第9話 別れ

 

 ホッと息をついたとき、深月は自分の手が空っぽなことに気がついた。さっきまで確かに抱えていたはずの、あの白いボールが無くなっている。


「どうしよう! あたし、アマミを失くしちゃった!」


 一瞬で、全身から血の気が引いた。


『だいじょうぶだよ嬢ちゃん、わしが預かっている』


 深月の少し前を歩いていた道路おじさんが、すこしだけ振り返って笑った。その手の中に白いボールがあった。


「ああ……よかった」

『もう、あそこに近づいちゃいけないよ』

「うん。ありがとう」


 道路おじさんは、深月の家の縁側の上に白いボールを乗せた。

 ボールはフワッと広がってアマミの姿に戻ったけれど、アマミは体を丸めて眠っているようだった。


『良いお庭だね』


 庭を眺める道路おじさんの姿が、どんどん薄くなっている。


「おじいさん、大丈夫? なんだか薄くなってるけど……」


『わしの心配までしてくれるのかい? 嬢ちゃんは優しいね。でも良いんだ。わしは長くこの世に残り過ぎた。つまらん人生の最後につまらん事故で死んで、わしの人生は何だったのだろうと思うと、なかなか成仏できなかった。でも、嬢ちゃんたちの役に立てたなら、わしの人生もそう捨てたものじゃない。ここで消えても本望じゃ』


「おじいさん」

『そうそう、ひとつだけ頼みがある。あの兄ちゃんが生き返った時、もしも嬢ちゃんの事を忘れてしまっていても、勘弁してやっておくれ』

「え……うん。大丈夫。アマミが生き返るなら、なんでもいいよ」

『優しいね。さよならだ嬢ちゃん……』

「あっ……」


 ゆらりと揺れるように、道路おじさんは消えてしまった。

 息を止めた深月の喉の奥が、ギュッと締め付けられるように痛んだ。


「……そんな」


 泣くつもりなんかなかったのに、目頭が熱くなってぽろぽろと涙がこぼれた。

 成仏するのは良い事だ。頭ではわかっているのに、突然の別れに頭がついて来ない。

 深月が庭にしゃがみ込んだとき、後ろからアマミの声が聞こえた。


『おじさん、成仏しちゃったの?』

「……わっ、わかんない。でも、もういないよ」


 深月は泣きながら答えた。


『俺、すっげー役立たずでごめん』

「ううん」

『助けに来てくれて、ありがとな』

「うん」


 アマミが無事で嬉しいのに、どうしても涙は止まらなかった。

 庭に座り込む深月の隣で、アマミは静かに手を合わせた。

 とても、静かな夜だった。

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