第15話

雁野家かりのけ 来紅らいく side







あざみくん。うふふっ」




 私は今、帰路についている。足取りは軽い、家出後の帰宅とは思えない程だ。


 それは全て彼のおかげ。最初は少し怖いなと思っていたが、今は頼り甲斐すら感じる。




「ふふっ。ちょっと大胆だったかな」




 去り際、彼に残した言葉を思い出す。


 初めての友人である彼を誰にも取られたくない一心で、あんな事を言ってしまったが今になって少し不安が顔を出す。


 変な女だと思われていないだろうか。実は緊張して手汗をかいていた事はバレていないだろうか。そんな不安が。




「……あっ」




 嫌われてないか探るため、薊が最後の会話でしていた反応を思い出そうとすると致命的な失敗を悟った。




「薊くんの住所聞くの忘れちゃった。どうしよう……」




 流石に今から引き返して聞きに行くのは恥ずかしい。けれど薊と再開するのに学園入学まで待つのも嫌だ。


 どうしたものかと悩んでいると名案が思い付く。先程の悩みを両方解決してくれる名案が。




「薊くんと会った場所で待ってればいいのか」




 明日からずっと、ね。


 それに思い返した範囲では彼がこちらを嫌ってる様子はなかった。最高である。




「ふふっ」


 


 思わず笑みが零れるほどに。


 彼を思い浮かべれば何でも出来る気がした。父との話し合いは勿論、家出の謝罪だって問題ない。




「それに、薊くんに貰ったアドバイスもあるから絶対に大丈夫だよね」




 そうしている内に家へと到着した。私は一切、気負きおう事なく扉を開ける。




「ただいま。あっ、お父さんごめんなさい」




 扉を開けて直ぐに父がいたので謝罪した。昨日よりも少しやつれている。


 靴紐を結んでいるところを見るに、何処かに出掛けるつもりだったようだ。しかし、そんな事は関係ない。


 家出を怒られる事を覚悟していると、何故か父は動かなかった。



 なんでだろ? そう思って顔を上げて見ると父が泣いていた。それも大号泣である。黙っていれば威厳のある顔だというのに、今は酷い事になっていた。




来紅らいく!」




 そこで、やっと動き出した父に抱き締められた。力が強くて少し痛い。




「お父さん、ちょっと痛いよ」



「来紅、すまなかった。本っ当にすまなかった。まさか家出する程に思い詰めていたなんて……」




 お父さんに謝られた。


 少し意外だった。家出する直前の父は、家族である自分も見たことがない程にかたくなだったのだから。


 学園入学についてら、少し口論になると思っていたので拍子抜けした気分だった。




「気にしないで、お父さん。私もごめんね」



「いいんだよ来紅。……学園に行ってもいい。だから約束してくれ、自分の安全を第一に考えてくれると」




 『学園に行ってもいい』と言のに、とても不満そうな顔をしていたが、それでも許してくれた。すごく嬉しい。


 でも、ごめんね。私もう自分を第一に考えるなんて出来ないの。




「ありがとう、お父さん。でもね、やっぱり少しだけ学園に行くの不安なんだ。だから、お父さんに冒険者の事を教えて欲しいの」




 私は珍しく甘えた声で言う。本当は大切な彼以外にこんな声は出したくない。でも父に、また反対されるかもしれない。だから、これは彼と一緒に学園へ行くために必要な手順なのだ。




「来紅っ! ああ、いいとも。いくらでも教えるとも!」




 父が感極かんきわまったように言った。よかった、これで大丈夫そう。




「さあ、中に入りなさい。もう、昼時だ。お母さんにご飯を作ってもらおう」




 玄関に立ちながら話していた私は父に言われて居間へ行く。お母さんにも謝らなきゃ。
















「「「いただきます」」」




 家族三人で食事を始める。


 あの後、お母さんにも謝って許して貰えたので安心した。


 最初に顔を合わせた際に一瞬、にらまれたと思ったから、すごく怒ってると思ったけど気のせいだったみたい。




「来紅。そんなに急いで食べなくても、ご飯は逃げないぞ」



「そうよ来紅。もう少し落ち着いて食べなさい」




 私は、とてもお腹が空いていた。


 当然だ。なにせ一晩中、飲まず食わずで走ったのだから。その上、口にしたのは少し前までジュース一本だ、多少ガッツクのは許して欲しい。まあ、家出した私が悪いのだが。




「しょうがないでしょ。ずっと、ご飯食べてなかったんだから」



「ははは。なら、もう家出なんてするんじゃないぞ」



「大丈夫だよ。もう、そんな気ないから」




 冗談混じりだが、父に釘を刺されたので本心からそう返す。




「そうだ、お父さん。いつから冒険者の事、教えてくれるの?」



「あら? 二人はそんな約束をしてたの?ちゃんと仲直り出来たみたいでよかったわ」




 母が私達に聞く。そう言えば伝えてなかったかな。




「そうなんだ。来紅が私に教えて欲しいと言ってくれてな。父親冥利みょうりきるよ」




 ギリッ


 お父さんが照れてたように言った直後そんな音が鳴った。


 見ればお母さんが笑顔のままフォークを強く握り締めている。どうしたんだろう。




「……もうっ。お父さんったら」




 お母さんの事はよく分からなかったので、私は普段の会話を続ける事にした。




「さっ。今は、ご飯の時間よ。二人共、早く食べなさい」



 

 お母さんが言った。よかった、いつものお母さんみたい。話を逸らすような言い方は少し気になるけど大丈夫だよね。




「そうだったな。早く食べよう。冒険者の話は、その後でいいな?」




「うん、大丈夫だよ」




 そう言って私達は食事を続けた。

 

 あざみくんの事は、お父さんとお母さんにいつ言おうかな?


 薊くんは素敵な人だし、学園に行くのを許してくれたお父さんなら仲良くなるのを許してくれるよね。

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