第7話 前兆
あんなことがあっても結局学校という組織はすぐに続いた。佐々木の死は俺のクラスの数人にとっては重いことだったんだろうが、さすがに組織全体にとっては流れをいちいち止めるほどのものでは無かったんだろう。
よくある話だ。男が侵入してきて生徒が死傷された。特にこのご時世だ。人が容易に人を傷つけるように変貌する。それなのに、急にそうなったから学校組織が新しくガチガチの守衛を雇うとか、そういったことができてない。間に合ってない。だから、必然的にこういうことが起こってしまうんだろう。
「皆さん合掌してください」
両手を合わせ、閉じた両目で遺族だけが乗る火葬場行のバスを見送る。
俺の生徒が死んだ。初めての経験だった。
今日から1週間休職期間だ。別に喪に服してるとかそういうわけじゃない。教頭が気を利かせて俺を休ませたんだ。
生き残った高橋は葬式に来なかった。その代わりに来た彼女の両親曰く、あの1件が相当ショックだったようで部屋から出てこないらしい。
また、外に出れるようになるには………駄目だ…どれくらいかかるか分からん。この多感な時期に壊された心は中々もとに戻らない。
犯人の名前は田辺カシスオレンジ。ふざけた名前だが、それが原因できっと色々こじらせたんだろう。奴の生い立ちと人生を聞くとまぁそれなりに不幸で劣等感を覚えてそうなものだった。
あいつはたぶん最初、正気だったんだろう。いや、我を失ってはいたかもしれないが、あいつは自分の判断で俺の生徒を殺し、襲おうとした。たとえ、いくら不幸な生い立ちであろうがそこから生まれた劣等感を関係の無い人間にぶつけていい道理があるか?高校生の心の傷は一生心に残る。あいつのしたことは人一人の人生を狂わせるのに十分なことだ。相当許されないことだろう。
だが殺されていいかは別の話だ。
「年端もいかない子供たちが命を失うことほど空しいことはない…」
隣で教頭がハンカチで顔を抑えながら言う。
「…」
人は死んでからよみがえる。生きてるときはわざわざ思い返さない。俺の中にはいままじまじとあいつの喋る顔がよみがえっている。
親に顔も見せられない死に方をなぜわざわざあいつがする必要があったのか。
両手をぐっと握りしめる。
犯人のやったことは到底許されないことだ。俺の大事な生徒を心身共に傷つけて、殺して、人生を狂わせて…。だが、だからこそ、あんな死に方は許されない。死ぬなら俺たちの手で死ななきゃならなかった。あんな得体のしれない何かに殺されて、はいおしまい、なんて良いわけが無い。
「上岡先生、私はこれから学校に行って片付けなきゃいけない業務がありますので……お辛いとは思いますが、また1週間後、残されたクラスの方々に姿を見せて安心させてやってください」
「分かりました」
教頭先生を見送ってから、タクシーを呼び、安アパートに帰った。
人は死んでからが一番迷惑をかける。精神的にも、肉体的にも。だが、その忙しいうちはまだ良い。問題は全て片付いてある程度落ち着いてからだ。家の中の静けさに気づき始めたところからだ。
…
畳の上にドカリと座り、冷蔵庫から取った缶ビールを開ける。
…
気を紛らわせるために、SNSを開く。誰だろうか、既にショットガンを持ったナニカが俺たちの学校での事件に乱入してきた噂が流れていた。やはり、あれを称えるような意見も散見される。
あのショットガンを持ったナニカが来なかったら、事態はどうなっていた?俺は今日、ここにいただろうか?結果としては奴に助けられたことになるのか?
アルミの缶を傾け、中身をいっきに口の中に流し込む。
だが、それでもやはりあいつを…あの存在を許容できるか?
多分、俺の仮説にすぎないが、あの存在がどこからともなく現れるのは、「発症」が決定的になり、周囲の者に致命的な被害が出るレベルまで段階が進んだ時だ。…なんなんだあいつの目的は?
…「発症」しても拘束して、収監して落ち着かせて…だが、そこから回復した例は聞かないが…だけど可能性はある。にも関わらず、それを全て否定するようにやつは殺す。
そうやって、俺の母親も殺した。
奴の目的は何か分からない。だが、少なくとも、俺たちを守るためではない。それは明らかだ。「発症」した奴しか殺さないんだからな。「発症」してなくても人を傷つける人間なんてごまんといる。そんな奴らはあいつに狙われることが無い。
…そもそも、発症の原因が分からないいじょう、あいつの殺す対象には俺自身は勿論、この変な奇病が流行ってる日本中の人間が含まれてるんだ。のんきにヒーローだなんて崇めてられるか…?
…
缶が軽い。もう、中身が無くなったみたいだ。まだ、1度しか傾けてないが…。量が少し減った気がする。
冷蔵庫に向かい、もう2本出してくる。
そうえば……。
あいつ、最後、俺に銃を向けていたな。あれは、ただの弾みか?余韻か?だが、それにしてはなんだかこっちに向けてる時間が長かった気がするな。
俺のこと覚えてたか?だが、だとしても俺を殺す対象かどうか迷う必要が?
分からん…。いずれにせよ、もう二度とあいつには会いたくない。いや、あんな奴が出てこない世の中に早く戻ってほしい。
再び、プルタブに親指をかけ、力を入れ始める。
その瞬間、耳に聞き馴染みある電子音が飛び込んでくる。方向は玄関のほうだ。玄関には帰ってきて投げ出した黒一色のバックがある。
そういえば、携帯が入れっぱなしだったな。
右手に握った缶をたたみの上に置き、玄関のバックから携帯電話を取り出す。
俺に電話だ。
非通知……
取り敢えず、出てみる。
「はい」
「先生?」
「え?たかやま?どうして…」
俺は、電話番号なんて教えてないはずだ。
「明日、向ヶ丘公園に来て」
「向ヶ丘公園…?いや、別に話したいことあるならいま聞くぞ、ていうか電話番号…」
「いいから明日必ず来て、12時」
「いや、待て待て、分からん、分からんよ」
「このままだと先生が死んじゃう」
え?
電話先のたかやまくんはいたって真剣な感じだ。ふざけてるような感じでは決してない。
俺は…子供のころ、人に、特に親に話を信じてもらえなかった。その絶望感は良く覚えている。
「分かった、明日の12時だな」
「はい、必ず…」
俺はたかやまくんを信じることにした。彼が本気で俺が死ぬと思ってることを。なぜそう思ってるかはしらないが、あんなことがあって不安なのかもしれない。もしそうなら姿を見せて安心させよう。
できる限りのことはしたいから。
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