第3話 三人の花嫁候補

「僕は、ルゥーセント・ウェルライ・グレートスといいます。そっちに立っているのは、リビファス・ミレ・トゥーレンス。あなたの名前は?」


 背の高い男性は愛想のいい声で自己紹介をした。三つ綴の名は、王族や貴族であることを示す。二つ綴の名は、裕福な平民。一つ名は、下級平民。

 わたしは名乗るのを断ろうかとも思ったが、考え直す。リビファスに意識を当てて、与えられた名前を口にする。


「ルシーナです」

「そう。ルシーナ、よろしく」


 貴族と下級市民という身分差があるにもかかわらず、ルゥーセントはにこやかに挨拶をした。

 リビファスは、口元を引き締めたまま反応しない。

 混乱する。


 八年前。わたしを塔から連れ出したガタイのいい男は「アンリ姫。大変に申し訳ないのですが、死んでいただきます」と、言った。

 わたしは殺されるのを覚悟した。けれど男は、森の中にある小さな小屋に案内した。


「姫君という地位も、アンリ・ソノトティーニ・ブルフェイという名も捨て、ルシーナという一つ名で生きていただきたい。一人でここに住んでもらいます」


 それから八年。わたしは無断で王都にやってきた。もし目の前にいるリビファスがあの少年なら、「どうしてここにいるのですかっ!!」そう怒鳴るかと思ったのだけれど……。

 リビファスは無反応。口を開かない。

 その意味を考えたいのに、ルゥーセントは時間を与えてくれない。


「占ってほしいことというのは、ある人の結婚相手についてです。誰と結婚するのか知りたいのです。できるでしょうか?」

「はい。大丈夫だと思います。では、話せる範囲で構いませんので、もう少し具体的にお願いします。秘密は守ります。第三者に漏らさないと誓います」


 目の前にいるリビファスはあの少年なのかどうかは、一旦忘れることにして、わたしはローブのポケットから二十四枚の時のカードを出した。


 わたしは占いの仕事は特に好きというわけではないけれど、人間観察は好きだ。

 態度や話し方に人柄は現れる。横柄な者は、ふんぞり返るように椅子に座り、自己を弁護し、相手を攻撃する。小心者はおどおどした態度をとり、話の内容も語尾も曖昧。自己憐憫が強いものは、憐れんでほしいとばかりに自分の不幸を嘆く。

 占い結果にも人柄は現れる。受け入れるか、受け入れられないか。言い訳に走るか、当たっていないと機嫌を損ねるか。

 欲しい言葉を追い求めて、別な占い師のところに行く人もいる。それはもはや、占いとは呼べない。自己を満足させる手段でしかない。

 

 ルゥーセントという青年は、どうだろう?

 声色が明るく、話に無駄がない。一つ名の占い師に対して、丁寧な言葉で話す。

 一見すると、いい人。けれどわたしは、別な印象を持った。

 自分の腹の中を相手に知られない術を身につけている、油断のならない人物。朗らかさは、その下にある牙を隠すためのもののように思える。

 ルゥーセントは栗色の髪を一つに結んでいるのだが、その髪が犬の尻尾を連想させる。


「将来を期待されている人物がいます。本人もそのことがわかっていて、優秀な血を残すべく、結婚相手を吟味している。それが問題なのです。花嫁候補が三人います。どの女性も美しく、地位のある家柄と優れた才能の持ち主。ですが、その三人の中の一人がどうも怪しい。僕もリビファスも、彼女に対して好ましい印象を持っていません。ですが不思議なことに、誰もが彼女を手放しで称賛する。将来を期待されている人物も、彼女を大変に気に入っている。結婚相手をどの女性に決めるのか、五日後に発表されます。僕もリビファスも不安でならないのです。……三人の女性それぞれについて、詳しく話したほうがいいでしょうか?」

「いいえ、十分です」


 わたしは、目の前に置いていた葉模様のカードを横に滑らせた。横に広がったカードの中から一枚引く。


 出たカードは、【洗脳】


 二十四枚のカードのおもてはどれも、文字も絵もないまっさらな紙。わたしの能力に反応して、キーワードとなる言葉と絵が浮かびあがる仕組みだ。

 なのでカードが一枚あれば十分なのだけれど、特殊な能力を知られないために、二十四枚のカードをあえて使用している。

 白紙のカードに浮かびあがったのは、女が男の耳になにかを囁いている絵。女の目はぎらつき、男の顔はうっとりと酔いしれている。


(男にとって心地の良い言葉を、女は吹き込んでいるというわけね。洗脳というキーワードからすると、真実とはかけ離れた言葉。たとえば、あなたは優秀な人であるとか、あなたほどの素晴らしい男性は見たことがないとか。他の二人の悪口を吹き込むという洗脳もありえそう)


 わたしは不思議な力を三つ持っている。血筋によるものかもしれないが、確かめる術はない。

 まず一つ目は、時のカードを使って未来がわかる能力。

 二つ目は、時のカードに触発される形で降りてくる未来図ビジョン


 カードに浮かびあがったキーワードと絵に触発され、未来図ビジョンが眼前に映しだされる。

 映写機が映しだしたような人物像。映像のおかげで、男性と女性の容姿を知ることができた。

 男性は、宝石のついた黄金の冠を頭に被っている。服装がたいそう立派で、権力者であることが窺い知れる。顔立ちが整っていて、色男の部類に入るだろう。けれど男には軽薄な雰囲気があり、王冠に見合った貫禄や知的さはない。

 映像に付随する形で、情報が降ってくる。


【軽薄な思考。快楽主義者。女好き。傲慢。無知。流されやすい。調子がいい。口先だけ。お化けが怖い。幼稚。単純。犬が好き。政治に興味がない。遊んで暮らしたい】


(宝石のついた立派な冠を被っているということは、王族? でも、政治に興味がないなんて……)


 わたしは次に、女性に目を向けた。純白の髪と透けるような白い肌の持ち主で、可憐な美しさをたたえている。

 女性は、二十代中ばぐらいに見える男性よりも若く見える。二十歳ぐらいだろうか?

 女性は神々しいオーラを放っていて、聖職者や聖女といった神に仕えるにふさわしい雰囲気をしている。

 けれど、わたしは小首を傾げた。

 女性の足元に、真っ黒な影が広がっている。

 

 情報が降ってきた。


【魔物。傲慢な自己愛。悪知恵が働く。サディスト。野心家。権力志向。人間の不幸は蜜の味。人間の血肉が好物】


 

 

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