6話 土地神様と出かけよう その六



 本屋で各々が欲しかったものを買い終え、ショッピングモールから出発。

 どうやら駅でトラブルがあったらしく、少し遅れた電車を乗り継いで地元へと帰ってくると町は夕景に染まっていた。

 そして今、三人仲良く影を伸ばしながら帰路を歩いているところである。



「エッ、キリチャンってMovie...映画見たコトないノ?」

「あ、うん。キネマの存在は知っとるけどね」

「ンジャ、また今度行ってみよーネ。……セッチャン遅ーい!」

「僕が遅いんじゃなくて世界が早すぎるのさ」



 他愛もない世間話で盛り上がっている二人を見据えて後方からクールに返答した。

 息を吐きながら歩を進めるが、如何せん僕だけ足取りが重い。

 ていうか狸が重い。邪魔すぎる。


「あ、あの……そっちの方、持とうか?」

「いえ、それには及びません……」


 汗をかきながら強がりを……いや、当然の台詞を吐いた。

 既に三人で分担して荷物を持っているとはいえ、その中でも重いものを女性に持たせるのは僕の、男の沽券に関わる。できる限りは持たせて頂こう。


「元々はワタシがHitしたモンだし、ワタシが持つヨ?」

「いやホントに大丈夫。ていうか、なんならお前の荷物を追加で持ってもいいくらいだからな?」

「へ、変に強がらんでもいいんじゃないの……?」


 キリさんったら何を仰るのでしょうね。別に強がってなどいないさ。

 いやたしかに重いけど、僕がサラに言ったのは別に虚勢からじゃない。


「お前、疲れてるだろ」

「……エッ」

「テンション上げすぎたのか知らないけど、足取りがいつもと違うんだよアホ。配分考えて動きなよ」

「……バレてた?」


 サラは隠し事がバレた子どものように「たはは」と軽く笑った。

 丸1年も顔を突き合わせてきた仲だ。気がつくっての。

 

「ぜ、全然気付かんかった……。さ、サラさんは大丈夫なん?」


 ……まあ土地神様は気が付いていらっしゃらなかったみたいだけど。

 神をも騙してしまうとは……流石はサラ、魔性の女である。


「問題ナイナイ! ンモー、バレない自信あったんダケドナー」

「自信を打ち砕いたのは悪かったよ。ほれ荷物貸せ」

「いやセキさんは無理じゃろ。両手どころか前も背中も塞がっとるし」


 キリさんの言う通り、今僕は両手に袋を持っているし、ショルダーバッグを前にかけて背中には狸が鎮座している。

 だが……物を持てないわけじゃない。


「いやいやもっとよく見てください。頭の上がまだあります。さあその袋を僕の頭の上に」

「そっちの袋、私が持つね」

「ウン。アリガトねキリチャン」


 僕の言葉は華麗にスルーされ、紅白二人で解決していた。

 紳士的対応のつもりだったんだけど……何故だ。


 そんなアホなやり取りはともかく、話していて多少は休憩にはなっただろう。

 再度歩き始めて世間話に戻った。


「あ、そーいえば……今朝の話なんだケド、ワタシ達と会う前に神社から出た時のコト訊いてもイイ? たしか前に見た目がスゲーオトモダチに連れ出してもらったって言ってたよネ?」

「え? うん。……でも別に面白い話でもないよ?」


 土地神様の過去ってだけでだいぶ面白いと思いますけどね。

 ていうかキリさん、僕らの他に友達がいたのか。しかも神社を出た経緯がその人というのも初耳だ。

 まあこの二人(正確には一人と一神)は一緒に過ごす時間が多いし、どこかでそういう話をしたんだろうけど、なんかちょっとだけ疎外感を感じるようなそうでもないような。


「いつだったかは覚えてないんじゃけど……『お役目ばっかじゃつまらんだろ』って言って連れ出してくれてね。街を見て回ったり、色々教えてもらったりしたんよ」


 楽しかったなぁ、と呟くキリさんは在りし日を思ってか目を細めている。

 ……とてもいい思い出なんだな。


「その人、今は……?」

「それが分からんのんよ。……まあ、色々忙しい身じゃったみたいでね。『もう会えないかもしれない』って言われて、それっきりよ」

「ソレキリって……すっと会ってないノ?」

「うん。……もしかしたら、あの人に貰った贈り物を私が壊してしもうたけん、それで怒ったんかもね。でも、どこかで元気にしとるといいなぁ」


 そう言うとキリさんは少し寂しそうな笑顔を浮かべた。

 怒らせてから顔を合わせることなく、それっきりか。

 そんな喧嘩別れのような形で離ればなれになったのなら、それは複雑な気持ちだろうし、そんな表情にもなるよな。


 ……せっかく楽しいデート(?)だったというのに、なんだか少し暗い雰囲気になってしまったな。


「……あ、セキさんサラさん。あれ」

「ん? なんですか?」

「でっかい犬の糞が落ちとる」

「Oh, So Big Poop.」


 いや、そんな雰囲気は気のせいだった。

 暗くなってるやつは道端のデカい犬の糞なんて気にしないだろう。

 ……うわ、マジでデカい。誰だよ片付け忘れたの。



「あら? 三人とも、おかえりなさい」



 一瞬で空気を瓦解させて変な感じになったところで、前方からアザミさんの声が聞こえた。

 いつの間にかサラの家の前まで到着していたらしい。


「おっと、アザミさん。今朝ぶりで……―――」


 アザミさんへの返事の途中で僕は固まってしまった。

 その理由はただ一つ。

 目の前のサイクリングウェアを着た老婆がびしょ濡れだったからである。


「だ、大丈夫ですか? アザミさん」

「あはは、大丈夫大丈夫」


 ハンドタオルで顔を拭いながら快活に笑う妖怪濡れ女。ではなく濡れた老婆……もといアザミさん。

 よく見ると周りに大きな水たまりができている。

 今日は一日快晴だったはずだけど……局所的な雨でも降ったのだろうか。


「アレ? 今日Rainyだタケ?」

「ああいや、これ汗。あらやだ水たまりになってるわぁ」

「エッ、キタナッ」

「サラちゃんったらお父さんに似てきたわねぇ」


 なんだ汗か。……いや全部汗!?

 いくらアザミさんの代謝が良くても水たまりができるレベルって相当だぞ。


「やっぱりこの婆さん妖怪なのでは……?」

「セキさん。本音出とる」


 おっと危ない危ない。

 もう少しで世話になっている人に不敬を働くところだった。


「せっちゃん、お茶でも飲んでくかい? 上がっていくといいわ」

「そんな、お構いなく……っていうか水分取るべきなのはアザミさんでは?」

「あたしはさっき飲んだから大丈夫よぉ。ああ、神様にはご飯の後で御神酒を用意してるからねぇ」

「え!? ほんまに!? 行こう行こう!!」

「オッシャー! GOGO!」


 そうしてキリさんとサラに腕を掴まれた僕は引き摺られるように榎園家へと連れ込まれたのだった。




 というわけで、半ば強制的に榎園家へお邪魔することとなったわけだが――




 ――数分後。

 僕とサラはリビングでだらけていた。


「あー……腕が痛い……」

「Massageシヨっかー……?」

「うん、頼んだ……いやサラ、こそばゆい。これマッサージじゃないよね」

「Oh...ケッコー筋肉質ゥ……」


「キリさんはともかく、人の家なのにセキさんめちゃくちゃ寛いどるね……」


 二人で床に寝転んで軽くじゃれ合っていると座ってお茶を飲んでいるキリさんに呆れられた。

 いや、僕だって普段は人ん家でこんな風に身体を投げ出して寛いだりはしませんよ? 今回は流石に身体がキツかっただけだ。主に狸のせいで。

 ちなみにあの信楽焼は榎園家の玄関で鎮座して頂いている。


「キリチャンもセッチャンがいるからって緊張しなくてイーノヨ? 寝ころびたまヘー……」

「い、いやー流石にちょっと……」


 どうやら土地神様はリラックスできていないようだ。さっきからせわしなく視線を動かしている。まあ女性だけならまだしも、僕という異物がいる前でここまでだらけるのは流石に抵抗があるのかもしれない。

 ただ、僕もそれなりに彼女とは打ち解けたつもりである。緊張するとしてもサラの言う通り、もう少し肩の力を抜いてほしいものだ。


「……あっ」


 背筋を伸ばして座るキリさんの様子を伺いながらサラの足をマッサージしていると、縦横無尽に動き回っていたキリさんの視線が本棚の方に向けて止まった。


「なんか気になる物でもありました?」

「あ、えっと……」


 本棚を見ると、ファッション誌や文庫本、学術本等が羅列していた。

 その中に数冊、毛色の違う物が置いてある。

 これは……前に僕がサラに貸した漫画か。


「サラ、これもう読んだ?」

「ア、ウン。返すノ忘れてたネ。ゴメンヨセッチャン」

「あー大丈夫大丈夫。……で、キリさん。コレ読みます?」

「え、いいん? あ、ありがとう……!」


 キリさんに渡すと目を輝かせて嬉しそうに読み始めた。

 神様っぽくないというか子供っぽいなこの神様……。


「楽しそうねえ。はい、お茶請けにどうぞ」

「あ、すいません」

「いいのいいの。ゆっくりしていってねぇ」


 そうこうしているうちにアザミさんがお茶菓子……カステラを持ってきてくれた。

 しまった。招かれたとはいえせめてキッチンで手伝うくらいはすべきだったな。申し訳ない……。

 まあ反省はさておき、せっかく出して頂いた品だ。ありがたく頂こう。

 そう思って手を合わせてフォークを手にしたところで、


「サラさん、この漫画なんか挟まっとるよ? F90……とか書かれとるけど」

「あ、ゴメンそれブラのタグ。栞にしたまま忘れてたー」


 とんでもねえ情報が聞こえて咳き込みそうになった。

 何つーモン栞にしてんのこの子。


 …………Fかぁ……。




         〇〇〇




「セッチャン、アリガトネ」


 帰り際、玄関でサラに呼び止められたと思ったら急に礼を言われた。


「ん、何が?」

「今日一日のコト、それにさっきのキリチャンのコトとか、イロイロ」


 なんだ、そんなことか。



「気にしなくていいよ。楽しめただろうしね」



 カラッと笑いながら、あえて含みを持たせた言い方で答えた。


「Ah...バレてた?」

「そりゃもうバッチリと」


 コイツが僕を今日呼んだ理由はなんとなく察しがついていた。

 僕とキリさん、両方に純粋に楽しんで欲しかったのは事実だと思うが……元々はキリさんだけを誘うつもりだったのだろう。

 しかし、明るい表情の裏で色々考え込むコイツのことだ。急拵えで出かける予定を作ったはいいけれど、結局自分一人だと楽しんで貰えるか不安で僕に声を掛けたってところだろう。

 終始テンションが高かったのもそんな不安を隠すためだったのかもしれない。


「ゴメンネ、利用したみたいで」

「気にしなくていいって。今日はホントに楽しかったしね。デートって言って騙したのはちょっとショックだったけど……こちらこそ誘ってくれてありがとう」


 実際、今日は楽しかったということに偽りは無い。

 たしかに疲れはしたし、変なこともあった気がする。

 だけどキリさんのことを知れたのも、ひたすら遊んだのも……本当に面白かった。



「……ソッカ。なら、誘って良かった」



 サラは安心したように笑みを浮かべ、僕も釣られて少し笑った。


 それからあらためて玄関の扉に手を掛けたところで、あることを思い出した。


「……そうだ。これ」


 ショルダーバッグから包みを二つ取り出して、サラの手に載せた。

 急に渡されたサラはキョトンとしている。


「コレは?」

「今日は楽しかったから、そのお礼だと思って貰っといて。あ、そっちの青い方がキリさんの分ね」


 この包みは二人がコスメショップにいた時、偶然目に入った雑貨屋で買った物だ。

 中身は大したものでもないけど、まあ軽い思い出の品程度に思って頂きたい。


「まあ気に入らなかったら捨てて貰ってもいいんだけど……ってサラ? 無反応が一番怖いんだけど」

「…………ァ、エト、嬉しくて。アリガト」


 サラにしては反応が薄いな。

 ……あ、そうか。流石に疲れてるよな。

 あまり付き合わせても申し訳ないし、さっさと退散することにしよう。


「疲れてるとこごめんな? それじゃ帰るね。明日は大掃除の手伝い、よろしくね」

「……ウン。……ジャァ、ワタシからも一つだけ」


 そう言ってサラは距離を詰めてくると、僕の耳元で小さく囁くように言った。





「……今度またデートしようネ。次は二人で」





 まさに息のかかる距離でそう言われた僕はなんとか「……おう」とだけ返事をして退出した。


 ……日が落ちて冷えてきた外の気温に反して、顔がやけに熱い。


 流石は魔性の女、榎園サラ。勘違いしそうになるぜ。

 いやまあ、アイツのことだし実際はそういうノリってだけだろう。そうに違いない。


 そう断定して、僕は火照った顔を冷ましながら帰るのだった。



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