異世界転生×俺×TUEEE=?

輪島ライ

第1話 異世界転生×戦神×聖鳥

 ほとんどネームバリューだけで選んだ大学の文系学部に入学してから4年間、出席やレポートは申し訳程度にこなして残りの時間は毎日バイト。稼いだ金は電気街のオタクショップで散財する日々を送っていた俺は売り手市場の就活でお祈りされるだけの結果になった。


 仕方がないので卒業を1年遅らせてみたが友達連中が働いている中で自分だけ学生をやっているのは気分がいいものではなく、2周目の就活もはかどってはいなかった。


 空き時間はバイトをしてストレス発散にオタクショップ巡りをするだけの生活に戻りかけた俺は、あと数年ぐらいはモラトリアムを満喫してもいいかなと思い始めていた。


 というのは、俺の人生がもうすぐ終わるなどとは予想できなかったからだ。



 ある日の夕方、電気街の書店でラノベや漫画の新刊を仕入れた俺は最寄り駅まで戻ろうとしていた。


 書店の入り口を出てからのことは覚えていないが、全身に強い衝撃が走った後は痛みに苦しむ間もなく意識が消え去ったような気がする。





 意識を取り戻した俺は見渡す限り真っ白な建物の床に倒れていた。


 起き上がって状況を確認すると着ている服は意識を失った時のままだが所々が破損していて、べったりと血が付着している部分もあった。


「ここは……?」


 薄暗い視野には何本もの太く長い柱に支えられた天井が映り神々しいオブジェが所々に備え付けられた広大な建物は、いかにも西洋の神殿のようだった。


「気付きましたか、若人よ」


 低い声が届くと同時に鳥が羽ばたくような音が上空から聞こえてきた。


 呼びかけに反応して振り向くと、近くにある台座の上に黒い鳥が留まっていた。


「衣服が汚れたままですね。これはあまり見栄えがいいものではない」

「鳥が喋った!?」


 黒い鳥が当たり前のように人の言葉を話し始めたので俺は仰天した。


「鳥とは失敬な。私はフギンといって戦神オーディンに仕える聖鳥ですよ」


 結局トリじゃないかと内心で突っ込んでいると室内は急に明るくなり、蛍光灯に近い色調の光で満たされた建物の中を大柄な壮年の男が歩いてきた。



「遅れてすまない。我が使い魔には驚いたことだろう」

「あなたは?」

「我は戦神オーディン。冥府を司る神の一柱で、平生は戦いの中で倒れた人間の面倒を見ている」


 灰色の長髪にマントをなびかせ、オーディンは威厳を持った口調で名乗った。


「俺は死んだんですか?」

「その通りです。あなたは地上界の時間で言えばたった30分前に暴走した車に激突され、そのまま絶命したのです」


 フギンと名乗った聖鳥が告げたことには違和感がなく、血に塗れた衣服の状態から考えてもやはり俺は交通事故で死亡したのだと理解した。


「天寿を全うして死亡した人間はここ冥府において最後の審判に臨むことになる。だが事故や犯罪、あるいは戦争によって不慮の死を遂げた人間には特殊な形での審判が必要になる」


 オーディンの説明によれば俺もこれから特殊な形で最後の審判を受けることになるらしい。


「ですが俺が死んだのは事故に巻き込まれたからであって、あなたの担当は戦死者では?」

「その通りだが実は事故死した人間を担当する神が三柱とも席を外していてな。我が臨時で対応しているという訳だ」


 日本だけでも交通事故で毎年3000人以上の死者が出ているのに担当する神は3人しかいないらしい。冥府の労働環境は割とブラックなのかも知れない。



「そろそろ本題に入りましょう。あなたの名前は名浪なろうけい。日本国在住で、絶命した時点で23歳ですね?」


 フギンの情報確認に対し、俺は頷いて肯定した。


「あなたは毎日を自堕落に生きて両親に心配をかけたまま交通事故で絶命しました。せっかく大学に行かせたのに勉強にも課外活動にも真面目に取り組まず、遊ぶ金を稼ぐためにアルバイトばかりをしていたと報告されています」


 ひどい言われようだが事実その通りなので俺は反論できなかった。


「だが少なくとも他人に迷惑をかけていた訳ではないし、就職しようと努力もしていた。恩返しをしないまま死亡して両親を悲しませた罪は大きいが、汝は最後に大きな善行を成し遂げている」

「善行って、身に覚えがないような……」


 オーディンの話がよく分からず戸惑っているとフギンが説明を加えた。


「あなたを轢き殺したのは数分前に貴金属店を襲撃した強盗犯の車でした。警察の追跡から逃れるため暴走していたその車はあなたに衝突したことで制御を失い、そのまま電柱に激突しました。冥府による運命観測によれば暴走車はそのまま走り続けていれば人混みに突っ込み、十数人が死亡する大事故になっていたのです」

「なるほど……」


 意図してやったことではないとはいえ、俺は自らの命をもって多くの人命を救ったことになっているらしい。


「現世において天寿を全うしなかった人間は最後の審判を経て天国に行くことも地獄に落ちることもできない。その代わりにある者は褒美として、ある者は罰として新たな世界へと生まれ変わるのだ」

「それって、いわゆる異世界転生ってやつですか?」

「概ねあなたが思っている通りでしょうね」


 オーディンとフギンの言うことは俺が好んで読んでいたウェブ小説の世界観をそのまま持ってきたような内容だった。


「先ほど伝えた通り汝は前世において善行を積んだ扱いになっているから、我は汝に対して転生の際に一つだけ望むものを与えることができる。ただ、どのような世界に転生するかはあらかじめ教えられないからどのような世界でも役に立つものにしておくことを勧める」

「どのような世界でも、役に立つ望み……」


 まだ状況が掴めていないが今は悩んでも仕方がない。


 異世界転生で役に立つものとして、俺はウェブ小説でよく目にしていた設定を思い浮かべた。



「分かりました。では……」


 頷いたオーディンに、俺は転生の際に望むことを伝えた。


「異世界に転生するのであれば、俺を『俺TUEEE』という状態にしてください!」

「俺ツエー、だと?」

「どんな世界でもその条件さえあれば苦労しないと思うんです。無理ですか?」


 オーディンはしばらく不思議そうな顔をしていたが、何かに納得したような表情で口を開いた。


「そうか……よし分かった、そのような条件なら造作もないことだが珍しい望みだから驚いてしまった。我は汝を侮っていたようだ」


 オーディンは腰元から剣を引き抜くと上空へ向けて掲げた。


 俺の足元に突如として緑色に輝く魔法陣が現れる。



「もう始まるんですか?」

「本職の代理とはいえオーディン様もお忙しいのです。申し訳ございません」


 身体が魔法陣に吸い込まれ始める少し前にオーディンは俺に最後の言葉を投げかけた。


「新たな世界に生まれ変わった時点で前世および冥府の記憶は一旦失われる。次に我と会うのは最後の審判の時になるだろうが、天国に行けるよう転生後は正しく天寿を全うして欲しい」

「はい、頑張ります!」


 中途半端なままで終わってしまった前世への後悔と俺TUEEEという状態が実現された来世への希望とを胸に秘め、俺は魔法陣へと吸い込まれていった。

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