モールドラゴン作戦 ~異世界転移してしまった俺と陽葵の、生き残りと帰還をかけた最大最後の戦い

於田縫紀

最大最後の戦い⑴

『陽葵の言うとおりだった。此処に逃げて助かった』


 敵に聞こえたらまずい。だから俺は会話魔法で陽葵にそう伝える。


『ううん、妙な振動がしたから地震かなと思って解説魔法を使ったてみたの。そうしたらモールドラゴンとわかったから、何とか高い場所に逃げようと思って』


 この世界に来て3日目の夜、最初に寝る番だった俺は熟睡中、突然陽葵に起こされたのだ。


『急いで!』


 周囲は暗く月明かりだけ。そんな中を訳がわからないまま俺は陽葵の言う通り走って移動。更に運動神経いまいちな陽葵を手助けしながら崖を登り、見晴らしのいい端の岩の上へ。


 そこから見えたのは家ほどある巨大な魔物。低い木々が生い茂る森の中へ突如出現した奴は、木々をなぎ倒しながらゆっくりと動きはじめた。

 俺は解説魔法であの魔物について確認する。


『【モールドラゴン】

 地中に棲むドラゴン種の魔物。体長10m、体高3m、重さ15t。

 普段は地中にいるが、暗くなると外へ出て獲物を狩る。目が見えないかわりに耳がいい。地上にいる時は1km以内のどんな小さな足音でも聞きのがさない。


 肉食で動物なら何でも食べる。なお現在は空腹状態で、あと500kg程度の食料が必要。

 地中を時速6kmで掘り進む事ができるほか、地上を時速30kmで走ることもできる。跳躍力はおよそ20m。

 表皮は分厚くて頑丈。サーベルタイガーのきばもとおさない』


 あのまま下にいたらと思うとぞっとする。地上に出る前にここまで逃げられたのは陽葵のおかげだ。

 しかしまだ安心は出来ない。


『こっちへ向かってきているよね、あの魔物。このままだとここも危ないと思う』


 確かに陽葵の言う通りだ。ゆっくりとだがこっちへ向かってきているように見える。俺は解説魔法で距離や動きを確認。


『ここからモールドラゴンまでの距離は500m。モールドラゴンのいる場所から計測した崖の高さは15m。

 モールドラゴンは概ね北北東方向へ時速6kmで移動中。この場所はあと5分程度でモールドラゴンの攻撃圏内。ただし現在、モールドラゴンは陽翔と陽葵を感知していない』


 感知していない事がわかってほっとする。しかしこのままでは5分で奴が来てしまう。

 かと言って逃げれば足音でこっちを感知するだろう。どうすればいいのだ。


『折角あと1時間で帰れるのに』


 陽葵の言う通りだ。魔法タイマーによると残り時間は1時間ちょうど。あともう少しだったのに。そう思ってもどうしようもない。


 俺達が運営神に貰った魔法は次の5つだ。


  ○ ファイアボール魔法 

    直径10cm、800℃の火の球を100m先まで飛ばす事ができる魔法

  ○ 解説魔法 

    見たり感じたりしたものごとや状態について解説してもらえる魔法

  ○ 成分調節魔法

    水から不純物を取り除いて飲めるようにしたりできる魔法

  ○ 会話魔法

    声を出さなくても会話できる魔法。言語の違いを無視するので現地の人とも会話が出来る

  ○ 治療魔法

    怪我や病気を治療する魔法。ただし完全に治療出来るのは全治20日以内の怪我や病気に限る


 運営神は言っていた。


『72時間、頑張ってこの世界で生き延びて下さい。72時間で元の世界に戻れるようにしますから。


 生き抜く為に非常用の魔法を使えるようにしておきます。不十分と感じるかもしれません。ですが今、私から与える事が出来る魔法や能力はこれだけなのです。


 この魔法は何とかして生き抜くという事に重点をおいています。ですからそれほど強力な魔法はありません。

 だから強そうな敵がいたら戦わずに逃げて下さい。残り時間は意識すればわかるようにしておきます』

 

 つまり俺達が使える攻撃魔法はファイアボールだけだ。いくら800℃の高温とはいえ、直径10cmではあの巨体に通用しない気がする。

 かと言って折角作った竹槍や弓矢も効果はないだろう。つまり俺達が奴を倒す方法は無さそうだ。


 最悪の場合でも陽葵は元の世界に帰したい。となると一番確実な方法は……

 崖の上、此処から右方向は岩場や丈の短い草地だ。此処なら時速30kmとはいかないけれど、そこそこの速度で走れるだろう。


 そして動き始めるなら早い方がいい。算数の問題と同じだ。2点間の距離が遠ければ遠いほど、追いつくのに時間がかかる。そしてその分、追いつく地点が元の場所より遠くなる。

 俺は覚悟を決め、陽葵に告げる。


『陽葵、ここを動くなよ』


『陽翔がおとりになるのは駄目だからね。もしそうしたら此処で思い切りじたばたするから』


 そうだった。陽葵は頭も勘もいい。俺が考える事くらいはすぐ思いついてしまう。

 でもそれならどうすればいいだろう。


『ここで大人しく静かに待つか。モールドラゴンが見逃してくれるのを』


『基本的にはそれが一番だと思う。でもこのままこっちへ来るようなら、いちかばちかだけれど倒すしかないかも』


 倒すか。それができれば苦労しない。


『頑丈でサーベルタイガーのきばも通さないんだろ。俺達の魔法くらいで倒せるか』


『わからない。でも近くまで来たらやるしかないと思う。

 陽翔は覚えている? 理科の授業でものを燃やすには酸素が必要だって習った事』


『もちろんおぼえている。でも俺達のファイアボールくらいじゃ、あの巨体は燃えないだろ』


 生物は燃えにくい。以前父か叔父かが言っていた。だから火事で人が死んでも燃えているのは表面だけだそうだ。内部は生焼けらしい。


『普通の方法では多分無理。でも成分調節魔法で空気を酸素だけにしたら燃えやすくなると思う。周囲の木なんかも激しく燃えれば、モールドラゴンだって熱で倒せるかなって』


 陽葵にそう言われてなるほどと思う。確かにそれなら燃えるかもしれない。実験で鉄が火花を上げて燃えているのを見た事を思い出す。


『確かにそうかもしれないな。でも成分調節魔法で出来るのか?』


『試してみたし解説魔法でも確認してみた。5秒あれば直径20m位の範囲の空気を酸素だけに出来る。

 他の方法として、逆に酸素を無くして呼吸できなくする事も考えた。でも解説魔法で調べたら、魔物や魔獣は酸素がなくても魔素で呼吸出来るとあった。

 だからここは燃やす作戦が一番いいと思う』


 陽葵、やっぱり頭がいいなと俺は思う。勉強だけ出来るという訳じゃない。授業と全く違う状況で、それでも酸素だの呼吸だのと授業で習ったことを使う事を思いついたのだ。その辺のガリ勉とかには真似が出来ない。


 ただそれを口に、いや会話魔法で言うのは少し恥ずかしい。だからそれは言わないで、やるべき事を確認するだけにする。


『わかった。それじゃファイアボールが届くくらいの場所に、酸素ばかりの場所を作ればいいんだな』


『うん。ただもう少し近づいてからでいいと思う。途中で進路が変わってまっすぐ来ないかもしれないし』


 陽葵は俺より冷静だ。何と言うか、俺よりよっぽど異世界向きだと感じる。


 これでも俺は野外活動には自信があった。小さい頃から父や叔父と何度も釣りや登山、サバイバルもどきのキャンプに行っているし。

 魚だけでなくカエルやカメだって捌いて食べる事が出来る。実際この世界へ来てカメは2回食べたけれど。


 それでもこういったとんでもない事態の時、陽葵ほど冷静に考える事は出来ない。手持ちの魔法でモールドラゴンを倒せる方法なんて思いつかない。


 何と言うか流石だ。ちょっと悔しいが仕方ない。それに陽葵がそれだけ出来る奴だというのがわかるのは悪い気はしない。


『なら待つか。出来ればこっちへ来ないまま、1時間経つのを祈りながら』


『そうだね。でもこの姿勢で1時間待つの、ちょっと辛いかも』


 言われてみれば確かにそうだ。今は崖の上で立っている状態。このまま動かないというのは全校集会で校長の長い長い話を聞くより辛い。


『あと緊張したからトイレに行きたくなってきた』


 おい待ってくれ陽葵。今ここでそれはないだろう!

 あと6年女子が男子の前でトイレ行きたいとか言わないで欲しい。理由はよくわからないけれど何となく恥ずかしい。

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