第7話

 入学式が終わってしばらくが経過。在校生の中でも生徒会やその他部活動から駆り出されたメンバーによる入学式セットの撤収作業が行われていた。白と赤の幕を取り込んだりパイプ椅子を壇上下の収納スペースに運んでいる中、講堂用のアナウンス室で一人、優がビデオカメラを持っていた。薄暗い空間でディスプレイに映る静を眺めている優の顔は、面倒くさそうにしかめられている。


「はぁ、模擬試験結果を見た時から予感はしてたけど、こりゃ前途多難だな」


 受験1か月前に閣議決定された国公立高校入学試験の全マークシート化に伴って優が不猿に渡した、仮想過去問の模擬試験。それを解かせた時のことを思い出していた。筆記問題の多くは全くと言っていいほどのダメな結果だったのにも関わらず、その模擬試験では、満点を叩き出してしまったのだ。試験に集中させようと、部屋に不猿を一人にしての試験だったので、最初はちゃんと教えた内容が身につけられていると思わされていた優だったが、不猿の机にある鉛筆サイコロを見て全てを察した。


 不猿は、運だけで満点を取ってしまったのである。


 そこまでは良かった。だが優は1つの懸念を抱いていた。それは入学した後の、水原静について。不猿の願いを聞いて以降、彼女についての調査をしてプロファイリングしたところ、一番に異様な執着を持つ完璧主義の持ち主だったのだ。というのも、母親の厳しい躾が彼女の努力を後押しし、学力テストや習い事等で一番を取ることで母の期待に応えて、そのようなパーソナリティが身に付いたのだとか。彼女ならば、いくら満点回答はほぼ不可能と言われる災天高校の受験であっても、満点とはいかなくとも好成績を収めて一番を勝ち取るだろうと、そう思っていた。


 そんな完璧主義が、運だけで一番を勝ち取った、否、かすめ取った不猿を好きになるとは、とても思えなかったし、事実、嫌われているのは傍から見ても明らかだった。


「会長の弟さん、末恐ろしいですね」


 優が振り向くと、防音の重い扉を開けて、一人の男子生徒が入ってきた。仇花実あだばなみのる。青黒い短髪に吊り上がった目は、薄暗い中ディスプレイに照らされている優の顔を捉えていた。優に語り掛けたその声音は、ただ満点回答を叩き出した人を賞賛するという意味以外の意味も込められていた。


「なぁに、だけ私よりましだよ、筆記問題が解けないからって全問マークシートになったり、それを鉛筆サイコロの運だけで満点取ったりっつーのはよ」


 無表情で、少しだけ悲し気に優は返事をした。実は優のそのシリアスを見て破顔する。


「まぁ確かに、会長が占い師に願ったせいでという状態が出来上がってしまったわけですけど、僕が言っているのは、あの挨拶ですよ......」言いながら、だんだんと肩を上下に揺らして腰を曲げ、笑いをこらえながら言葉を吐き出す「だって、ぷぷぷ、鉛筆て、確かにそれで受かったんでしょうけど、馬鹿正直にもほどがあり――――」


 占い師。その言葉に優は反応しない。自身の罪をあげつらわれていたが、それも反応しない。しかし後半の言葉を聞いて、手袋を付けた右手の鉄拳食らわせた。実は地に頭を打ち付けられ、土下座の姿勢のように膝を突いてうずくまった。


「言ってやるな、それにあれはあいつが自分で導き出した挨拶なんだぜ? それを笑うやつは誰であれ許さん」


「じょ、冗談ですよ冗談」


 赤くなったおでこをさすり立ち上がると、実は気を取り直して言った。


「まぁ無事受かってよかったじゃないですか、それで、次はとうとう静ちゃんにアプローチするんでしょ?」


「それが問題なんだよ」優は静がしかめっ面をしている画面を実に向けて「これ、脈あると思うか?」と聞いた。


 眩しいので一秒ほど目が慣れてから、実はその画面を食い入るように見た。


「え......うっわぁ、これ不猿君見てるんですよね、一族皆殺しにした人を見るみたいな目してますよ?」


「そうだ、ここから不猿を好きになってもらうために、実にも頑張ってもらうぞ」


 実は手を後頭部に持っていくと、だ~っと、だるそうに天を仰いだ。


「なかなか骨が折れますねぇ」


「ああ、でも早めに手を打たないとな、こうしている間にも静に不猿を好きになってもらうために、だろうぜ。取り返しがつかなくなる前に、私たちであいつの恋を成就させるんだ」


 その真剣な口調には、世界の命運を鑑みての気持ちであることはもちろんのこと、かつて自分の願いによって引き起こした悲劇を憂う気持ちも込められていた。そんなシリアスを茶化すように、実はあははと笑って見せた。


「本当会長はブラコンなんですから」


 ゴツン。と、再び優は実の頭に鉄拳を食らわせた。その音は、スタートを切るにしては鈍すぎるゴングだった。

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