さようならで飛べる並行世界
天宮ユウキ
並行世界
さようならと聞こえた時には遅かった。
私が目を開けて振り返った時にはそこはもう別世界だった。別の世界と言っても見た目は普通の世界だ。フィクションであるようなファンタジーやSFチックな世界じゃない。ごく普通の世界だ。
じゃあ何が違うのか?
私とその周りの関係性が変わっていた。例えば、母である人が他人になったり、先生であった人が親になっていたり。一番は親友であった祐実とは恋人の関係になっていた。もちろんそんな記憶は私にはなかった。だから、いきなり祐実に恋人繋ぎをされた時は戸惑ってしまったのだ。
でも、この世界はそんな私の戸惑いなどお構いなしだった。まるでそれが当たり前だと言わんばかりにみんな過ごしていた。それはまるで、私だけ仲間外れのような感じだった。いや、違う。私は元の世界の輪から弾かれていたのかもしれない。そう思った瞬間、涙が出てきた。そしてそのまま祐実の手を振り払って走り出した。後ろで何か叫んでいるけど関係ない。だって私は一人ぼっちなんだから……。
「ちょっと待ってよ!」
そんな声と共に腕を強く掴まれた。振り向くとそこには息を切らした祐実がいた。その目は少し潤んでいるように見えた。
「なんで逃げるの?」
「逃げてなんかない」
「嘘! 泣いてるじゃん!」
「泣いてなんか……」
そこで言葉が詰まった。確かに頬には冷たい感覚があったからだ。私は必死になってそれを拭うが、止まらない。それどころかどんどん溢れてくる。
「ごめんね……花苗が辛い思いしてるのに気づいてあげられなくて」
そういうと祐実は優しく抱きしめてくれた。彼女の胸の中はとても暖かく心地よかった。しかし、それと同時にまた涙が出そうになる。
「いいんだよ、泣いたって。泣きたいときはたくさん泣くといいよ。我慢する方が辛いと思うし、それに花苗の悲しい顔見たくないんだもん」
祐実の言葉を聞く度に目頭が熱くなる。彼女は私のことをよくわかってくれている。だけど、それがすごく辛かった。だって目の前にいる祐実は親友の祐実ではなくて恋人の祐実だ。それは間違いない。私の知ってる祐実じゃない。
公園のベンチでゆっくりと私達は腰を下ろす。その間、お互い何も喋らなかった。祐実は何も話さなかったし、私も話すことができなかった。ただただ沈黙だけが辺りを支配していた。しばらくして祐実が小さく呟いた。
「あのさ、もし良かったらうちに来る? 今日誰もいないんだけど」
私は一瞬戸惑ったがすぐに小さくコクリとうなずいてみせた。そして、立ち上がると二人で家に向かった。
◆◆◆
家に着き中に入るとそこは真っ暗だった。電気をつけると部屋の中には女の子らしい可愛らしい家具が置かれており、本棚にはたくさんの漫画本が並んであった。
「あんまりジロジロ見ないでよねー」
そう言いながら祐実は恥ずかしそうにしていた。しかし、私は気になっている点があった。写真立ての写真の内容が少し変わっていたからだ。部屋自体は元の世界の祐実と同じだけど、写真だけは違っていた。距離の近さがこっちの世界だと一層感じられた。私はそっとその写真を眺めていた。すると、祐実に手を引かれた。
「とりあえず座りなよ。今お茶出すから待っててね」
彼女に言われるままに座布団の上にちょこんと正座をする。しばらくするとコップを持った彼女が現れた。私はそれを受け取るとお礼を言うと口をつけた。そして一息つくと彼女を見つめる。祐実は少し照れくさそうな表情を浮かべると話しかけてきた。
「えっと……どうしたの?」
「ねぇ、一つだけ聞きたいことがあるんだけど聞いてもいいかな?」
私が真剣な眼差しを向けると祐実は黙り込んだままうなずいてくれた。
「私達って本当に付き合っているの?」
私は恐る恐る尋ねてみると、彼女は驚いたようにこちらを見た後顔を赤らめた。
「何言ってんの? そんなこと当たり前じゃん! なんでわざわざ聞くわけ!?」
「ご、ごめんなさい……」
怒られてしまい申し訳なさでいっぱいになった私は謝った後に頭を下げた。
「別に怒ってないけどさ……。まぁいいや。そんなことよりほらっ、おいで」
そう言うと両手を広げた。私は彼女の胸に飛び込むようにして抱きついた。祐実はそんな私の頭を撫でてくれる。気持ちが良くて目を細めてしまう。
「花苗は甘えん坊さんなんだから……。でも、そういうところ可愛いから好きだよ」
「ありがとう。祐実大好きだよ」
「うん。私も好き。花苗は私にとって大事な人だから。絶対に離さないから覚悟しておいてよね」
そう言われて嬉しかった。私はぎゅっと強く抱きしめる。祐実もそれに応えるかのように力を入れてくれた。私は幸せだった。こうしてずっと一緒にいられるのは良いことなのかもしれない。でも、この幸せな時間が長く続かないような気がした。いつ元の世界に戻ってしまうのか分からない。
その後、祐実と仲良く二人で過ごしていた。テレビを見ながら笑い合い、ソファーに隣同士で腰掛けて肩を寄せ合う。彼女の温もりを感じる度にドキドキしてしまう。恋人じゃないはずなのに恋人として祐実を見てしまう。いや、こっちの世界では恋人だ。私の頭の中がぐるぐるしてくる。
「花苗、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ」
祐実に心配をかけてしまったようだ。慌てて返事を返すが少し声が上擦ってしまった。
「無理しないでよね」
「うん……」
もし元の世界に帰れなかったらずっとこのままだろうか? 親が他人で、先生が親で、祐実が恋人のまま……。
それは私にとって幸せなんだろうか? 元の世界に帰れなくなるまでここに残るべきなんだろうか? 私は自分の考えがわからなくなってしまった。だって、どちらにも大切なものがあるから。それを考えるとやっぱり私は悩むしかなかった。
◆◆◆
次の日、学校へ行くと周りからチラチラと視線を感じた。私は気にしないで教室に入る。席に座っていると、先生が来た。いや、私の親であるはずの人だった。その人は少し緊張した様子で挨拶をした。私はそれに軽く会釈をしてみせる。そして、授業が始まった。いつも通りの授業内容だったからか退屈だった。窓の外を見てボーッとしていると、不意に背中をつつかれた。振り向くとそこには祐実がいた。彼女は笑顔を見せながら何かを手渡してきた。それを受け取ると手紙だということがわかった。私はそれを開いてみる。中には綺麗な字で書かれた文章があった。
『今日の放課後に屋上に来てください。伝えたいことがあります。待っています。』
私は読み終わると手紙を机の中にしまった。そして、再び外を眺める。祐実の顔を見ると心苦しかった。彼女は私のことを愛してくれているんだろう。それはわかる。だからこそ、こんな想いをさせたくないと思った。
放課後、屋上に行くと祐実がいた。彼女は不安そうな表情をしながら立っていた。
「来てくれてありがと」
「それで話って何?」
「あ、あのさ……私のことをどう思ってる?」
突然の質問に私は困惑する。一体どういう意図があって聞いてきたんだろうと疑問を抱く。しかし、それを表に出さずに答える。
「恋人……かな?」
そう答えた後、祐実はホッとした表情を見せた。
「良かった。そうだよね、私たち恋人同士なんだもんね!」
そう言いながら私の首を軽く締めつけてくる。
「えっ?」
「ねぇ、本当は浮気してるんでしょ? そんなの許さないから。ねぇ……嘘つかないでよぉ……」
祐実の目は虚ろになっていた。まるで、私が犯罪者かのような目つきだった。私は思わず身震いし、逃げ出そうとするが彼女の力が強くて逃げ出すことができない。
「ゆ、祐実っ! 苦しいっ!」
「花苗が悪いんだよ。私以外の女と仲良くしてるなんて。私にはあなたしかいないの。だから、私以外見ないで」
そう言いながら更に力を強めていく。呼吸が出来なくなり意識が遠のいていきそうになる。もうダメだと諦めかけたその時、パッと手が離れた。咳き込みながらも必死になって酸素を取り込む。ようやく息ができるようになり落ち着いてくると祐実を見つめた。彼女の表情はとても悲しそうな顔をしていた。
「ごめんなさい……。私、あなたのこと大好きなのに酷いことしようとしてた」
彼女はそう言うと泣き出した。私は彼女を慰めるためにそっと抱き寄せた。しばらくすると落ち着きを取り戻してきたようで祐実は顔を上げた。
「本当にごめんなさい……。私どうかしてた……」
私は黙ったまま首を横に振った。祐実は悪くない。悪いとすれば別の世界の私の方なのだ。多分だけど、他の女の子と仲良さそうにしていたことを怒っているんだと思う。そう考えると、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「私はどうしたらいいかな?」
私は思い切って聞いてみた。すると、祐実は真剣な眼差しでこちらを見る。
「私だけのものになってほしい」
「祐実だけを……」
「うん。花苗のこと大好きだから……。花苗が誰かと仲良くしてると凄く嫌な気持ちになるの……。だから、これからはそういう事しないようにしてほしい。いいよね?」
「わ、わかった」
私は少し躊躇しながらもうなずいた。
祐実とは付き合っているもののあまりそういうことはしていない。お互いの気持ちを確かめるかのように抱きしめあったり、手を繋いだりするくらいだった。でも、私はそれだけでも満足だった。好きな人とこうしているだけで幸せだから。
◆◆◆
ある日の休日、私は部屋でぼんやりとしていると誰かが部屋に入ってきた。先生だけど、この世界だと親だ。頭が混乱しそうになるが慣れもしてきた。私は特に反応もせずに本を読んでいると先生が近づいてきて私の頭を撫で始めた。その行動に驚いていると先生が口を開いた。
「何か悩んでいることはあるかしら?」
「べ、別に何もないけど……」
「なら良いのだけれど……」
「はい……」
先生は少し残念そうな表情をしていた。でも、すぐに元の優しい笑顔に戻る。そして、私に話しかけてきた。
「花苗が辛いことがあれば私が相談に乗るからね」
「は、うん……」
元の世界に帰れなくなったらこの関係がずっと続くのかな? ふと、思うとある言葉が頭に浮かぶ。
『さようなら』
もしこれを先生に言ったらどうなるのだろうか? そういえば、お母さんに『さようなら』と言ったら、この世界に来たのだ。先生にも言ってみようか? でも……もし元の世界に帰れなかったら、祐実とは恋人でいられるのかも……? そんな考えを振り払うように私は首を横に振る。それはいけないと思い、私は先生に視線を向ける。
「ん? どうかした?」
「なんでもないよ。気にしないで……」
私は笑顔を見せて答えたが先生の顔はまだ心配そうに見ていた。私は決心して言った。
「さようなら」
視界が一瞬、暗転し次の瞬間には私の目の前にはお母さんが不思議そうに私を見ていた。元の世界に戻ってこれたようだ。私は涙が出そうになったがグッと堪えて笑顔を見せた。
「花苗どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
お母さんが部屋から出て行く。
私は確認するように祐実に電話をかけた。すると、ワンコールもしない内に祐実が出た。
『もしもし、花苗?』
「祐実、私達恋人だよね?」
『はぁ? 何言ってるの?』
祐実はわけが分からない様子で喋っていた。だってこっちの世界ではただの友達だから。なのに……。
「ああごめん冗談」
『もうなにそれ』
「じゃあ切るね」
『えっそれだけ??』
電話を切ると少しだけ涙を浮かべていた。恋人の祐実との時間なんて全然ないのに、ちょっとだけ心地良かった。でもあのままは嫌だなとも思っていた。だからいいんだ。でも……。
ううん、もう忘れよう。多分これは私が体験した夢みたいなお話だ。そう思うことにしよう。
あの世界も少しだけよかったなと思わないでもなかった。
今は不思議な体験として心の片隅に置いておくことにする。
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