第08話 やると思っていました

「だ、だったらこうすればいいだけだっ!」


 証拠がなければ言い逃れできると思ったのか、ダズは誓約書の紙をビリビリと引き裂いてしまいました。


「そんなことをされても無駄ですよ、ただの写しですから。本物はちゃんと別の場所で大切に保管してあります」


「なっ⁉」


 しかし父の方が上手で、こうなることはとっくにお見通しでした。

 婚約破棄をされるより前からあらかじめ写しは用意していたそうで、こうしてそれが役に立ったという訳なのです。


「さて今のレイドリー男爵の行動で誠実さは欠片もないことが証明されましたので、こちらも手心を加えることはありません。きっちりと満額返還いただくまで一切容赦しないことを先に通告しておきます。まずはさっそく今月から娘への慰謝料と貸し与えた分の支援金の返還をお願いします」


「おい待て同時にだと⁉ 俺の家を潰す気か⁉」


 ダズは表情に驚愕の色を浮かべ、にらみつけるように父の顔を見ました。


「はておかしなことを。わたしが潰すもなにも、最初からレイドリー家は没落の最中にあったではございませんか。だというのに貴方にはこちらの援助を振り切ってまで添い遂げたいと思う女性が別にいらしたのでしょう? ならば男としてその意地は貫きませんとな」


 毅然と答える父の態度こそ厳格ですがその語調は若干、いえとても弾んでおられます。

 どうやらここぞとばかりに鬱憤を晴らしているようですね。


「た、たかが平民風情が舐めやがって……っ! ああいいさ、きっちり金を返せばいいのだろう⁉ 貴族のプライドにかけて払ってやるとも、そしてレイドリー家を侮辱したことを絶対に後悔させてやるからな!」


 そう捨て台詞とも取れる発言を残されてから、ダズは応接室を出ていきました。


「侮辱ときたか。侮辱されたのはメリエッダ本人と大事な一人娘をコケにされたわたしたち親子の方だと言うのにな」 


 ダズを見送った父は呆れたように一つため息をつきました。


「……まあいい、向こうがあの調子ならばこちらとしても罪悪感を抱くことはない。あの男の言う通り、せいぜい後悔させてもらうとしよう」


 いえ本当にできると思ってはいませんね、この口ぶりでは。

 私の方はというと……ノーコメントで。

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