第18話

◆ルーベンside









「【滅私メッシ……ホウ……コウ】」



「は?」




 それは俺が腐肉戦士の言葉だった。


 一応、首を落としてもスキルを使ってくるのは予想の範囲内であったが、のは予想外だ。


 こいつ、平衡感覚の維持や俺を認識はどうやっているのだろうか?




「考えたら、最初から両目とも腐ってるんだから、眼球なんて関係ないのか」




 それでも、肺を含めた胴体がないくせに声を出せた方法は謎のままだが。本当にゲーム時代からゾンビシリーズは謎が多い。


 しかも、この首無し野郎はHPが1しかないにも関わらず俺に近付いて来た時以上の速度で俺を拘束せんと迫ってくる。


 流石にここでダメージを受けるのは悪手だ。【自爆】するタイムリミットまで20秒あるとは言え、今でも増え続ける腐肉戦士+αを考えれば嵌め殺しに合う可能性は十分にある。


 ここは、素直にするに限るだろう。




「【同胞渇望】」




 声に出す必要のないスキル名をいったのは気分だ。腐肉戦士に釣られたのだろうか?


 半径五十メートルに全キャラ最高クラスのATKを持つエリカの800%攻撃が火を……蛇を吹いた。俺の握る【阿鼻決別】から這い出た黒き蛇は、何処からともなく現れては突撃してくる動く死体達を呑み込み続け、発動限界である十秒間敵を蹂躙した。


 十秒では短いと思うなかれ、踏み込めば地を砕き、走れば衝撃波が巻き起こる俺と同速で動き回る蛇ちゃんだ。恐ろしさは言うに及ばないだろう。


 ちなみに蛇が同速だと知ってるのは、能力検証の一環として【同胞渇望】を発動した直後、蛇と並走したことがあるからだ。本当は蛇の上に乗りたかったのだが素材が霧であるせいか、すり抜けて乗れなかった。無念。




「……そう言えば、あの蛇ってエリカ(の持ち物)から出た物質だよな?」




 と言う事は、もはやエリカの一部に等しいと言う事はだ。失敗した、【同胞渇望】はエリカニウムを胸一杯に吸い込むチャンスだったのか。俺は今まで何度チャンスを無駄にしていたんだ。


 いや、待てよ。今まで必要なかったから殆ど使わなかったが自己バフスキルである【自己完結】もエリカに包まれている事になるのではなかろうか? だって俺の使うスキルは全てエリカのものだし。


 そうと分かれば、やることは一つ。善は急げと言うからな。




「感じる、エリカを感じるぞ。これで(エリカニウム)欠乏症にも、しばらく耐えられそうだ」




 【自己完結】は自身にバフを付与するスキルなのだが、この効果は30秒ある。つまり効果が切れるタイミングで掛け直し続ければ常にエリカを感じられるという事はだ。これは寝ながら【自己完結】を発動出来るようにならなければ。(使命感)


 それはそれとして、次回【同胞渇望】使用時には並走しながらエリカを胸一杯に吸い込むが。




「ははっ、今まで気付かなかった俺は相当なバカだな」




 感傷に浸りながら、リコリスの【従僕生成】の効果範囲を調べるため腐肉戦士を飛ばしては殺し、飛ばしては殺しを繰り返していると、耳から幸福が流れ込む。



〔あんたは元からバカでしょ〕



「エリカ!?」





 それは独り言のような囁き声だったが、俺が間違える筈のない至上の音だった。


 エリカ、エリカ、エリカ、エリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカエリカッ!!!


 残り香(エリカの由来のモノから得られるエリカニウムのこと)の比ではない。産地直送、鮮度抜群なエリカニウムのなんと素晴らしいことか。


 全身の細胞が活性化している。これなら何日だって戦えそうだ。戦えそうだけれども……




「その……無理してないか?」




 脳が蕩ける程の幸福の中にありながら、聞けると思っていなかった声に当惑もあった。


 もちろん、エリカに話し掛けられるなら如何なる内容でも幸せな俺が、エリカを疎んで遠回しに話し掛けるなと伝えるために、こんな事を言った訳では無い。


 今朝、目覚めた直後のやり取りを思い出して純粋に心配になったのだ。


 そんな心情から思わず漏ら出た言葉を後悔した。何も知らない赤の他人に心配されるのはエリカにとって屈辱以外の何物でもないと思ったからだ。


 安い義務感、知ったかぶった同情、取り敢えずといった体で捻り出された抽象的な言葉。これではまるで、俺が嫌悪している、その他大勢至上主義者のようじゃないか。


 最悪だ。寄りにもよってエリカに、こんな態度を取ったなんて。この後の結末は目に見えている。




〔うっさい、私の勝手でしょ!〕




 拒絶されるだけだ。そんなの俺が一番分かっていただろうに。


 俺は推しへの侮辱が許せず、好き勝手語る輩共を黙らせる為に最強を証明しようとした。謂わば『その他大勢』への反逆を企てた訳だ。


 そこはエリカも似ていた。かつて大切に思っていた村人達から理不尽な暴力を受け、それを許せず復讐を決意した。


 自身の信条を土足で踏み荒らされて黙っていられる俺達ではないのだ。


 いや、似ていたと思っていたのは俺の勘違いだったのかもしれない。何故なら俺がエリカの最強を証明しようと思ったのはエリカのストーリーを読んで影響されたからなのだから。


 こうしてエリカが言葉を返してくれたのは天にも昇る心地だ。たとえ内容がどんなものだったとしても。




「すまない」




 俺にはもう、謝る事しか出来なかった。情けなく泣きながら。それでもエリカに誓った最強『証明』をする為、敵を倒しながら。


 今ほど一人になりたいと、そして死にたいと思ったことはない。


 エリカと一心同体になってから、決して抱くことがないと思っていた感情が俺の心を支配した。









◆リコリスside









 暗い闇に包まれた祭壇が振動に揺られる。


 五指に火を灯した腕の燭台、人皮を束ねて作られた書物、独りでに笑う生首。


 全てな素材で構成された其れ等は二度、三度と続く振動で床に落ち、脆くも崩れ去った。




「ぬぅ、妾自作の『インテリア』が台無しではないか」




 作りかけで適当に放置した自分が悪いとはいえ、やはり努力の成果を無駄になるのは気分が悪い。それを為したのが配下であるならば、八つ当たりもしたくなるというものだ。


 まぁ、あんな物は実験のついでに作った飾りだ。いつか、ここで目覚める姉が殺風景では寂しかろうと思い置こうと思っただけである。趣味と実益を兼ねていた行為だが後回しでも、まったく問題ない。


 それより問題なのは、爆発の方だ。




「【滅私放光めっしほうこう】かのぅ」




 それは彼女が生み出す従僕達の最終手段。彼等が自身を賭してリコリスへの忠誠を示すスキルである。そのように作ったリコリスとしては心揺さぶられる事など何もないが。


 恐らく、この祭壇の上付近で従僕と誰かが戦っているのだろう。祭壇全体は頑丈に造られているので耐久性に問題はなく、従僕の死の証である爆発も一度や二度ならば、どうでもいいと切って捨てられた。


 しかし、五度、六度ともなれば看過できない。何体死のうが無限に補充できるとは言え、腐肉戦士の力量でリコリスの底を知った気になり、舐められるのは許せない。


 自分が下に見られた時、それは愛する姉も一緒に見下されたという事なのだから。


 彼女の出身である貴族家では身内の恥は自分の恥である、という考えの家であった。それは、追放された彼女もその価値観は強く深く根付いており、自身に対する侮辱なら堪えられても最愛の姉に対するものならば我慢は不可能である。


 この価値観については、変える機会があったとしても自身は絶対に変えなかったと断言できるし、揺らぐ事すらないだろうと思う。


 この世に一人しかいない身内を我が身と同じように思うというのは、彼女の信条とも生きる目的とも非常に相性がよかったからだ。




「これは妾の出番かのう。本当はこんなに早くに出る予定はなかったのじゃが」




 はふぅ、と溜め息を吐きながら自身の専用装備姉上に頬擦りをする。昨日からの色々と思い通りにならずストレスが溜まり姉への甘えたくなったのだ。




「あ~ね~う~え~」




 だらしない顔を晒し、幼子のような甘え方を気が済むまで続けたリコリスは自身が一度外に出て、こちらを舐め腐ってる(と思われる)相手の排除を決断する。


 幸い最後の爆音から、そう時間も経過していない。今から探せば見つけやすいだろう。そうしてリコリスは最愛の姉と黒い水晶玉を持って祭壇の出口へと向かった。

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