家族に言ってなかった!

 Vtuberになったからには配信をしなくてはいけない。

 それは私もわかっている。

 意味もなく、Vtuberになることを躊躇していたわけではないのだ。

 配信って言ったって、何をすればいいのか……。

 雑談で何時間も持たせるなんて私には無理だしなあ。

 とりあえず、ロナちゃんに早めに初配信してくれと釘を刺されているので今週の土曜日に枠を取っておいた。

 まったく、今は暇だからいいものの、繁忙期とかだったらどうするつもりだったんだ。

 それに、暇な状態がずっと続くとも限らないし、それだと私生活が困窮してしまう。

 Vtuberとして生計を立てていくつもりもないからね。

 私がVtuberデビューすることに対するこの盛り上がりは、一過性のものだと思う。そんなに長続きするものではない。

 きっと、すぐに飽きられることだろう。

 だって、Vママ会の時とかはロナちゃんが私を弄ることで面白くしてくれたけれど、本来の私は凡人なのだから。

 ソロで配信したら、すぐに面白くないのがバレてしまう。

 でも、それでいいのだろう。流行り廃りが激しいVtuber業界において、こういった話題性を日々作っていくことの大切さは理解できる。

 だから私はそこからはみ出さないように義務的に配信をこなしていくだけなのだ。


 今日も今日とて暇な私は、気ままにデッサンの練習をしていた。

 一応、絵でお金をいただいている立場なので、デッサンの練習はしっかり行うようにしている。

 絵の練習に終わりはないからね。

 とはいえ、昼からデッサンを始めてもう三時間くらい経つので、流石に少し休憩しようかな。

 最近は眼精疲労が酷くて、長時間絵を描けなくなってきた。

 アナログでできたらいいのになと思いつつ、デジタルでやっちゃうんだよね……。

 私は目頭を押さえて、PCの前から離れた。

 時計を見ると、15時30分。微妙な時間だなあ。

 ちょっとカフェでも行ってこようかな。

 そう思い立ち、よっこらしょと腰を上げた時。

 バアン! と扉が開いて、毎日のように聞いている声が飛び込んできた。


「お姉ちゃん! これ読んでみて!」

「え、なに?」

「この漫画のここの台詞!」

「う、うぇ?」


 妹の美彩みさは漫画のとあるページを指さして、私にぐいと近づけた。

 それは、女性同士がベッドで見つめ合っている場面だった。

 私は該当のページの台詞枠を指さして、美彩の方を見る。

 美彩は笑顔でうんうんと首を縦に振った。

 いや、うんうんじゃない。

 台詞としては、「こんな顔見せるの、君にだけなんだからね……?」というもので、この場面を見ただけで女性の同性愛を扱った作品であることが分かる。

 それはいいのだ。問題は、美彩がその台詞を私に言わせようとしていることだ。


「これを私が?」

「そう!」

「なんの辱めだ?」

「辱めとかじゃなくて! お姉ちゃん声だけ・・はいいからさ、そのいい声でこの台詞を聞いてみたいのー! 臨場感出るから!」

「……いつも思うけど私はお前の姉なんだぞ? 普通の妹は姉の声で漫画を補完しないんだよ」

「えー、別にお姉ちゃんの声で興奮してるわけじゃないし……」

「当たり前じゃ! 気持ち悪い」

「お姉ちゃんでもいい声なことに変わりはないじゃん? それにほら、聴いてる時はお姉ちゃんの顔、頭から消してるから! だからお姉ちゃんの声はお姉ちゃんから出てるんじゃなくて、このキャラクターから出てる判定だから!」

「その基準がわからん……声は私だろ……」


 そう、私の妹、美彩は私の声をいたく気に入っているのだ。

 その気に入りようは異常で、美彩の耳元で恥ずかしい台詞を囁かせられたり、寝起きに使うからということでおはようボイス(ダウナー系)を録音させられたり。

 そんな異常行動に付き合わされるこっちの身にもなってほしい。

 しかも今回は、女性の同性愛を扱った作品だ。普通、そんなものに姉の声をあてようとする妹がいるものかね。


「それに、補完したいなら声優とかですればいいじゃん。なんで私なんだよ」

「あ〜、私アニメ声嫌いなんだよね」

「なんだその理由……」


 つくづく、よくわからないやつだ。

 はあ、しかたないか。拒否してもどうせ引き下がらないし、余計こと疲れるだけだ。

 こいつの要求に応えてやるか。

 これが姉妹物だったら断固拒否していたが。


「あーもうほら、分かったからそのページちゃんと見せて。『こんな顔見せるの、君にだけなんだからね?』 これでいいの?」

「わーってないなあ。もっと気持ち込めてよ! まだ私後ろ向いてないし。あとダウナー系でお願いします!」

「はいはい」


 美彩が私に背中を向けて、「はい!」と合図をした。

 もう次で終わらせたいので、私はバカバカしいと思いながらもちゃんと気持ちを込めて台詞を言った。


「……こんな顔見せるの、君にだけなんだからね?」


 少しの沈黙の後、美彩が体をくねくねさせて「あ〜いい」と言った。

 非常に気持ち悪い。これで小学生くらいだったらまだ可愛げがあるけれど、美彩は今年27歳。

 三十路の姉に台詞を言わせて、がる三十路の妹。

 地獄絵図でしかない。


「満足したら早く出てって」

「はーい。お姉ちゃんありがとー!」


 ドタドタと部屋を出ていく妹の背中を見送って、ふうと一息ついた。

 さて、カフェに行く準備だ。

 メイクはまあ、しなくてもいいとして、服はちゃんとしたのを着ていかないとな。

 服かあ……あんまりないんだよねえ……お洒落に無頓着すぎて、服とかにお金かけてこなかったからな。

 美彩は結構お洒落だし肌とかも綺麗で羨ましいな……。


 ……ん、美彩?

 あ、まだ家族にVtuberデビューしたこと言ってなかった!

 え、どうしよう。絵を仕事にしていることも言ってないのに。

 ハレンチな絵でお金儲けしてるなんて口が裂けても言えない……!

 家族に隠れて黙々と絵を描いているだけならよかったのだ。

 でも、配信をするとなったら、喋らないといけないのだから流石にバレてしまう。

 うち、平屋なんだよ……。

 これは困ったぞ……。

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