第134話 現人神降臨す

 

「そ……そんなバカな……」


 アンガス女王ココノエは、アンガス山脈を斬り裂き半分の高さにしてしまった、空中に浮遊する少年を見て心底恐怖する。


 それ以前に、空中を少年が浮遊してる時点で、アンガスの兵士達は驚いていたが。

 それ以上に有り得ない、山脈を斬り裂くという光景を目の当たりにして、ココノエは、恐怖でガタガタ体の震えが止まらないのだ。


 この少年は、絶対に敵に回してはならない。

 次元が違い過ぎる。

 もう、人の領域の戦いではない。

 言うならば、神?

 そう。神に、人が抗える筈無いのである。


 もう、ここまで来てしまったら、どうやって許しを乞うかしか考えられない。

 相手は神なのだ。自分達が信じるアンガス神ではないのだが、アンガス神にどれだけ祈りを捧げても、多分、今の絶体絶命のピンチを救ってはくれない事は分かってしまう。


 実際、どれだけアンガス神に祈りを捧げても、救われた事など一度もないのだ。

 どんなに祈っても、理不尽に、世界中で毎日差別は行われ続けている。


 なので、ココノエ達は、自分達が神の代行者となり、差別を無くす戦いをしていたのである。


 そう。所詮しょせん、ココノエ達は、神の代行者。本物の神に勝てないのである。


 その少年は、ふらっとイグノーブル城塞都市の城壁から、悠然と空中を歩き、ココノエ達、アンガス神聖国の兵士達が居る場所まで移動して来ると、高い所からココノエ達を一瞥し、どう考えても神器である、神々しくも禍々しい光を放つ刀を、フッと一振したのだ。


 ただ、それだけで、何百キロも続く険しいアンガス山脈が、中腹辺りからスパンと輪切りになってしまったのである。


 兵士達は、その奇跡を目の当たりにして、尻込みし、恐怖で失禁する者、脱糞する者、何とか立ち上がって逃げまどう者、中には、手を合わせて拝む者、懺悔する者、許しを乞う者も様々。もう、誰1人として、自分達が戦争をしてる事など忘れてしまっている。


 そして、その、少年の姿をした神は、上空の高い所から、ココノエを名指したのだ。


「アンガス神聖国女王ココノエよ! 前に出て来い!」と、


 ココノエは、震えて前に出ない足を、必死に叩き、何とか立ち上がり、兵士たちを掻き分け前に出る。


 どうにかして、神に許しを乞わなければ。

 せめて、自分の命を差し出して、兵士だけでも何とか許して貰わなければ……。


 正直、何で、神と敵対する羽目になってるのか分からない。だが、神が怒ってるのは確実なのだ。


 現に、神は、ココノエ達に見せつけるように山脈を半分に割って見せた。

 そして、イグノーブル城塞都市の城壁の上から現れたという事は、カララム王国に、神が味方してるのは明らかな事なのだ。


 ココノエが、兵士も誰も居ない場所まで歩いて行くと、空中に浮いていた少年の形をした神が、地上に降り立つ。まさにその姿は天孫降臨。そして、


「お前の命を引き換えに、カララム王国に攻めて来た事を許してやる」


 まさかの言葉。

 全知全能の神なのに、なんと慈悲深い。

 罪人の願いを汲み取り、そして、その願いを叶えてくれるとは……


 神は、ココノエが、まさに心の中で思ってた通りに、事を収めてくれようとしてくれているのだ。

 自分の命だけで、事が収まるのならば、こんな安いものはない。


「ありがとうございます!」


 アンガス女王ココノエは、感涙しながら、感謝の言葉を述べる。

 なんと慈悲深い神なのか。それに比べて、私が今まで信じて来た神は今まで何をしてくれた?何もしてくれなかったではないか!


 死を決意した瞬間。一気に今まで信じて来た神に失望の気持ちが沸き起こってきてしまう。自分は、信じるべき神を間違えたのではないかと。


 そして、アンガス女王ココノエは、少年の姿をした神に一礼し、両手を拡げ身を委ねる。

 どうぞ。いつでも、お斬りになって下さいと。


 しかし、


「待って下さい! ココノエ様じゃなくて、私を代わりに斬って下さいませ!」


 ココノエが、昔救った少女。そして、アンガス山脈にトンネルを貫通させた張本人である黒目黒髪の可憐な少女ハツカが、ココノエの前に出て、神である少年の前に、仁王立ちしたのだ。


「ハツカ! なりません! これは私の罪なのです!」


「絶対に、私はどきません! ココノエ様は、私の命の恩人です!

 ココノエ様は、記憶を亡くしてしまった私に優しくしてくれました!

 この命は、ココノエ様の為に使いたいんです!」


 ココノエは焦る。折角、神が慈悲をお与えになってくれたというのに、このハツカの行動は、神を怒らせてしまうのではないかと。


「ハツカ! それでは、示しがつきません!

 アンガス神聖国女王、そしてアンガス教の教皇である私が命を差し出さなければ、事は収まらないのです!」


「だとしても、絶対に、私はどきません!

 この人が、例え神であったとしても、私はココノエ様を、この命に替えて守ってみせるんです!」


 黒目黒髪の少女ハツカの決意は固い。

 しかし、なんとしてもハツカの愚行を止めなければ、


「神よ! どうかこの娘を許して下さいませ! 全くもって悪気はないのです! ただ、私を助けたいばかりに、バカな事を言ってるだけなんです!」


 ココノエは、必死に神に許しを乞う。


「神様! ココノエ様じゃなくて、私を殺して下さい!」


 ハツカも決して引かない。

 相手は、神だというのに。

 神と喧嘩してでも、ココノエを、どうにか助けようとするのだ。


 しかし、そんなハツカを見て、神が泣いている。


 そして、何かを、ハツカに言おうとしている。


「な……な……お前を、殺せる訳、ないじゃないか……」


 神は、泣き崩れて、ハツカを抱き締める。


 な……なんと慈悲深い。きっと、自分の命も顧みず、主を守ろうとしたハツカに、神は心を打たれ、感動したのだ。


 アンガス神聖国女王は、神と、タダの人間であるハツカが抱き合う姿を見て、思わず感涙してしまう。


 この姿こそが、彼女が求める真の神の姿なのだ。

 どれだけ祈っても、何もしてくれない神など、全くもって信じる価値などないのだ。


 そんな無価値な神より、人に寄り添い、人の気持ちに共感してくれる。目の前に居る慈悲深い神こそが、自分が真に信じるべき神なのだと、アンガス神聖国 女王ココノエは、深く深く思ったのだ。

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