Chapter3-2

 パチリと目が開いた時。

 自分が居た場所は、やはり何処の誰かも知らない部屋のベットの上だった。

 自分のした行動を薄らと覚えているレティシアは、最初に起きた時より冷静だった。

 のそりと上半身を起こせば、部屋にある窓のカーテンの隙間から明るい光が差し込んでいるのが見える、今の時間は分からないが昼間なのかもしれない。


 (あれから、どれくらい時間が経ったんだろう……兄様はどうなった? リザレスは? お父様達は?)


 考え出すと、恐ろしい真っ暗な何かが自分の心を覆い尽くそうとしてくる。


(怖い……怖い、怖い、怖い! 私これからどうすればいいの?)


 身体を縮こませながら、布団の上で自分の膝を両手でギュッと強く抱え込んでいた時に、ガチャッと扉が開いて入ってきたのは1人の老人だった。


「気分はどうだい?」


 眼鏡をかけた短い白髪の、髭を伸ばした老人が優しく話しかけるが、レティシアは何も喋らずにただただ老人の顔を見る。

 

「…………」

「わしは、ドルダというんだが。お嬢さんの名前を聞いてもいいかな?」


 何も答えないレティシアに気分を害す様子を見せず、にこにこと聞くドルダは、決して急かそうとはしなかった。

 何かに巻き込まれたかもしれない少女が、話し出すのを待つつもりだったが、それから数秒もしないうちに返答は返ってくる。

 

「……レティシアです」


          *


 朗らかな雰囲気がそっくりだった。顔は全然違うのにまとう雰囲気がモーン先生に似通っていた。

 だからなのかもしれない、自然とレティシアは目の前のドルダという人物に名前を告げていた。

 何を話せばいいのか、何から話せばいいのかレティシアは分からなくて再び口をつぐむ、静かな部屋でドクドクと鳴る音は多分自分自身の心臓の音だ。

 話さなきゃ、何か話さなくてはと焦れば焦る程、より鮮明に鼓動の音が身体の中で主張する。

 そんなレティシアに対して、ドルダが次に言った言葉がこれだった。


「お腹が空いてないかね?」

「え?」


 思わず拍子抜けしたような声を出してしまったのは、そんな事を言われるとは想像していなかったからで、戸惑うレティシアを他所に「スープは食べれるか」と聞かれれば、口は勝手に「はい」と動いていた。


 それから直ぐに、木で出来た器の中に入れたスープを手渡されたレティシアだが、スプーンでグルグルと中身をかき混ぜるだけで中々口に運ぶことができなかった、お腹が空いていない訳では無い。


「話さなくても、いいんじゃよ」

「…………」


 スープを渡してから、近くの椅子に座って少女の様子を見ていたドルダは伝える。ピタッとレティシアの動かしていた手が止まった。

 

「けれど食べれそうなら食べた方がいい、食べるとは生きる事だ。生きる意思があるのなら自分の為に食べて、それからどうするのか考えればいい」


 (私は…………)


 レティシアの日常は、あの国で皆んなと平和に過ごす日々で、手を引っ張ってくれる皆んなの後ろをただついて行けば良かった。

 1人になるなんて想像した事もない。いきなり独りぼっちにされても、どうすればいいのか分からない。でも、でも!


 (知りたい! 皆んながどうなったのか。どうして襲われたのか!)


「食べたら……話します。何があったのか」


 レティシアの目には先程と違って、確固たる意思が宿っていた。

 器に入ったスープを食べ終え、お代わりがいるかと聞かれたがレティシアは首を左右に振る。

 ドルダは、レティシアが食べ終わるまで部屋の中に居続けた、見知らぬ人間と2人きりなどお互い気まずいだろうし本来なら1人になった方が気が楽になるのだろうが、レティシアは人が自分の近くに居るという事とドルダの優しい空気感に助けられた、1人きりになると暗然たる気持ちになりそうになる。


「あの……っ」


 手を握り締め、改めてレティシアがドルダの方を向いて話し出そうとした時だった。


「ちょっと、待ってくれるかの?」


 話を中断させたドルダに、レティシアは出そうとした言葉を飲み込む。


「お嬢さんは、海岸で倒れとったんだが、見つけて運んできたのはわしでは無いんだ」


 そういえば……と、意識を失う前にもう1人誰かを見た気がすると、レティシアは記憶の片隅で思い出した。


「お嬢さんを運んできた者も、一緒に話を聞いても構わんかい?大丈夫いい奴じゃよ」


 この服に着替えてから、リビングに出てきて欲しいと渡されたのは膝丈程のワンピース、薄いピンク色のそれを着れば長袖で腕が隠れるはずだが、大き過ぎたのか自分の手の第一関節までスッポリと隠れた。

 それにしても、とレティシアは着替えの一式を渡されてから恥ずかしくなる。いままで自分がどんな格好をしていたのか知らなかったからだ。

 着ていたのは白い大きめのシャツ1枚だけだった事に驚愕した、14歳の自分にもそれなりの羞恥心というモノはある。けれど自分の格好が気にならない位、頭の中はグチャグチャだったのだ。


 着替えを済まして、部屋の扉に手をかける。今から話す内容はまだ自分の中で纏まってはいないが、ドルダと助けてくれた人物に先ずはお礼を言おうと、レティシアは扉を開いた。

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