心臓が逃げる!

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第一章 心ときめく! 宝探しと鬼ごっこ!

第一話 絶海の孤島スタート

 ――心臓が、逃げる!


 鬱蒼うっそうとした樹林の中を、ガシュ、ガシュと音を立てながら。

 異形の軍用四つ脚型ロボットが疾駆する。


 どれほど必死に追いかけても、その差は決して縮まらない。

 まるでこちらをおちょくっているように、付かず離れずの距離を維持されてしまう。

 否、事実として、彼我距離算出そういうシステムが組み込まれているのだ。

 それでもぼく――羽白はじろ一歩いっぽには、追いかけるという選択肢しかなかった。


 〝心臓〟が、ロボットの背中に取り付けられていたからだ。


 透明な円筒形のケースに収められた赤い筋肉の塊。

 それは無数の配線で繋がれながら、なおドクドクと鼓動を刻んでいる。

 つまり、生きている。

 生きた心臓が、眼前を走っているのだ。


 それだけならばよかった。

 追いかける必要など皆無だ。

 しかし、はだけた白い手術着の下、ぼくの胸元には大きな手術痕きずあとがあって。


『突然ですが――皆様の心臓を摘出させていただきました』


 ほんの数分前、携帯端末越しに見せつけられた映像が脳裏で甦る。

 真っ暗な画面の中で、くるくると回る真っ白な胸像。

 髭面の老人か何かを模したその彫像は、ひどく平坦な声音で告げた。

 ぼくらから、心臓を奪ったと。


『これより皆様には、心臓を用いた椅子取りゲームへチャレンジしていただきます』


 悪趣味だと罵ることも出来たはずだ。

 けれど、ぼくにはその資格がなかった。


『参加者は七名。既に申し上げましたが、皆様の心臓は摘出済みです。では何故、現状生きていられるのかと言えば……豚の心臓と入れ替えたからなのです。そう、皆様はいま、豚人間として存在しています』


 ふざけている。

 大いにふざけている。

 しかし、その切っ掛けを作ったのは――


『されどもどうか、ご安心あれ。この島――絶海の孤島を元気に走り回る心臓が三つあります。皆様にはこれを取り戻し、真人間へと戻っていただきたいのです。……え? のこりの心臓ですか? それは』


 胸像が回転を止める。

 黒子達が画面の中へ現れ、山のようにジュラルミンケースを積み上げる。

 放たれたのは、悪意が滲みきった嘲笑だった。


『全て、売り払ってしまいました!』


 蹴り倒されたジュラルミンケースが開き、無数のお札が宙に舞う。

 その渦中でケタケタと笑いながら、胸像は続ける。


『参加者は七人、心臓は三つ! 皆様の誰かが、己の身体と一致する〝適合心臓〟を入手すれば、回収点ピックアップポイントの座標がこの端末に表示されます。生きて適合心臓とその場所へ辿り着けば、ゲームクリア。晴れて現世へ復帰できる! 辿り着けなければ……もう、お解りですね?』


 待っているのは、死だ。

 このまま安穏と豚の心臓で生きることなど、こいつらは許さない。

 方法は単純にして極論。


『ナイン・ミラー博士が完成させた生体心臓運搬技術。その粋を結集して作られたロボットは、皆様方の追跡に耐えるでしょう。しかし豚の心臓は違う。いずれ投与されている免疫抑制剤が切れて、自己免疫こそが牙を剥く。それがタイムリミットです』


 最低最悪の時限爆弾。

 人間の身体に備わった免疫機構こそが天敵という邪悪な死亡遊戯。

 このゲームの名は。


『それでは、どうぞ心ゆくまで当方が開催しますデスゲーム【心臓が逃げる!】をお楽しみください。餞別せんべつと致しまして、攻略を有利に進められます補助アイテムを一つずつお配りしておきます。ご健闘のほど、心よりお祈りしておりますよ』


 そこで、映像が途切れ。

 茫然自失するぼくの前を、説明されたばかりの四足歩行逆関節ロボットがおちょくるように横切っていき。

 咄嗟に追いかけて――いまに至るわけだ。


「くそっ、自分の心臓に追いつけないなんて……!」


 そう声を上げるものの、追いつけない理由なんて自分が一番よくわかっていた。

 本当によくよく思い知っている。

 なぜなら。

 このデスゲーム……いや、そのひな形である同人ソフト【心臓が逃げる!】を開発したのは他ならない。


 中学生時代の……〝ぼく自身〟なのだから。

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