第3話

綺堂 薊きどう あざみ side








 前世からの悲願である、ハッピーエンド理想の実現を心に誓った俺は、障害たる病みイベントを打ち砕く力を得るために外出していた。


 転生後、初の外出ということで近所の人間等に中身が別人である事を露見するかもしれないと恐れていたが、誰も何も言わなかった。というか、目すら合わせてくれない。


 どうやら、ゲームと同じように綺堂薊は人間関係の構築が絶望的に下手らしい。単純に顔が怖いのもあるかもしれんが。




「心底どうでもいいな」




 気持ちを切り替えて先の事を考えよう。


 さて、『病みと希望のラビリンス☆』というゲーム世界おいて財力や権力を用いた無双をするのは非常に厳しい。


 今の表面上は平和な時期ならばともかく、少し先の未来では主要国家が軒並み財政破綻する時期がくる。


 そうなれば権力者の大半は偉そうなだけのサンドバックに成り下がり、金持ちはあらゆる手段で財産を搾り取られた後、やっぱりサンドバックになる。


 血筋も何もない俺では『大半』に入らないトップクラスの権力者になるのは不可能に近い。


 また、知識チートで金持ちになった場合はサンドバックそうならないように隠れて金を使うなどの対策はあるが、そんなショボイ使い方ではハッピーエンド理想を実現する前に全てが病み・・に沈む。




「ニィャァー、ニィャァー」



「あっ、猫さんだ」




 得るならば、単純明快な暴力を鍛えるのが一番だろう。その後ならば金を含めた守りたい物も、ある程度守れるはずだ。


 俺のゲーム知識も金策よりレベル上げの方が向いてるし、その方がいいだろう。


 って、さっきの特徴的な鳴き声は……




「おいっ、その猫には関わらないほうがいいぞ」



「ひっ、ごめんなさい。すぐ行きます!」




 そのまま、「びぇーん」と泣いて去って行く少年。


 彼が触れようとしたのは、猫に擬態したモンスターで触れれば猫の頭頂部が口のように開き齧られるので助けただけなのだが、どうやら上手くいかなかったようだ。


 ちょい役でゲームに出てたので勝手に親近感を持っていたのだが、彼からすれば恐怖しか感じないかと反省する。


 まぁ、この時点でシナリオが変わる事を阻止出来たのだ。そこは喜ぶとしよう。




「見ました? 今の」



「ええ。子供を脅すなんて最低ね」




 ……だから全く知らない主婦達に貶されても辛くなんかないのだ。


 思わず彼女達から目を逸らすと、周囲の背の低い建物の中で一つだけ現代日本に劣らない大きな建築物が目に入る。




「あれがダンジョン学園か。思ったよりデカいな……」




 『病みラビ』のストーリーは主に『国立 ダンジョン学園』での高校生活が舞台となっており、主人公はその三年間で多くの(病み)イベントをこなす。


 そして、この学園は俺が一ヶ月後に入学する場所である。原作通りなら主人公達と同年代だ。これはハッピーエンド理想の実現に、かなら有利な条件付きである。


 なにせ、ほぼすべてのゲームでイベントとは主人公を中心に起こるものなのだから。




「来月から本編の学園編に入るから、それまでに出来る事は終わらせないとな」




 現在の俺は中学を卒業したばかりなので高校入学までの約一月間やることがないニートだ。時間はそれなりにある。この期間で強くなるべきだろう。


 何より、今の時期ならば俺のハッピーエンド理想を阻む病みイベント障害もなかった筈である。動くなら今しかない。




「最低でも主人公より強くならないと話にならないよな。ゲームで散々、主人公アイツじゃあハッピーエンド理想を実現出来ないと実感したし」




 学園でのイベントは基本的に主人公が成長するために用意されてる物が多い。そして手っ取り早く成長するのに必要なのはチートと敗北である。


 俺の知る主人公が得られた固有スキルチートでは病みイベントで降り掛かる絶望敗北を払うことは出来なかった。


 そして絶望敗北を味わうつもりのない俺は主人公より強くなる必要があるのだ。


 主人公が得られた固有スキルは単純火力アップ系統ばかりなので、素の状態で上回れる程の力が欲しい。


 そう成れば、切り札である【禍福逆転かふくぎゃくてん】がある分、理想に大きく近づけるのだから。




「効率的なのはダンジョン周回しかないよな」




 それも、ゲーム知識の中から厳選した、とびっきりのヤツである。


 時間的に、主人公より強くなれるかギリギリだが、やるしかないだろう。


 ゲーム的な俺の役割ジョブ壁役タンクである。ライバルキャラらしく火力特化主人公に対を成す形だ。


 そのため耐久はそれなりにあり、覚えるスキルも最大HPアップやタゲ吸収等の固有スキルを活かしやすいものばかりである。




「ソロで活動予定の俺にはあまり嬉しくないラインナップだが贅沢は言えん」




 それでも、俺の弱点である不意打ちやダメージ回復、低火力も知識チートで改善するあてがある。余程のドジか不幸がない限り大丈夫だろう。















「いらっしゃいませ~」




 必要なアイテムを手に入れるべく訪れた道具屋は、思ってたよりも多くの商品があった。


 しかし、それは当然だろう。


 俺が多いと感じたのは、ゲームでは必要のなかった日用品があったからだ。ここは『ダンジョン都市』だが、それでも人が多く住んでるなら日用品の需要は大きいのだろう。冒険で使うようなアイテムの品揃えは俺の知識と変わらないのが、その証拠だ。


 目当ての品が揃ってる事に満足し、持ってきた品物をレジに置こうとしてピタリと動きを止めた。




「ああ、あとソレも頼む」



「え~っと……ソレって~アレの事ですよね?」



「ああ」




 俺達の視線の先にあるのは、壁に飾られている道具屋には不釣り合いな大槌───





 ではなく、その下にあった黒い油である。


 明らかに捨てられる直前の廃棄品だが、俺の使用用途的には問題なく、むしろ安く手に入りそうなので有り難いくらいだ。




「あの油は捨てる予定なので~お金いりませんよ~」



「いいのか? 悪いな」



「いえいえ~これからも御贔屓ごひいきにお願いします~」




 安くなるどころか、ただにしてくれた。


 この軽いノリの店員はゲーム知識で気前がいいと知っていたが、それでも実際サービスしてくれると嬉しい限りである。彼女の言葉通り、これからも贔屓にしようと思う。




「お買い上げ、ありがとうございました~」




 そうして、道具屋で目的の物を買った俺はダンジョンへ向かった。

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