第6話 猫、状況を理解する。
急に視線が低くなった。背中周りがぞわぞわと落ち着かなくなって、お尻に違和感がある。付け根の辺りに、きゅっと力を入れるとなかが動く。
ずいぶんと目線が下にあるのは、今私が床に超腕をついているからだろうか。それにしても、なんだか部屋がやたらと広く見えている気がする。
――いや、男ってこういうものなのか? でも背がずいぶんと低いし、手脚が短いというか……あれ、四つん這いから立ち上がれない。
「にゃっふっふ?」
勢いをつけて、なんとか立ち上がろうとするのだが、体がふらふらとして倒れそうになる。それにやっぱり――立ち上がっても私の視線は低いままだ。テーブルの天板が私の頭よりずっと上にある。
「ふにゃんふ」
結局、そのままバランスが取れず床へ転がってしまった。おそらく魔法で変化した体に、まだ慣れていないからだろう。ただやたらと柔らかい体は、床にぶつかってもふらりと弾んで痛みらしいものは感じなかった。
これが、男の体なのか?
初めての男の体だ。慣れないのは当然だし、新しい発見もそれはあるだろう。ただそうと言ってもやはり――というか。
私はやっとここで、改めて自分の体を確認した。
変身の際に、衣服がどうなっていたのかも気になっている。床に散らばった様子も、破れた服も見当たらない。魔法で上手いことやってくれたのだろうか。
だが、転がったまま見やった自分の体には、服を着ている様子はなかった。
さりとて裸というわけでもなく。
――もこもこした……毛?
いやいや、毛深くしてほしいという要望はたしかに出した。でもみっしりと薄灰色の毛がお腹全部を覆っている。毛深いにもほどがあると言うか――これはもう、毛皮?
毛に覆われた腹の先には、同じく毛で覆われた脚が伸びているのだけれど――短いっ!? あれ、腕も!?
「リンデさん、猫になったばかりですから、あんまり激しく動かない方がいいですよ。慣れるまではゆっくりとしてください」
「にゃふん!?」
頭上で、レイヤの声がした。さっきまでどこかか細かった声が、やけに低く響いた。
――それよりも、『猫』? 今、彼女は猫になったばかり、と言った。そして私は『猫!?』と聞き返したはずなのに。
にゃふん、なんて情けない声が出た。そういえばさっきもやたら、私はにゃあにゃあ言っていたような。
「にゃにゃっ、にゃーみゃーにゃ!?」
「はい、リンデさんは猫になっていますよ」
「にゃみゃみゃ、にゃにゃ!?」
「わたしにはリンデさんの言葉がわかります。愛の力ですね」
「にゃいっにゃ……」
愛って――全然わからない。わからないけれど、私が猫になっているのは事実のようだ。鏡がないので、全身を確認できてはいない。ただ腕や足は腹回りよりも濃いめの灰色で、縞模様まではいっている。
「(なっ、なんで猫に!? 待って待って、私そんなこと頼んでないよね!?)」
幸いレイヤに言葉が通じるようなので、私はにゃあにゃあと問いただした。
「なんでって……そんな、リンデさんが言ってくださったんじゃないですか。わたしのために……、わたしとても嬉しいです」
「(どういうこと!?)」
なにをどう勘違いしたのかわからないけれど、彼女はうっとりとした顔で、猫の私を抱きかかえた。
「可愛いですよ、リンデさん。猫の姿になったあなたは、とても素敵です……」
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