第5話 結婚式のビジョン

 いや、嘘だ。解釈はできる。このままを受け入れればいいのだ。

 つまり、わたしとリビファスが結婚して、わたしがフェオトニア国を守る。

 これが、占いの結果。


「このカードの意味は?」


 リビファスの問いを無視して、わたしは席を立った。雨音が弱くなっている。

 わたしは飾り棚の上にあるオイルランプに息を吹きかけ、消した。それからマッチを擦って、再び火をつける。

 この行為自体に、意味はない。平常心を取り戻すための、単なる時間稼ぎ。


(わたしが国を守る? どうして? それに、リビファスと結婚するだなんて……。誰とも結婚したくない。人なんて信じられない。裏切られるのは、もうたくさん!!)


 幽閉されていたとき。侍女のイルーシェも門番も、王家に関わることを一切話してくれなかった。わたしは両親がなぜ殺されなければならなかったのか、知らないままでいる。

 王都に出てきて、図書館の前を何回か通った。けれど、中に入る勇気が持てなかった。両親のことを知りたいなら、調べればいい。けれど、処刑された人間のことを好意的に書いている本があるだろうか?

 悪意も事実も、受け止める自信がない。

 

 ルゥーセントがしきりに「占いの結果は?」と催促してくる。彼はわたしに考える時間を与えてくれない。

 わたしは占い師として、俯瞰して物事を見るための冷静で中立な心を大切にしている。

 けれど両親を殺され、幽閉され、麻袋に入れられて、山奥で一人で暮らすよう強要された。死んだことになっているアンリ姫。そのわたしが国を守らなければならない理不尽な占い結果に、怒りが込みあげる。

 占い師の仮面が剥がれ落ち、個人的感情が力を持つ。

 

「ねぇねぇ、占いではなんて?」

「あなた、うるさいわ! もう一回カードを引いてあげる!!」


 裏になっているカード群の中から一枚引き抜き、表にする。


 浮かびあがったカードは……【結婚】


 血の気が引く。


「嘘……。もう一回」


 カードを引く。白紙のカードから浮かびあがった絵は……またもや、【結婚】


(嘘でしょう! わたしは、絶対に絶対に絶対に、結婚しないっ!!)


 裏返しになっているカードを、全部表にする。

 

【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】【結婚】


 二十四枚のカード、すべてが、【結婚】

 幸せそうな顔をした男女のまわりを飛んでいるハートと天使の絵が憎たらしい。

 リビファスが怪訝な声で問う。


「すべて同じ絵? さきほどの欲望と破滅のカードはどこにいった?」

「答える義務はないわ」


 二十四枚の時のカードに触発されて、未来図ビジョンが眼前に広がる。



 ◇◆◇◆◇◆



 天井の高い、美しい聖堂。色彩豊かなステンドガラスの前にいる司祭が宣言する。


「トゥーレンス子爵家次男リビファスとルシーナが、夫婦となる儀式を行う!!」


 わたしとリビファスは水の入った杯を受け取り、一口飲んだ。

 その直後。わたしは血を吐いた。

 鮮やかな血が、純白のウエディングドレスの前部分を染めていく。

 リビファスの手から落ちた杯が、床を転がっていく。

 リビファスが落とした杯。そこに入っていた聖なる水が床に広がっていく様をわたしは見つめ、それから、自分の手の内にある杯を台の上に戻した。


「せ、せせ、聖なる水は神の祝福のしるし。それで血を吐いたということは、神の祝福の反逆者。つまりは……悪魔。あなたは悪魔なのか!!」


 腰を抜かした司祭が、後退りをする。お尻でずるずると下がる様子は滑稽で、威厳の欠片もない。

 

「ふふっ、ご冗談を」


 わたしは手の甲で口を拭った。手の甲に血がつく。それから、司祭に笑いかけた。


「司祭のプライドを捨てるのがお上手ですこと。素晴らしい演技ですわ」

「な、なにを……」

「あなたが聖なる水に毒を入れたのでしょう?」

「……な、なにを、なにをそんな……根拠のないデタラメを……」

「リビファス様、離れてください! その者は悪魔です!! 聖なる水に拒否反応を示したのがその証拠!!」


 聖堂に響き渡る、美しく清らかな声。

 わたしも、リビファスも、結婚式に参列している客人らも、彼女を見た。

 純白の髪色をした可憐な少女が、バージンロードの真ん中に立っている。


「おかわいそうに。ルシーナさんは悪魔に乗っ取られてしまったようです。わたくしには見えます。ルシーナさんの後ろにいる真っ黒な悪魔が。残念ですが、手遅れです。魂を乗っ取られてしまった。彼女を処刑するしか方法がありません!」


 わたしは笑った。高らかな笑い声が聖堂に反響する。


「あなたがわたしを悪魔扱いするのはおかしいわ。あなたのほうがよっぽど悪魔らしいもの」

「なにを言っているのか、わからない。気が触れた?」

「偽聖女ユラナ。あなたは過去に、わたしの大切な人を殺し、その罪をわたしになすりつけて断頭台に送ろうとした。未来を変えるために、わたしはここにいる」


 

 ◇◆◇◆◇◆

 

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