【肆】 芸より趣味が身を助ける

24話 土地神様と浄化の儀式 その一



「―――ということが昨日あったわけよ」



 次の日、学校の昼休み。

 いつもの四人で机を囲み、昼食がてらイザと僕は昨日あった出来事をサラとフキに話していた。


 一応、昨日の時点でニシユキさん達にはこの二人に話す許可を貰っている。

 黒い靄の件について報告するにあたって、リンギクさんやニシユキさんに関して結構踏み込んだ話もしないといけなかったからね。


「テメェ! 俺がいねえところで美人に囲まれるとはいい度胸だなコラァ!!」


 そんな話を聞いたフキは即座に血涙でも流しそうな勢いで僕に掴みかかってきやがった。


「それどころじゃなかったのは話聞いてりゃ分かんだろ性欲ゴリラァ!!」

「うるせぇ! さぞ眼福だったろうな羨ましいぞクソ野郎!! 実際どうだった?」

「クソはお前だろうが油野郎!! いや結構マジで緊張した」

「喧嘩するか普通に話すかどっちかにしなさいよ」


 煩悩と冷静さに挟まれた悲しき哺乳類と両手で組み合い、全力で押し合っているとイザにツッコまれたのですぐに中断して着席した。

 その二択なら普通に話す方がいいしな。


「昨日キリチャンから色々聞ーチャいたケド、タイヘンだったのネー」

「まあね。でもなんだかんだ解決できそうよ」

「そういえば準備ってなんなの? サラにも手伝ってもらうって言ってたけど」

「テツダイって言ってもOld paper古い紙を家ン中で探しただけヨ? ワタシもクヤシクは聞いてナイからワッカンネエのだ」

「古い紙? 新聞紙とか?」

「イヤ、なんかソーユーノじゃないカンジでしたワヨ」


 ふむ?

 要領を得ないが、とりあえず何らかの準備はしているらしい。

 詳細が気になるところではあるけど、どうせ今日の夕方には分かることだしいいか。


「それよかアンタはなんでこっち来なかったのよ。急用ってなんだったの?」

「ウム、ヨクゾ訊いてくだすった。実は―――」

「待て。それよりも重要な話を訊いておきたい……セキ、ちょっとこっちに来てくれ」


 サラの話を遮るようにフキが割り込んできた。その口調と顔は真剣そのものだ。

 ただならぬ雰囲気に驚きつつ、言われるがままにサラとイザから距離を取る。


「イザの後輩ちゃんとお前のお姉さん、それからニシユキさんだったか? その三人についてなんだが―――」


 余程聞かれたくないのだろう。顔を近付けて小声で話しかけてきた。

 なんとなく身構えながら耳をそばだてると―――


「―――おっぱい大きかった?」

「そんなことだろうと思ったよ馬鹿野郎」


 どうでもいいことを全力で訊いてきやがった。身構えて損したわ。

 いやコイツが真剣な顔してる時は大抵こういう話だけどさ。


「で、どうだったんだ」

「イザ以外全員デカかった」

「クソが!!! いいなぁ!!! ……紹介してもらえないでしょうか」

「今日の放課後神社で会う予定だから一緒に来れば?」

「マジ? 部活休むわ」


 そう言うとフキは即座に自分のスマホでメッセージを打ち込み始めた。きっと今日の部活を休む連絡だろう。


「行動早えなホント。なんて書いたのさ」

「『運命の出会いを探しに行くので休ませてください』と誠意を込めて送信した」

「さてはアホだなお前?」

「褒めるな褒めるな。いやしかしアレだな。その場にサラが行ってなくてよかったよな」

「え、なんで……ああ、そういうこと」


 たしかにサラが居たら……うん、どの辺がとは言わないがイザだけ格差が凄いことになってそうだ。

 いやまあ、今になって冷静に考えると昨日の時点でだいぶ……。


「何の話してんのよアンタら」

「「いや……」」

「何よその顔」

「「いやァ……」」


 当の本人から話しかけられたので、僕らは柔和な笑みを浮かべながら席に戻った。

 これは慈愛の笑みである。決して憐れみ等ではない。


「フキ、アノ話したノ?」

「あの話?」

「あ、そうだった。今日俺も行くのはいいんだが、ちょっと家から持ってくるモンあるから遅れるわ」

「持ってくるもの?」

「キリチャンの神社のコトでチョット。昨日イロイロ二人で調べて分かったノサ」

「え、そんな事してたの? もしかして昨日の急用ってそれ?」

「いや、それは別。昨日俺ん家にサラが来る用事があってな。その時ついでに家の蔵とか調べたら色々出てきたんだわ」

「オバァチャンに頼まれてイロイロ持ってったらフキ's Houseで驚いたワヨ」

「え、あの神社を管理してるのサラの家よね? なんでフキんに―――ってそっか」

「フキの家、クソデカいもんな」


 思い出したかのようなリアクションのイザに並ぶように、僕も納得する。


 フキの奴はコレでそれなりの血統らしく、この辺りでは割と有名な家柄の人間なのである。親戚に著名な人も多くいる、所謂地元の名士の家系ってやつだ。

 そのせいか家には様々な歴史的文化物もあるようで、保管用の立派な蔵が敷地内にあるのを見たことがある。たしかにあの中なら地元に関する資料なんかがあってもおかしくはない。


「コイツの家柄のこと、アホすぎて忘れてたわ」

「おいおいそんなに自虐するなよ」

「アンタのことだよド阿呆」

「ひでえなオイ。もっと罵ってくれ」


 うむ、気持ちの悪いアホだ。コレが名士の血統とは思えん。


「え、てか部活休めるの?」

「さっき連絡したからイケるだろ。それに俺は部のエースだし多少の自由はきくだろ」

「……むしろエースなら休めないんじゃない?」

「ハッハッハ何を言う。そのくらい……あ、返信来た」

「なんて?」

「……おぅふ……」


 震えたスマホの画面を確認した瞬間、フキアホは静かに机に突っ伏した。

 どうやら本日の部活は休めないようだ。南無。


 それから足元に泣き縋るフキを全員で宥めたり時々罵倒したりしつつ、部活が終わってから急いで榎園家へ来ると約束して昼休みは過ぎていった。




         〇〇〇




「ハッハーァ! やあ先輩方! 良い風が吹いているな!」

「お、お待たせしました」


 迎えた放課後、絶望一色の顔つきをしたフキと別れた僕らは榎園家の前でリンギクさん達と合流した。

 リンギクさんは学校から一緒に行っても良かったんだけど、ニシユキさんを連れてからくるということでここで待ち合わせることになっていたのだ。


「二人ともお疲れ様です。こっちは昨日話した神社の管理してる家の子です」

「昨日来られなかった子ね」

「榎園サラ、デス! ヨロシクオネガイシマス!」

「成程、貴女が……よろしく、エゾノ先輩!」


 挨拶もそこそこに笑い合いながらガッチリと握手を交わすサラとリンギクさん。

 やはりというか、この二人は性格的にウマが合いそうだ。


「それでニシユキさんはなんで顔を覆ってるんですか」

「よ、陽の気が凄くて……」

「陽……風水ですか?」

「Hey, ソチラもヨロシクオネガイ……Oh, Very smoky... Smoky?」

「あ、コレ見えてるんですね。よろしくお願いします」


 黒い靄に驚きつつも、サラは臆することなくニシユキさんとも握手を交わした。

 写真で事前に見ているとはいえ、実際に靄を見るのは初めてのはずなのにまったくブレないなコイツ。


「あーはいはい。挨拶はその辺にしてさっさと神社行きましょ」

「あ、ちょっと待って。姉貴は?」

「センパイは……その、大学で友達に捕まっちゃって。弟や他の皆によろしくって言ってたよ」


 なるほど。今日は来られなさそうだな。

 少し残念だが、本来姉貴は多忙の身。昨日いたのがむしろ奇跡なくらいだし仕方がないともいえる。

 というわけで全員揃ったのでキリさんの待つ神社へと向かうことになった。




「へえ、神社について調べてたのってニシユキさんのためだったのね」

「ああ、大学への報告書で扱うと聞いていたからな。せめてもの罪滅ぼしにと手伝っていた次第だ」


 神社へ行くまでの山道中、リンギクさんがなぜ神社について調べていたのかという話になった。

 ちなみにイザは前回同様僕の背中の上である。

 相変わらず軽くて運びやすいのが救いだけど……ちょっと心配にもなるな。ちゃんと食ってんのかね。


「それ、もしかして姉貴と共同で作ってるレポートですか?」

「あ、うん。センパイも自分も調べてたんだけど、資料があんまりなくて……研究対象を変えようかと思ってたところだったんです」


 なるほど。そういえば落先生も調べても全然分からないとか言ってたっけ。

 まああの神社、特徴としては敷地が広いくらいで別に有名でもなんでもないからな。資料が少ないのも当然なのかもしれない。


「ンジャ、今日ついでにキリチャンに訊コーゼ。それに一緒にフキの資料見ればイイんじゃナイ?」

「そうだね」

「む? 先輩方、それはどういうことだ?」

「実は昨日、友達の家で神社に関する資料が見つかったらしくてね。今日部活が終わったらサラの家に持ってくるって言ってたんだけど……ニシユキさんさえ良かったらこの後一緒に行きますか?」

「え、いいんですか?」

「是非。きっと友達も喜びますから」

「問題はその友達がカスってことだけどね」

「……問題のある人物ならばボクも同行するぞ?」

「カスなところはあるけど悪い奴ではないから……」


 そんな感じで話していると歩くのもあっという間で、いつのまにか階段を上がりきっていた。

 ニシユキさんは石造りの鳥居を見上げ、「これが……」と感嘆の息を漏らしている。調べていたとは言っていたけど、実物を見るのは初めてなのかもしれない。


「まあ神社については後にするとして、先に呪いの方をどうにか―――ッ!?」


 喋りながら鳥居を潜って境内に入った途端、違和感が身体を襲った。

 いや、襲ったというよりも包まれたというか……全体的にフワッと触られたような感覚だ。

 他の皆も異変を感じたようで、驚きながら自分の身体を確認したり、腕をさすったりしている。


「……なんだ、今のは?」

「な、なんか変な感じだったよね……?」

「...Peted触られた?」

「え、何? なんかあったの?」


 いや、全員じゃない。

 イザは特に何も感じなかったようで、むしろ皆の反応に困惑しているようだ。


「一体何が……あ、キリさん!」

「―――ん? あ、皆さん。お疲れ様です」


 言い様の無い妙な感覚に困惑しながら社の方へ目を向けると、キリさんが社の前でこちらに背を向けるようにして蹲っているのが見えた。

 名前を呼ぶと彼女もこちらに気が付いたようで、振り向いて小さく手を振ってくれた。



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