27話 土地神様と懸隔の恋 その二



『――そうか、見つかったか』

「うん。二人も協力してくれてありがとう」

「Thanks!」



 キリさんの説得(?)が無事に成功した後、彼女を無事に保護したことをフキとイザにアプリでメッセージを送るとすぐにグループ電話がかかってきた。それから二人にも事情を説明して、全員で安堵の息を漏らした。


『ま、とりあえずは一安心ね。うちの後輩にも連絡しとくわ。……ところでキリさんはそこにいるの?』

「あ、は、はい! おるよ!」

「そ。じゃあアタシからは一言だけ。次会ったら蹴り飛ばす。またねー」


 ……低い声の脅し文句を残すと、明るい声と共に通話画面からイザの名前は消えた。

 神様相手になんて不遜で恐ろしい女だ。キリさんが泣きそうな顔で震えている。


『あー……すいません、流石に今回は俺も庇護できないんで甘んじて受け止めてやってください。じゃ、オレもこれで』

「あ、うん。本当にありがとう」

『おう』


 通話を終え、一息吐く。

 まあ……イザの怒りはごもっともなので、そこはフキと同意見かな。うん。


「とりあえず、これで自分が愛されてるって分かったでしょ? だから二度と勝手に消えたりしないでください」

「……うん、ごめんね。……ありがとう」


 分かってくれたなら良しとしよう。

 どうせ後でイザがシバくわけだし、僕がこれ以上責める必要もないだろうしな。


「待って、私ほんまに蹴られるん?」

「アイツはやるときゃマジでやる女ですよ」

「諦めろキリチャン。ところでセッチャンこの後ドーする? ヨカッタらウチでイッショにおベンキョしナイ?」

「そうだね。もう明日からテストだし、追い込みしないと」

「え゛。そ、そんな状況じゃったのに探してくれとったん!? ごめんね!?」


 なんやかんやあったけど、サラの調子も戻ったしキリさんもいつも通りの状態だな。良かった良かった。

 二人の様子にあらためて安心しつつ、会話をしながら皆で榎園家へと足を運ぶのだった。




         〇〇〇




 無事キリさんを見つけた僕らはもはや慣れきった階段を下り、榎園家の玄関前まで辿り着いた。

 それからサッサと中に入ろうと思ったのだが……キリさんの覚悟が決まらず、まごついている状態となっていた。


「お、怒られそぉ……」

「ソノ時はワタシもイッショに謝るヨ」

「あ、ありがとう。でも、私の責任じゃけえ」


 キリさんは渇いた笑みで顔に影を落とした。

 無断で数日家を空けて行方知れずだったんだ。神様とはいえ怒られて当たり前だし、心配をかけたキリさん自身の責任だ。ちゃんとお叱りを受けてほしい。


 時には厳しさも必要だ。そう思いながら僕が玄関の扉を開けると──




「おォ、おかえりー」




 ──中には割烹着を着た長身布頭の化物が立っていた。


 僕は無言で即座に扉を閉めた。


「? セッチャン、ドシタノ?」


 首を傾げるサラに「なんでもないよ」と笑って答える。が、こちらの内心は穏やかではない。

 何だ今の。幻覚?

 そう思って今度はゆっくりと扉を開けてみると……


「なァんで今閉めたンだい」

「うわあ!?」


 今度は至近距離に布に包まれた顔があり、思わず叫んでしまった。

 その姿は見間違いや幻覚ではなく、この前お世話になったばかりの布怪人、マトイさんだった。

 ……心臓が飛び出るかと思った。不用意に顔を近付けないで欲しい。マジで。


「アレ? マトチャンだ。タダイマー」

「ハイおかえり。二人ともお疲れサン」

「あ、はい……いやマトイさん、なんでいるんですか。あとその恰好は一体……」

「前にキリの身分証明書とか持ってきたでしょ? あの時持ってこられなかった分を渡しに来たンだけど、丁度夕食の準備してたみたいだったからサ。ついでに手伝ってンだわ」

「な、なるほど。お疲れ様です」


 そういえばこの人、初めて会った日にキリさんに関するいろんな書類とか持ってきてたっけ。今回も出処不明の怪しい手段で用意してきたのだろうか……いや、そこは深く突っ込まないことにしよう。

 どちらかというと突っ込むべきは割烹着の方だ。ミイラみたいな頭にこの装備は映画でもそうそう見ないトンチキ具合である。


「で? アザミサンから聞いたけどキリ、家出してたンだってねェ」

「た、大変申し訳なかったと猛省している限りで……」

「オレじゃなくて榎園家の皆サンに謝ンなさいよ。神ってのが気まぐれとはいえ、アンタはここに滞在してる身なんだ。勝手してりゃ皆心配するからね」

「……マトイも心配してくれた?」

「そりゃ多少はね。あんま迷惑掛けたらダメだぞー」


 マトイさんはそう言って軽く笑うように注意すると、踵を返してキッチンの方へと歩いていった。

 うーむ叱り方が軽い。まあ居候してるのは榎園家なわけだし、マトイさんからは言うこと無しって感じなのかな。


「……キリチャン、嬉しソだネ?」

「えっ!? い、いやそんなことは……」

「……マトイさんに心配されたのが嬉しかったからって、またやらないでくださいね?」


 口元がニヤついている土地神様に一応釘を刺すと、何故か目が泳いでいた。

 ……マジでやめてくださいよ?


「あ、そうじゃ。二人とも、後でちょっとお話する時間貰っていいかね?」

「え? いいですけど……何の話ですか?」

「サラさんにはちょっと話したんじゃけど、この前イザクラちゃんに話したことを二人にはあらためてちゃんと言っとこうと思って……」

「エート……何のハナシ?」

「ほ、ほら。フキザキさんの家で別れて合流した時に話した……」


 サラとイザに話した……ああ、なんか休憩中にコソコソ話してたアレか。


「それ、僕が聞いていいやつなんですか?」

「むしろ聞いてもらって、二人の意見も欲しいというかね。じゃあまた後で……あ、ま、マトイには内緒でね!?」

「あはは、分かりました」


 真剣な顔だったり慌てたりとコロコロ変わるキリさんの表情を見て笑いつつ、アザミさんに謝罪すべくキッチンへと向かう彼女の背を見送ったのだった。




「───と、いうわけでございまして……」



 その後、客間でサラと勉強していると、割とすぐにキリさんがやってきた。思いの外怒られなかったらしく、キリさん曰く「アザミちゃんは昔もっとやんちゃだったからいいのよって言っとった」とのことである。昔何してたんだあの婆さん。

 ターボババアの過去はともかく、客間のすぐ傍にはマトイさんのいるキッチンがあるということでサラの部屋に移動。それからキリさんから話を聞いたわけだが……


「なるほど。そのウカノミタなんとか様を殴りましょう」

Octopus Punchタコ殴りだナ!」


 僕とサラが開口一番に放った言葉は暴力そのものだった。

 サラに関してはシャドーボクシングまでしている。気合十分ですね。


「待って待って判断が早すぎる! なんで二人してイザクラちゃんと同じ反応になるんよ!?」

「そりゃこうなりますよ。キリさんの上司だか親だか知りませんけど、人の恋路に横から口挟むとか過干渉にも程があります」


 厳密には人じゃなくて神様だけど。

 それにしても……キリさんがやけに人間と神様の関係性について悩んでいた理由がこれでよく分かった。そのウカノミなんとか様の言いつけが原因だったのか。話を聞けば聞く程腹が立ってきたぞ。


「ソーユーノってヤボなコーイってユーんだっけ?」

「そうそう。よく勉強してんね」

「そ、そもそも二人はおかしいと思わんのん? 人間と神が……とか」

「「全然?」」


 僕らが口を揃えて言うと、キリさんは目を丸くして言葉を止めた。

 なーにを当たり前の事を。


「恋をするのに人間とか神様とか関係ないでしょ。コマチさんだってフキのご先祖様に惹かれてるとかいう話でしたし……そもそも、その辺は既にイザが色々言ってくれてそうですけど。アイツはどう言ってました?」

「え、えっと……イザクラちゃんはその、ウカ様が勝手に言うならアタシも勝手にマトイの事を好……なんだって勝手に思うことにするって。もしそうなら応援してくれるって言っとったよ。……ちょっと怒りはぶてながらじゃったけど」

「イザが言いそうなコトですナー」


 流石は神に唾を吐きそうな女の井櫻さん。キリさんより偉い神様の言うことでもお構いなしである。


「それで、キリさんはどうしたいんですか?」

「え?」

「ウカノなんとか様やイザの言葉じゃなく、キリさん自身の考えを聞かせてほしいです」


 周りがどう言ったとしても、結局はキリさん自身がどうしたいかだ。イザには悪いが、そのまま上司の言いつけを聞いて気持ちに蓋をするも自由だと思う。

 僕らとしてはキリさんがしたいようにするのが一番だとは思うけれど、彼女の行動は彼女自身が決めるもの。その意思は尊重してあげたい。


「その……実を言うとね? イザクラちゃんにも話したんじゃけど、私はまだマトイに対するこの気持ちが何なんか、よう分かっとらんのんよ」

「「あ、それソレはなんとなく分かってますマス」」

「えっ…………い、いや、それはいいや。じゃけえまずは──



 ───まずは、この気持ちが、好きが……本当に『恋』なのか。それを知りたい」



 キリさんは胸元に手を置いて、真っ直ぐにこちらを見据えている。

 いつも揺れていたはずのその目に今は迷いはない。


 決意の固まった土地神様の表情を見て、僕らは顔を見合わせて笑った。


「分かりました、僕らも協力は惜しみません」

「ウム! ズドンと任せろィ!」


 何故だか神様に対して上から目線な僕らの発言に、キリさんは嬉しそうに「ありがとう」とお礼を返してきたのだった。



「……で、協力するのはいいけど、明確な方法はどうする?」

「え、そこは案があったわけじゃないん……?」

「……とりあえずマトチャンにドンドンAttackしていけばイイんじゃナイ?」

「い、いやいやいや! それこそマトイの迷惑になるし、ウカ様にも……」

「「やっぱ殴るか」」

「やめて!?」


 ───コンコン。


 僕らがまだ見ぬ神様へ向けて不敬且つ不穏な態度を取ってキリさんに止められていると、扉からノックの音が聞こえてきた。


「ドーゾ?」

「お邪魔しまァす。……なんか騒がしかったけど、何の話してンの?」


 サラの返事に応答するように扉が開かれると、マトイさんが現れた。

 割烹着を脱いでいる……ということは手伝いを終えてきたらしい。


「ウカなんとか様をどうブン殴ろうかって話をしてました」

「マジか。オレも一緒について行っていい?」

「マトイぃ!?」


 なんとマトイさんは止めるでもなくむしろ乗り気なようだった。

 なんて心強いんだ。この人がいれば百人力どころの話じゃないぜ。


「冗談はさておき、宇迦ウカは神ン中じゃかなりまともなヤツだぞ。なんでアイツを殴る話になってンだ?」

「え、知り合いなんですか?」

「一応ね。多少過保護なきらいがあるけど悪いヤツって程でもないな。なんかあったら話し合いで済むと思うけど」

「あ、そうなんですか。じゃあやめとこう」

「ソーダネ」

「えぇー……」


 マトイさんがそう言うなら本当の事なんだろう。それに他ならぬマトイさんの知り合いというのなら拳を下げて話す方向にシフトしようじゃないか。無駄な争いは避けたいし。


 ……と、キリさんの上司的な神様の話はそこまでにしておくとしよう。今すぐどうにかできる話でもないからな。

 それなら後は当人達の問題なわけだけれど……あんまり横からずけずけ言うのも憚られる。が、キリさんにだけ任せてると全く進展がなさそうなのはなんとなく察せられる。

 ……もう率直に訊いてしまおうか。


「せ、セキさん。それはちょっと心の準備というものが──」

「マトイさん。人間と神様の恋ってどう思います?」

「ちょ!? セキさ──もがっ」


 キリさんの小声を無視してズバリ訊いた。

 何か言われそうにはなったが、サラが抑え込んでくれている。ナイス。


「いきなりだね。どういう質問?」

「いや、ただの興味本位なんですけど……マトイさんはそういうの、否定派か肯定派かなーなんて」

「否定も肯定も何も……別にいいンじゃねェの? オレとしては色恋に種族とかは関係ねェと思ってるタイプだしな」

「!?」


 おお、悪くない反応だ。

 これでマトイさん側が否定派だったらどうしようかと思ったけど……なかなか寛容じゃないか。


「マトチャンはHumanイガイもアリってコト?」

「誤解を招きそうだなオイ。一般論として否定はしないって話だよ。歴史上そういう関係性になった神と人間がいないワケじゃねェし」


 なるほど。本人がそういう恋愛観なのかはともかく、少なくともマトイさんは種族間の恋を全否定する考え方ではないらしい。

 流石にこれ以上突っ込んだことを訊くのは難しそうだけど……これはもしや、可能性があるのでは?


「そ、それ本当に……?」

「あァ、そもそも日本の創始者である神武天皇は天津神の──」

「あ、いやそっちじゃのうて……マトイはそういうの、変とは思わんのん?」


 キリさんが不安そうな目でマトイさんへと訊ねた。

 当の布人間は自分の顎を摘まむように手を当てると、


「……まァ、否定する必要性は無いしな」


 曖昧ながら肯定的な答えを出してきた。

 それを聞いたキリさんは驚いたように目を丸くしてから安心したやら嬉しいのやら、頬を赤らめて口元をほころばせた。


「ま、マトイ!」

「なんじゃい」

「わ、私……私! 頑張るけんね!」

「……そうか。まァ、精々頑張れ」


 キリさんの真意を知ってか知らずか、マトイさんはぼんやりと応援の言葉を口にした。

 そしてその言葉を聞いて、キリさんはにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。



「ところで、マトイさんはどうしてサラの部屋こっちに?」

「アザミサンからセキサンに夕飯食べるか訊いてくれって言われてね。それと……」

「ソレと?」

「二人がテスト勉強してるだろうって聞いたからサ。何か勉強で手伝えるコトとかないかと思ってサ」


 やだマトイさんホント良い人。

 この前といいキリさんが惚れる理由がだんだん分かってきた気がす……キリさん顔が怖いです。別にそういうのじゃないんで安心してください冷汗が止まりません。


「あ、ありがとうございます。とりあえずアザミさんには頂きますと伝えておいてください」

「了解。……てか、よく勉強してるよね。学校厳しかったりすンの?」

「いや、厳しくはないんですが……うちの学校ってそれなりの進学校なんで結構テストが難しいんですよ」

進学クラスAdvance courseだから悪い成績Poor Gradesだとセンセからおコゴトだしナ」


 しかも今回の中間テストはかなり範囲が広い。

 一年の時の内容も範囲となっているので、どこが問題として出るのか予想がつかない。というわけで今回は特に力を入れているのだ。


「大変だねェ。でもあんま根詰めすぎると良くないから程々に……あ、そこの選択肢間違ってるよ」

「え? あ、ありがとうございま──」


 ……ん?


「……あの、マトイさん」

「なんだね」

「もしかして、結構勉強できる人だったりします……?」

「人並み程度だよ。キミら現役学生程じゃないサ」


 軽く笑っているけど、今教えてもらった選択問題は割と難しめの計算式だったような気がするんですけれども。

 ……サラと頷き合い、試しにマトイさんに向けて問題を出してみることにした。


「ここの空欄と選択肢、分かります?」

「等温、断熱。2番」

「この問題分カル?」

「平民社」

「じゃあコッチは?」

「log₂(√5-2)」

「この英語の選択肢はどうですか?」

「フランス語だろソレ。3のpart」


 すげえ、ジャンル違うのに全問正解したぞこの人。ついでにひっかけにも気が付いてる。

 ……暗記系はともかく、なんで関数の問題を見ただけで即答できるんだろう。確実に人並みじゃない。


「あの、マトイさんさえ良ければ勉強を教えて頂いても……?」

「ン、まァいいけど……それなら範囲を絞って教えたいな。前回のテストの内容が分かるモンってある?」

「コレでどーでっシャロ」


 サラが授業用タブレットを渡すと、マトイさんは表示されている画面を少しだけ見つめてから何度かスライドさせた。それからすぐに返して、


「多分だけど、コレならある程度の範囲は絞れそうだな」


 と、頼もしいことを言ってのけた。


「……マジですか?」

「大マジですわ」


 どうしてお嬢様言葉ですの?


 そんなふざけ合いの後、僕らは夕食までマトイさんから勉強を教わることになった。

 そのお陰で僕らはかなりの知識が身に付いた上、この時マトイさんが予想したテストの範囲は見事に的中。サラも僕も成績が著しく伸びることになったのだった。




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