【終】 普遍的掃除青年と土地神様の日常

神社の真実とあまり変わらない日常



「―――って感じで、僕は食欲がちょっと引きました」

「あっはっはっはっは!」



 僕らの他に誰もいない図書室の端にあるこじんまりとした事務室。その中で初老の男性による笑い声が高らかに響いた。


 ニシユキさん達の騒動から数日が経った早朝、目が覚めてしまったので早めに登校したところ通りすがりの先生から図書事務室に荷物を運ぶよう頼まれた。

 指示通りに運んでいくとオチ先生が座っていたので、ついでとばかりに今回の大まかな顛末を報告していたのだ。



「そんな笑わないでくださいよ」

「いや、すみません……面白くてつい。しかし神様を名乗る女性に呪い、はたまた幽霊とは……相引くんも大変でしたね」


 先生が僕の話を信じているのかいないのかは分からないが、いつもと変わらない柔和な笑みで最後まで耳を傾けてくれた。真偽はともかくとして、僕の話を受け入れてはくれているらしい。

 そんな彼の言葉に僕は首を傾げた。


「大変だった……んですかね?」


 今回関わった人間も人間以外も大概変ではあったけど、僕自身が大変だったかというとそこまでのことは感じていない。

 実際苦労したのは呪いの当事者であるリンギクさんとニシユキさん、それに直接的に解決したキリさんだろう。勿論そこに辿り着く前に僕も落とした本について探したりはしたけど……結局はイザのおかげで見つかったようなものだし、僕自身はこれといって何もしていないような気がする。


「あまり深く考えず、労いは素直に受け取っておいてもいいと思いますよ」

「そういうものですか」

「そういうものです」


 そういうものなら仕方ない。大変でした。

 納得(?)しながらコーヒーを啜ると、先生も同じようにカップに口をつけながら手元の資料に目を落とした。


「柊崎くんも凄いですね。参考資料があったとはいえ、ここまでの論文を一日のうちに作り上げてしまうなんて。多少の粗はありますが、高校生の時分としては十分すぎる出来ですよ」


 落先生はそう言うと、感心したように何度もページを捲った。

 文系教師にそうまで言わせるとは……本当に凄まじく能力の高いバカである。


「これ、前に言っていた知り合いの学生に送っても大丈夫ですか?」

「あ、はい。一応、サラ……榎園さんの家や柊崎の家、それから色んな所に許可取ってるらしいので問題ないと思います」

「それは素晴らしい。まあ一応こちらからも方々ほうぼうに確認しておきましょう」


 落先生はにっこりと笑って立ち上がり、紙束をスキャンするためにプリンターの方へ歩いていった。

 先生が動いたことでコーヒーの匂いを乗せた緩やかな風が鼻腔をくすぐる。と、同時に彼の話で一つ思い出したことがあった。


「そういえば……先生が言ってた鳥居の件については記載がなかったそうです。柊崎や榎園さんの家族も知らないみたいでした」

「そうでしたか。まあ、歴史上記録が失われるというのは珍しくないですから。戦後間もない時期の建築のようですし、もしかすると色々慌ただしい時期の中でそういった書類は紛失されたのかもしれませんね」


 落先生の推測に納得しつつ、僕は先日の土地神様の反応を頭に思い浮かべた。

 実はあの日、フキの撮影会が終わった後に鳥居の件を思い出した僕は彼女に訊ねたのだが……答えはよく分からなかった。


『奉納した人は知っとるんじゃけど……その人から秘密にするようにお願いされとって、言えんのんよね。ごめんね』


 そう言ってキリさんは懐かしむような眼を浮かべていた。

 まさか奉納者を知っているどころか神様の知り合いだったということに驚いたけど……本人の要望ということなら、それ以上踏み込むことはできなかった。

 今思うと、文字が掠れて読めなくなっているのも意図的なものなのかもしれないな。


 しかし、『神様が奉納した人と知り合いでした』なんて言ってもそうそう信じてもらえないのは今回の騒動で理解したつもりだ。

 というわけで落先生にはそのことを報告することなく、コーヒーを飲み干してから図書事務室を後にした。




         〇〇〇




「これ、教卓に置きっぱなしだったよ」

「あ、日誌! ありがとな、アイビキ!」


 早朝の落先生への報告から時間は経ち、四つの授業を乗り越えて迎えた昼休憩。

 教卓の上に忘れられた日誌を発見したので、数人のグループで昼食を貪っているクラスメイトへと渡しに行くと、快活な礼を言われた。


「どういたしまして。あと僕の名前、相引ソウビキね」

「あ、そうだったな! 悪い悪い!」


 日誌を渡しながら訂正して、手を振り合う。……なんか前も同じことがあったような気がするな。

 相変わらず呼び間違えられやすい自分の苗字にため息を吐きながら席に座ると、友人たちは以前と同じようにそれを話題にし始めた。


「お前、もういっそのことアイビキってのを渾名として名乗ればいいんじゃねえの?」

「そうね。いちいち訂正するのも面倒だろうし……それにロマンチックでいいじゃない」


 正面に座るフキとイザが雑な提案を口にする。

 コイツら、他人事だと思って適当なことを言いやがって。


「面倒なのはその通りなんだけどさ……認めるのはなんとなく嫌なんだよ。分かる? この気持ち」

「アンタ、割と面倒臭いとこあるわよね」


 同意を求めるように言ったつもりが、ナイフのような鋭い言葉で打ち返された。

 いや、否定はしないけど……お前も大概面倒なとこあるし、お互い様だからな?

 そんな目線を送ってやると、


「でもサ、イザも結構メンドーなトコあるよネ」


 背後から僕の考えを代弁するような声が聞こえた。

 それから赤い髪が視界にまとわりつき、さらには頭の上から押さえつけられるような重量感が襲う。おそらくサラが僕の頭に伸し掛かるようにして顎を乗せているのだろう。


「誰が面倒な女だ」

「「「お前だろ」」」

「なるほど。議論の余地がありそうね」


 満場一致してるんだから余地もクソもねえだろ。そういうところだぞ。


「それで、サラ。何か用事?」

「エト、ワタシじゃなくて……」

「ボクだ、先輩方」

「え?」


 予想外の声が聞こえたので振り向くと、そこには銀髪の黒々ファッショナブルな後輩、リンギクさんが立っていた。

 今日も今日とて堂々たる立ち姿だ。片手で顔を覆うような謎のポーズを決めているのは気になるけど……ともかく元気そうで何よりである。


「リンギクさん。どうしたの?」

「いや何……先輩方へきちんと礼を伝えられてなかったのでな。……先日は助かりました。本当にありがとうございました!」


 リンギクさんは口調を丁寧なものに変え、きっちりと腰を折って僕らへと頭を下げてきた。

 礼を言うためにわざわざ上級生の教室に足を運んでくるなんて、本当に真面目な子だなぁ。


「もう、別にそこまで畏まらなくてもいいってば」

「そうそう。お礼ならRAINで散々言われたしさ」

「お顔をお上ゲになられテくださいナー」

「ああ……先輩方と出会えて本当によかった」

「大袈裟ねえ」

「そんなことはないぞ、イザクラ先輩。貴女に逢えたことは勿論、ソウビキ先輩がいなければ土地神様にも出会えなかった。それにフキザキ先輩のおかげで姉さんもまた絵を描くようになった……本当に感謝してもしきれない程だ」

「アレ? ワタシは?」

「勿論、エゾノ先輩とも出逢えて良かったさ。こんなに楽しい友人ができたのだから」


 会話の後、『イエーイ』とハイタッチする二人はさておき、リンギクさんにそこまで言われるほどのことは……まあ、してるか。

 実際、彼女達にとっては本当に一大事だったわけだしな。特に色々思い悩んでいた彼女からすれば、その悩みを一挙に解決する糸口となったのは紛れもなく僕らなわけである。言ってしまえば救世主のようなものにも見えるかもしれない。


「しかし参ったことにボクはこの恩をどう返せばいいか分からないのだが……」

「そんなの気にしなくていいって。今度僕らが困ったときに助けてくれればいいよ」

「……分かった! その時は全力でお相手しよう!」


 謝礼について話す後輩にたしなめるように軽い提案で納得させた。

 こちらとしては土地神様に本の続きを渡してあげられれば気分が良い、くらいの動機で始めた軽い捜索の末に起きた偶然の産物だ。そこまで感謝される謂れはないからね。


「ま、張り切るのはいいけどほどほどにな。……ところでニシユキさんの方はどうなんだ?」

「ああ、フキザキ先輩にご協力頂いた写真のおかげで絶好調だとも!」

「ワタシのトコにすっごい送られて来てんゼ。ホレ」


 フキの疑問に答えるようにサラがスマホを差し出してきた。

 画面にはいくつか画像が並んでいる。


「これは……新しく同人誌を作ってるところかな」

「そういえば製作中の画面を写真に収めていたな。エゾノ先輩に送るためだったのか」

「ワタシとユーカ、キリチャンに向けてだナ。毎回Tension UpでSparkingですわヨ」


 そうか。キリさんはスマホを持っていないからサラに送ってるのか。

 ていうか見せる度に発光してるとなると榎園家の視力低下が心配になるな……。


「兎も角、姉さんの創作意欲モチベーションは崩れ落ちぬバベルの如くうなぎ上りだ。それにノロイさんとも上手くやっているようだし、何も心配はいらないぞ!」


 そうそう、ノロイさんは引き続きニシユキさんの方で預かることになったらしい。

 匂いを嗅ぎまわることができなくなった以上、今ではただ勝手に動いて喋るだけでほとんど無害な折り鶴。お互いに面識はなかったけれど、憑りつかれていたよしみで預かることになったとか。


「あの折り鶴が一番心配な存在だけどね……」

「存外仲良くしているらしいぞ? 漫画の展開についても話し合っているそうだ」

「ええ……何なのあの変態」

「ああ、そうだ。姉さんの所に製本し直した現物が届いたらしくてな。今度届けるそうだぞ」


 リンギクさんは思い出したように手を打つと、スマホの画面を見せてきた。

 そこにはいつか見た例の同人誌のような身綺麗な男性の並ぶイラストが表示されている。

 キリさんへの今回のお礼も兼ねて、ニシユキさんが残っていたデータからもう一度印刷所に依頼して本を作ったらしい。


「分かった! Deliveryホーホーはナンデッシャロ?」

「訊いていないが……郵送じゃないか? 後で訊いておこうか」

「イヤ、ダイジョブだヨ」

「……あ、そうだ。本といえばあっちの……リンギクさんが持ってた呪いの本の方は今どうしてるの? キリさんからは呪いの方法が載ってるだけでただの本になったから危険性は無いって聞いてるけど」

「ああ、今もボクの部屋の本棚にあるぞ。アレ以来もう開いていないがな」


 聞けばリンギクさんとしては思い出深い品とのことで、そのまま自分で管理を続けるとのことらしい。

 処分すればいいものを……とも思ったけど、書いてある呪いの効果は本物だから下手に漏洩するよりかは安全なのかもしれない。


「またうっかり呪ったりしないでよ? アタシ身体弱いんだから即死する自信あるからさ。あ、フキコイツならいいけどね」

「おう。美人から貰えるものは何でも大歓迎だ」

「前もそうだったが、この人はいつもこうなのか?」


 リンギクさんの問いに僕とサラが首を縦に振ると、「……それは愉快だな!」と笑い飛ばした。なんてポジティブシンキングだ。


「キモイと思ったらはっきり言っていいわよ。コイツ喜ぶから」

「おテメしにイッパツ言っとく?」

「え? い、いやそれは流石に……」

「年下からされる罵倒か。悪くないな」

「えええ……!?」


 三人が悪ノリしてリンギクさんに迫る。

 意味不明な後輩イビリにリンギクさんは困惑してるようだが、同時に笑みが零れている。どうやら嫌がっているわけではなさそうだ。



 ―――色々あったけど、何だかあんまり変わらないな。



 友人達のやり取りを見ながら、頬杖をついてなんとなくホッとした気持ちになった。

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