インターネット・バベル

中靍 水雲

バベル・イン・ザ・ルーム

 カタカタ、カタッ。

 カーテンが、きっちりと閉められた部屋。

 規則正しいカタカタ音が、やむことなく鳴り響いてる。

 土曜日の真昼間。

 外では、すがすがしい青空が広がっているみたいだけれど、この部屋はうす暗い。

 一軒家の、二階の自室。

 わたしはナイトウェアに身をつつみ、パソコンを叩いている。

 ふだんはストレートにしている黒髪をゴムでたばねて、仕事モード。

 アンティークのキャビネットには、さまざまなガラスのフラワーベースが並ぶ。

 そこに生けられた鮮やかな花たちは、天井から吊るされたランプシェードの光を浴び、怪しく咲きほこっている。

 この部屋で、ひときわ目立つ、猫足のデスク。

 そこで、ぎらりと輝く、愛用のパソコン。

 その画面には「BABEL」という、おしゃれなロゴが浮かんでいた。

 わたしは、ぐっと伸びをする。

「ふう。BABELのユーザーさん、たいぶ増えてきましたね。いいかんじ、いいかんじ」

 わたしの名前は、隧道エポ。

 隧道と書いて、トンネルと読む。

 ソーシャルネットワーキングサービス・BABELの管理人だ。

 画面をスクロールしていくと、たくさんのユーザーさんたちが、さまざまな会話をくり広げている。

 学校のこと、仕事のこと、流行のスイーツや、かわいいペットのこと。

 推しのアイドルのこと、閲覧している配信者のこと、インターネットのこと。

 わたしは再びパソコンに向かい合うと、休むまもなくメールボックスを開いた。

「しばらく開いていないうちに、かなりの量の問い合わせメールがたまっていますねえ。まあ、BABELはできたてほやほやのSNSですから、仕方がないですが。どれどれ……」


【同じユーザーネームの人がややこしいです。同じ名前は設定できないようにしてください】

【このアカウントを消してください、早急にお願いします】

【写真の載せかたがわかりません。もっと使いやすくしてください!】


 こんな感じの問い合わせが、百件以上きている。

「SNSの管理人、想像以上に大変ですね。そろそろ、カフェラテ休憩をしたいところですが、もうちょっとだけがんばりますか……」

 ため息をひとつ、ついてから、次から次へとメールをさばいていると、呆れたように名前を呼ばれた。

「なあ、エポ」

「なんですか、バベル」

 ローテーブルでティータイムの準備をしていたらしい、男子が怪訝そうにいう。

 年はわたしと同じ十二歳ほどで、黒のハイネックに、スキニージーンズをはいている。

 灰色のふわふわの髪に、真っ赤な瞳。

 ととのった顔立ちをしているけれど、口からのぞく犬歯は、けもののようにするどい……。

「このクッキー缶のステンドグラスクッキー、味が落ちてる。おれが作ったほうが、だんぜんうまい。作ったやつ……祟っていい?」

「いけません。今のあなたは人間のすがたをしているんですから、もっと、らしくしてください。あなたがこの家に住むとなったときに、そう約束したでしょう?」

 わたしはパソコンから目を離すことなく、答えた。

「ええー。人間っぽくしろってエポがいうから、仕方なくこうやって人間のまね事してあげてるのに。エポのためにがんばってんだよ? おれ」

「人間は、すぐに人を祟ったりしません」

「へいへい。わかったよ、契約者さん。あいかわらず、きびしいなあ。……あ! そういえば、また服を作ったんだけどさあ」

 バベルは人間の服に興味を持っているようだ。

 それも、作るほうの。

 このあいだも、わたしの持っている雑誌をじっくりと読んでいた。

 勉強していたのか、またしても。

 あの、ひらひらした服を作るために。

「どうかな。見てみてくんない」

 バベルが、どこからともなく取りだしたのは、すそに十字架もようのラインがある、セーラーカラーの黒いワンピースだった。

 ゴシック系といった感じで、ところどころにフリルや黒いレースがついている。

「あなた、どんだけ作るつもりなんですか。デザイナーにでもなる気ですか」

「デザイナーってなんだよ? ただ、おもろいからやってるだけなんだけど」

 目を細めて、満足げにほほ笑む、バベル。

「どうだ、エポ。人間ってこういうの、すきなんだろ」

「まあ、すきかもしれないですけど。わたしはネットをやってるほうがすきですね」

 パソコンに目を戻し、メールをさばきながら適当に答えるわたしに、バベルはムッとする。

「ネットなんて、人間の感情のるつぼだぞ。そんなもんがすきなんて、ホントお前は変わってるなあ」

「ん? このメール……」

「おーい。おれの話、もう届いてないな。これ」

 わたしは、パソコンをジッと見つめ、メールの内容をぶつぶつとくり返す。

【ぼくの個人情報を、このアカウントにさらされています。助けてください】

「これは、早急に動く必要のある案件ですね」

 とたん、わたしは流れるようにキーボードを叩く。

 カタカタ、カタカタッ。

 そして、最後のエンターキーを、演奏を終えたコンダクターのように弾いた。

「……BABELは、安心・安全なSNS。それを荒らすものは許しません」

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