21話 土地神様と付喪神 その七



「――その後、布の貴方が蔵の気脈を整えてくれたおかげで本邸へ忍び込めた。それから貴方達の記憶や使この空間を作り上げた」


『…………』


 淡々とした物言いで話す付喪神の様子を全員が黙って見守っている。

 ……いや、どちらかと言えば声を出せなくなっているという方が正しいだろうか。

 変化のない平坦な表情とは裏腹に、語られている過去は暗いもの。口を挟む余裕なんてなくて、静寂の中で抑揚のない声だけが響いている。


 事情を訊くとは言ったけれど、ここまで暗い話が出てくるなんて。

 そりゃ人を殺そうというのだからそれなりに強い理由があることは覚悟していたけども、これじゃ説得なんてできる気がしな



「話が長い」


(スパァ―――ンッ!)



「ぐっはぁ!?」



 話の途中でマトイさんが付喪神の背中へとハリセンを振り下ろした。

 静寂を引き裂くように気の抜けた小気味いい音が響いて何してんのこの人!?


「何やってんですかマトイさん!?」

「話が長ェンだよ。もっと巻いて話せ」


 いやたしかに長かったけど、それでフルスイングはちょっと……。付喪神うつ伏せでぶっ倒れたままですよ。


「てか動かねえけどサラの方は大丈夫なのかコレ」

「神にしか効かない特別製だから人体に影響はないよ。痛みとかは付喪神にしか行ってないし大丈夫」

「あ、そうなんですか」

「それならいいか」

「安心したわ」

「誰か付喪神さんの心配しんさいよ」


 いやまあ、それはそうなんですけど……辛い過去を聞いたとはいえ、友達を殺そうとしてきた相手ですからね。申し訳なく思う反面、心配する義理はない。


「ホラ起きろ。そんで簡潔にとりあえずアンタのしでかしたことに関する言い分だけまとめて話せ……って言いたいとこだけど、今の話で大体は察しが付くな。やっぱいいや」

「鈍痛。叩かれ損……」

「ドンマイです」


 無理矢理起こされた上にぞんざいな扱いを受けて項垂れる付喪神サラの背中を励ますようにさする。流石にちょっと気の毒ではある。


「とりあえずアンタの話をまとめると、昔のなんやかんやで柊崎家の男にキレ散らかしてソイツによく似たフキザキサン見て殺したくなっちゃった的な感じか」

「概ね適切。正確に言えば、そいつを殺そうとしているのは本意ではない」

「え?」


 こんだけ嫌そうな顔しといて?


「フキザキさんの御先祖様に対する怨恨で在り方そのものに影響しとるみたいじゃね。感情と行動が合っとらんのはそのせいか……」

『……?』


 キリさんの呟きに対してイザとフキとの三人で顔を見合わせるも、二人もピンと来ていない様子だ。つまりどういうことなんです?


「簡単に言やこの付喪神の意思に関わらず、フキザキサンに対しては悪意を向けたり殺戮衝動に駆られるってこったな」


 なるほど。つまりフキに対しての殺害未遂は本意ではないということか。

 ……それなら誰かが悪いとかの話ではないし、この神様を完全には責められないかもしれないな。


「つまり俺に対してだけ罵倒しまくってくれるってことか。最高じゃねえか」

「死ね」


 むしろ責められるべきはこっちの馬鹿かもしれない。過去一爽やかな笑顔をこっちに向けてサムズアップすんな気色悪い。


「一応、殺すのが本意ではないのは事実。でもそいつが嫌いなのも本当」

「それは、その男性にこの馬鹿が似てるから……ですか?」

「それもある。ただそれ以上にそいつの性格が気に入らない」

「馬鹿な!? 超絶愛され系である俺のどこが不満だと言うんだ!」

「女を胸くらいしか見ていない。口を開けば下品なことばかり。不純、不潔、淫猥」

「失敬な。尻と太ももだって見ているぞ」


 失敬なのはお前だよ。


「……やはりこいつは駄目。あの子が悲しむ」

「あの子? ……コマチさんのことですか?」


 後ろで未だに眠り続けているもう一人の付喪神へ目を向けつつ呟くと、着物の付喪神は静かに頷いた。

 ……さっきの話だと、コマチさんはフキの先祖の男性に惹かれているとのことだった。それならその人とよく似ている上に性格がのフキと一緒に居させたくないのは当たり前っちゃ当たり前か。


「おいセキなんだその目は。お前まで俺を興奮させる気か?」

「もうホント黙っててくれない?」


 お前が口を開くたびに付喪神の目付きが鋭くなって怖えんだよマジで。頼むから僕まで巻き込まないでほしい。


「で、悲しむっていうのは?」

「言葉通り。あの子がそいつと共にあれば、きっと辛い思いをすることになる。それが耐えられない。殺す」

「ちょちょちょ待って待って。コイツとコマチさんが仲良くしてると殺意が抑えきれないってことですか?」

「じゃあコマチさんとアナタがこの馬鹿から離れれば解決じゃないの?」


 フキに飛び掛ろうとする付喪神を止めつつ呟くと、イザがそんな提案をしてきた。

 彼女の言う通り、付喪神がフキへの衝動を抑えられないとするならば物理的に距離を置いてしまえばいい話だ。特にコマチさんと関係を持つことが気になるのであれば一緒にどこかへ去ればそれで終わりである。


「あ、それはあんまし意味がないかもしれんね」

「え、なんで?」

「フキザキさんがコマチさんの名前を付けたけえ、強い繋がりができてしもうとるけんねえ……」

『繋がり?』


 キリさんの言葉にイザとフキと一緒になって首を傾げると、マトイさんが小さく手を挙げた。


「言い忘れてたけど、神に名前を与えるってのは結構重要なモンでな。名付けられた神は名付け親と運命的な繋がりを持つようになる。離れていてもフキザキサンとコマチは見えない糸で繋がってるようなモンだから、この付喪神の殺意が収まるこたァないだろうな」

「おいちょっと待て。たしか俺が名付け報告した時に問題ないっつってなかったかアンタ」

「流石にこんな状況予想外だっての。それにアンタ美人好きみたいだし、コマチみたいな子と一生の縁が出来るならむしろ役得だと思ったんだが」

「はっ!? たしかにコマチは子供体型とはいえ、将来への期待の高まるビジュアル……何も問題ねえな!!」


 この色ボケカス野郎。まあ納得してるならいいんだけど……付喪神って成長すんの?


「こっちは納得していない。やはりこの淫獣は殺すべき」

「二人の美人付喪神に挟まれる俺の人生、この先どうなっちまうんだい?」

「コイツやっぱ半殺しくらいまでならしていいと思うわ」


 コイツのメンタル超合金か何かかよ。

 あと美人っつても付喪神の片方は着物……いや、もうコイツの話に乗るのはやめよう。脱線しかしねえ。


「キリさんとマトイさんの力で衝動を抑え込んだりとかできませんか?」

「うーん……今はもうその衝動込みで付喪神さんの存在が成り立ってしもうとるけえ、無理にどうにかしようとすると崩壊消滅することになるかも」

「歯車一つ取り外して瓦解するようなモンだしな。オレも手が出せねェわ」


 ……この二人で無理となると、解決はかなり難しいということになる。

 でも、何かしら解決策はあるはずだ。諦めたくはない。


「……ていうか一旦ここから出て話しません? こんなとこだと出る案も出ないですって」

「……ダメじゃね。フキザキさんを害する目的で作った空間じゃし、付喪神さんの衝動を抑えることができんにゃ揃って出ることが出来んと思うよ」

「最悪、キリの神通力で無理矢理脱出も出来るかもしれないけど……もし失敗したら空間が維持できなくなる。そうなりゃ捻れて潰れて全員パスタ状態になるだろうしな」

「結局は付喪神の問題を解決しないと出られないってことか。アレしないと出られない部屋みたいで興奮してきたな」

「もうこの馬鹿だけ置いて出ればいいんじゃないかしら」


 青筋を立てたイザの提案に思わず同意しそうになってしまった。危ない危ない。

 それにしても何を言っているのかはよく分からないが、よくもまあ次々と妙なことを口走れるもんだな。なんかここまでくると逆に感心してきたよ。


「……一寸ちょっと、待ってほしい」


 僕らが言い合っていると、付喪神が突然待ったをかけてきた。

 そちらを振り返ると表情は拙いものの、困惑したような顔つきをしている。


「どうして、そうまでして解決策を探す。一番簡単な方法は分かっているはず」

「……それは?」

「そちらの土地神も布の貴方も、分かっているはず。神の力でも、このを燃やすでもいいから、殺せばいいと。とにかくこの衣を消せば、簡単に止ま――」


『却下』


 話している途中、僕らは揃って一蹴した。

 すると、付喪神の表情はさらに困惑の色が強まった。


「……どうして。一番確実、実行も容易」

「そうかもしれませんけど……それはダメです。絶対に」

「全員を危険に晒した。それでも?」

「それでもです。あんな話を聞いたからには放っておけませんし、そもそも止めたいだけで死んでほしいわけじゃありませんから」


 そう言って真っ直ぐに目を見据えていると、付喪神は根負けしたように「分かった」と呟いた。


「人が殺されかけたのに、本当に甘い」

「こんだけ人がいいのはコイツくらいよ。まあアタシもできればそうしたいって感じだから人のこと言えないけどさ」

「そんなモン全員同じだろ。実害出てねえのに死んでほしいなんざ思わねえよ」

「狙われとったのフキザキさんなんじゃけどね? 私は皆がそれでいいんなら何も言うことはないかなぁ」

「オレも割とどっちでもいいんだが……ま、若人達がやりたいことを手伝うだけサね」


 呆れたような雰囲気の付喪神に続くように皆も仕方が無さそうに同意してくれた。

 勝手に僕が代表面して宣言しちゃったけど、総スカン食らわなくて実はちょっと安心しました。


「で、どうする? 誰も付喪神コイツを消すつもりがないっつーのはいいが、他に案がねえなら完全に手詰まりだぞ」

「このままここに居続けるわけにもいかないしね。どうしたもんか――……ん?」


 結局何も思いついていないのはその通りなので、諦めてもう一度案を練ろうと腕を組んで悩む態勢に入ろうとしたのだが……そこで違和感に気が付いた。


「……なんの音?」



 ――ゴゴゴゴ……。



 何か、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。


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