娘にVtuberデビューさせられる絵描き#1

 ついに榎並春さんとのコラボ当日。

 ロナちゃんから聞かせられているコラボ概要についておさらいしよう。

 まず一つ目。私はロナちゃん立ち会いの下、榎並春さんと対談コラボをすることになる。

 昨日の夜までは嬉しさとか恥ずかしさとか色んな感情が渦巻いていて、ロナちゃんに「棄権させてください...」とメッセを送ったが「無理です」と即答されてしまった。

 その後もロナちゃんになだめられていたがなかなか気分は晴れず、よくない想像はするし胃は痛むしで散々だった。

 でも一夜明けて、「もうやるしかない」と思い至るまでに復調することができたのだ。

 やるとなったら、ちゃんとやりたい。

 推しとお話させていただくのだから、完全なコンディションで臨まなくてはならない。

 そのために私が実践したことは以下の通りである。


 1 喉飴を舐めて喉のコンディションを整える

 2 本の朗読をして舌の回りをよくする

 3 絵師さんの対談コラボのアーカイブを観てトークの勉強をする

 4 溜まっていた食器を片付け、部屋の掃除をする

 5 マッサージ店に行く


 若干大げさかもしれないが、何千人と観ることになるかもしれないのだからやっておいて損はないだろう。

 こんな大舞台で、しかも推しを前にして噛みまくりだったら後で思い返した時に羞恥心で死んでしまう。

 トークの勉強は今更やっても遅いかもしれないが、自分がどういうテンションでいればいいかの学びにはなった。

 私は今回、2パターンの対談を参考にした。

 まず、絵師さん同士の対談。これはほぼ世間話のような感じだった。

 基本的にローテンションで、淡々と世間話を続けていくだけ。

 これは割と私の理想に近い形だったので、今回の対談に存分に活かさせていただこうと思う。

 そしてもう1パターン。絵師さんとVtuberさんの対談である。

 私と同じシチュエーションだ。

 相手がVtuberとあって絵師同士の対談よりも爪痕を残そうとしている感じがあったけれど、基本的に絵師側は肩の力を抜いていたように思えた。

 そして私はこう思った。そうか、リラックスか!

 撮れ高とかトークの面白い部分はロナちゃんに任せて、私はリラックスして臨めばいい。

 それは昨夜ロナちゃんに泣きついた時にも言われたことだけれど、色んな事を実践してようやく意味を理解できた気がするのだ。

 その結果が、5のマッサージ店と繫がってくる。

 心をリラックスさせるならまずは体からということである。

 体をほぐせば、自ずと心の余裕も生まれるだろうという狙いだ。

 その作戦は上手くいき、私はコラボ当日なのにもかかわらずマッサージ店で居眠りをかますという心の余裕を手に入れた。

 しかも、マッサージしてくれた方がとても美人な女性だったので幸せな気分で夢の世界に落ちることができた。


 そして、コラボ概要二つ目。

 今回、私はロナちゃんの枠で榎並春さんとコラボすることになっているけれど、合図があるまで絶対にその枠を見てはいけないことになっている。

 それを聞いた時、え、なんで? と思ったけれどロナちゃんに「サプライズがあるから」と言われて合点がいった。

 ただ、榎並春さんとお話できるだけで私にとっては特大サプライズなので、これ以上何をされても驚けないような気がするけれど。

 つまり、私は配信画面を観ない状態で榎並春さんと対談するということだ。

 シチュエーションとしては、Vママ会の時と同じ。

 ただ今回はゲームコラボではないので、かなり手持ち無沙汰になりそうだ。

 気持ちを落ち着けるためにも、何か落書きでもしていようかな。

 本番になったらそんな余裕ないんだろうけど。




 時刻は19時50分。

 配信開始まで残り10分。

 緊張はピーク。さっきからコーヒーを5杯くらい飲んでいるけれど一向に緊張が止まず、肩が小刻みに震えて胃もきりきり痛む。

 そんな状態の私がすることは一つしかなかった。


『ロナちゃんロナちゃんインドネシアのネシアって島って意味らしいよだからインドネシアってインド島なんだよ』

『知らんかったです…でもなんで今?』

『ロナちゃんロナちゃんエロマンガ島って島が実在するらしいよ』

『母様が地理の豆知識botになってる…』


 そう、娘にメッセでだる絡みである。

 既にロナちゃんと軽い打ち合わせは済ませていて、後はPCの前に座って配信開始時間を待ち、出番になったらディスコードのサーバーに入室するだけだ。

 ちなみに、ロナちゃんと榎並春さんは私よりも先にサーバーに入室している。

 そしてロナちゃんから合図のメッセがあったら、通話に上がるという段取りである。

 和やかに配信が進んで、はいそれではハリヤマさんですどうぞで上がってきた私がガチガチだったら榎並春さんは笑ってくれるのだろうか。

 いやいや、私はクールでいきたいんだ。だからこうして緊張しないロナちゃんにだる絡みしてるんじゃないか。


『時間が迫ってきた…どうしよう吐きそう…』

『大丈夫!母様自信持って!!リラーックス!!』

『リラックスってどうやるんだっけ…』

『まずは深呼吸しましょう!』

『深呼吸?息は口から吸った方がいい?それとも鼻から吸った方がいい?』

『鼻から息を吸い込んで口から吐く!!』

『息は苦しくなるまで吸い込んだ方がいい?』

『苦しくならない程度で!』

『今息を吸い込んだ状態で静止してるんだけど吐くときはどこまで吐けばいい?苦しくなるまで吐けばいい?』

『苦しくない程度に!』

『あれ息っていつ吐けばいいんだっけ』

『今すぐ吐けッ!!』


 私はロナちゃんに介護されながら、何度か深呼吸を行った。

 しかし緊張は収まらなかった。

 むしろ余計心臓がバクバクしてきたような……。


『喋りとか頼んだ。私は置物に徹します』

『いやメインだから!そりゃサポートはしますけど母様も頑張って喋ってください!』

『私は絵の人だからさ...』

『せっかく春さんと話せるんですよ?もう覚悟決めろ!』

『今日が命日なんだ...』

『母様生きて!!ていうかもう時間なので配信準備してきます!呼んだら通話上がってきてくださいね!』


 もはや、逃げることも隠れることもできない。

 配信は観ちゃだめって言われてるから配信を観ながら出番を待つのも無理。

 私は少しでも気分を落ち着けるために左胸に手を当てながら、ロナちゃんからのメッセを待った。

 その時間はとても長く感じられた。実際には数分くらいだったのだろうけれど、私には途方もない時間のように思えた。

 外の寒気からか緊張からかもわからない体の震え。尋常じゃない手汗。

 それらに見舞われ、PCの前から逃げ出したいという気持ちに押し流されそうになりながらもロナちゃんからのメッセージを待っていると、ついに運命の通知音が鳴った。


 もう迷わない。

 ハリヤマ、推しに会いにいってきます──。

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