の多い方が最終的な勝利者。な? 貴様らにも解る程度の、簡単な仕組みだろ?」

「説明不足じゃないですか、陽太さん?」


 黙っているわけにも行かないので、口先を挟む。

 確かにおおよその場合、めくったトランプの数字より、次の札は大きいか小さい。


「しかし、同じ数字だった場合は、どうなりますか?」

「その場合は、同じステイとコールすればいいぜ」

「……じゃあ、もうひとつ」


 いま、あなたは。


「トランプの枚数を、53枚って言いましたよね?」

「……ちっ、勘のいいガキだぜ。人生苦労してんだろうなぁ?」


 双子の兄が、唾を吐いた。

 明らかに鬱陶しそうな目つきでこちらを見遣り、彼は唾を吐く。


「そうだ、山札の中にはジョーカーが入ってる。こいつの場合は無条件で何より大きいワイルドアップの宣言が必要だぜ」


 そしてジョーカーを的中させた場合、二つ分の勝利にあたいすると、彼は答えた。

 なんだ、存外正直に話してくれるな。


「勝負以外の方法もあるがな」


 言いながら、豪さんが双子へとライフルを向けた。

 ぼくらは止めない。

 考え無しに、彼がこんな蛮行へ及ぶわけがないからだ。

 第一暴力だって、生き延びるためには必要な力である。


「そうは問屋とんやが……おろさねーっての!」


 暗がりから、陽太さんが長いシルエットを取り出し、こちらへと突きつける。

 豪さんと、全く同じデザインのライフル!


「やはりそういうことか」


 頷くイケメン俳優の意図を、ぼくも察した。

 この二人は、イベントが始まる前からこのビルに潜んでいたのだ。

 そうして、豪さんが渡りきった直後、開放されたサポートアイテム――ライフルや免疫抑制剤をすべて横取りしたに違いない。

 全く以て抜け目のない、腐肉漁りスカベンジャーのようなやり口。


 しかし、互いに銃を突きつけ合うなど、これ以上不毛な行為もないだろう。

 殺し合うメリットなど、それこそ次のイベントが始まる程度しか存在しない。

 脅し程度で甲斐田豪が折れるとは思えないし、双沢社長から見て田代さんはどうやら大切な人物らしいし、どこまでも無意味で。


 だからこそ逆説的に、いまこの場で、勝負を成立させるしかないという状況が組み上がる。


 ぼくは、豪さんと田代さんを見遣った。

 プレイヤーは彼らだ。

 これ以上のことは、二人に決めて貰うしかない。


「あたし、やるわ」


 田代七生が、鼻息も荒く言った。


「あいつを、コテンパンにしてやりたい」

「いいだろう。俺の心臓、あんたに預けた」


 イケメン俳優が、まさにイケメンといった風情で断言。

 田代さんは真剣な面持ちになって、


「ねえ、甲斐田っちとあたし、どっかで会ってる?」

「口説かれるのは悪くない気分だ」

「そうじゃなくて!」


 真っ直ぐな問い。

 豪さんは。


「借りがある。それだけだ。いや……加えていえば、俺も気に食わんのだ。あの双子の……演技がな」


 演技?

 何のことかは解らないが、彼が言うのだから、それは事実なのだろう。

 芸事において、俳優甲斐田豪の右に出る人間はいないのだから。


 田代さんは納得したわけではなかったようだが、それでも頷き。

 双沢兄弟の前に、立った。


 陽太さんと豪さんが互いに頷き合い、同時にライフルを降ろす。

 それから双子が地べたに座り。

 トランプを、屋上へと置いた。

 田代さんたちは、彼らの対面に腰掛ける。


 勝負が、幕を開けて――



§§


一番上の札トップをあけるぜー」


 双沢兄が、山札の一番上をめくった。

 表れた数字はクローバーの七。


「七生、先攻を君に譲ろう。決めるといい、さあ上か下かアップ&ダウン?」

「…………」


 考え込む田代さん。

 額には汗。


 一見して上か下かの確率は50:50フィフティー・フィフティーに見える。

 だが、最初に七という数字が出たことで、僅かに〝アップ〟の可能性が上回る……問題は、同じ数字やジョーカーが出る確率を勘案しなければならない点。

 ジョーカーはともかく、他に七のカードは三枚ある。無視できる数字ではない。


 確率を信じるか、直感を信じるか。

 田代さんには選択が求められる。

 彼女は唇を親指でなぞり、それから豪さんへと視線を転じた。


「俺にうかがいを立てる必要はない。好きに決めろ」


 突き放すような、あるいは自主性を重んじるような彼の言葉を聞き、一児の母である女性は大きく息をついた。


「……あたし、数学って昔から苦手なのよね」

「経営者の誰もが数字に強いわけじゃないよ」

「月彦にフォローされたくない。だから、考えた――アップよ」

「なら……僕はダウンを選ぼう」


 答えが出揃う。

 陽太さんが山札へと手をかけ、告げる。


「双方よーござんすね? なんてな。では、ご開帳だぁ!」


 表れた数字は。


「ダイヤの九、アップだぜ」

「……しっ!」


 強く拳を握った田代さんが、豪さんの方を向いて、両手を挙げる。

 ハイタッチ。


 しかし、双沢陣営に堪えている様子は全くない。

 当然だろう、一勝を譲ったところで痛くもかゆくもないゲームなのだ。

 むしろ、これで次のカードの傾向が狭まる分、予想はつきやすくなる。

 ならば先攻を握っているこちらが強いように思えるが……人間は無限に迫り来るプレッシャーの中で、正しい判断を下し続けることなど出来ない。


 事実、次の勝負で、田代さんは負けた。

 出た数字は十一ジャック

 高い方の確率……つまりダウンを選んだ結果の敗北である。


「さあ、三度目の正直だぜ。そうだな、そこの〝背高セータカノッポ〟が土下座したら、山札をシャッフルしてやってもいいぜぇ?」


 そんな権利、あるわけもないのに双沢陽太はこちらを挑発してくる。

 第一、シャッフルで確率が変わるわけではない。

 イカサマでもされていなければ。


「待てよ?」


 このトランプを持ってきたのは誰だ?

 ぼくらの持ち物が全て没収されていることを考えれば、初期アイテムという線が一番ありえるだろう。

 【しんにげ】においてトランプはプレイヤー同士でミニゲームをするためのギミックに過ぎない。

 だからこそ、乱数という数字の神によって厳密に確率を定められている。


 しかし、リアルでは違う。

 

 抜かった、一番最初にチェックすべき事だった。


「済みません、山札を確認させてもらえますか?」

「なんだよ原作者、調子のいいことを抜かして、カードを有利に入れ替えるつもりか? させねーよ、糞馬鹿」


 陽太さんの辛辣な言葉はもっともだ。

 その返しなら、こちらの動きは封殺される。


 バレなければイカサマではない。


 あまりに有名すぎる言葉であり。

 なによりデスゲームの最中という非常時であるからこそ、ぼくは確認を怠ってしまった。


 そして、状況は悪い方へと傾く。

 まるでそのようにデザインされているかのごとく。


「ダウンよ」

「アップだ」


 出た数字は十二クイーン

 勝ち星を重ね、双沢兄弟が王手をかける。


「う、うう……」


 追い詰められ、冷や汗を流す田代さん。

 顔色は蒼白で、握り込んだ爪が皮膚を破りそうになっていた。


 飲まれている、この場の雰囲気に。

 いまの彼女に、冷静な判断など下せるはずもない。

 敵は上り調子、こちらは急転直下。

 負ける。

 このままでは、ぼくらは負ける。


 どうする? どうしたらいい?

 みすみす手放すのか、やっと手に入れた心臓を?

 何かないのか?

 ぼくにできることは――


「トウサク」


 そのとき、確かに聞いた。

 ぼくを呼ぶ。

 彼の声を。


「俺は、何を演じればいい?」


 甲斐田豪が。

 羽白一歩に。

 指示を、求めて――

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