第3話 連帯責任

 午後十一時三分


 須藤さんに連絡をしてから十分くらい経っただろうか。俺たちは中村さんを目の前にして、一ミリも動けないまま時間が過ぎた。

 須藤さんに用があるなら捜査員用のマンションに行ってもらいたいが、そんなことを言えるはずもなく。


 岡島と飯倉を視界に入れ、鋭い目線で中村さんが見ているのは俺だ。拘束された両手も足も既に解放されてはいるが、俺は一ミリも動けない。


 ――久しぶりだな、この感覚。


 中村さんは敵ではないのは確かだが、味方とも言えない。須藤さんは群馬県警の皆様とは仲良くやってと言うだけだった。


 吉原絵里の男が須藤さんの恋人の真上の部屋を借り、吉原絵里が入居すると彼らから情報提供があった。それで俺たちは動いたが、男の拉致現場を見てしまったから、飯倉と岡島と俺の三人は処分・・されるのだろうか。でもそんな雰囲気は無い。無いが、どうなるかわからない。ここで俺の命が尽きるのか。だったら――。


 ――優衣ちゃんのTバック姿、見たかったな。


 俺は緊張感に満ちたこの空間で優衣香の生Tバックを二度も見逃したことを思い出している。敬ちゃんはどこまでバカなんだろう。もっと他に思い浮かべることがあるだろうに。

 でもまあ、仕方ない。敬ちゃんは優衣ちゃんラブだから、細かいことは気にしない。


 そんなことを考えていると、背後から自転車が迫る音がした。キーキーわめいている。

 俺の正面にいる中村さんも気づいたのだろう。自転車を見たが少し、目が動いた。

 どうしたのかと思っていると頭に衝撃を感じ、俺たちはそれぞれ、思い思いの反応をした。


「痛たたっ!!」

「いてっ!!」

「痛っ……んなっ!!」


 飯倉、岡島、俺の順にピコピコハンマーをフルスイングされたが、中村さんもフルスイングされていた。


「痛っ! 俺も!? なんで!?」

「当たり前でしょ!! バカなの!? 仕事増やさないでよ!! バカーー!!」


 今の今まで殺気立っていた中村さんはしょんぼりしている。何が起きたのか――考える間も無い。玲緒奈さんがピコピコハンマー持参で整備不良の自転車に乗ってここまでやって来ただけだ。

 それぞれピコピコハンマーを一発、俺には二発の通常モードだ。


「中山が体調崩してるから須藤が看病してるのよ。だから私が代わるから、須藤はもうちょっと待ってて」


 玲緒奈さんは要件だけを言って、キーキーわめいている自転車に乗って去って行った。肩に下げたマイバッグからピコピコハンマーの持ち手が飛び出している後ろ姿を、俺たち四人は無言で眺めていた。



 ◇◇◇



 午後十一時八分


 葉梨将由は帰り支度を済ませた加藤奈緒に近寄った。


「奈緒、俺も一緒に……」

「あんたさ、まだ仕事終わってないでしょ?」

「うーん、そうだけど……」


 加藤奈緒は隣にいる葉梨将由を見上げた。


「ふふっ……月餅と胡麻団子を買ってからマンションに戻るよ」


 そう言った加藤奈緒はドアに向かって行ったが、葉梨将由は後ろから加藤奈緒を抱きしめた。


「んあっ!? なにっ!?」

「奈緒」

「ちゅ――」

「ダメ。ダメ、絶対」

「んふふっ……」


 葉梨将由の顔を見上げる加藤奈緒は、葉梨将由に向き直った。そして、二人は唇を重ねた。



 ◇



 同時刻


 捜査員用のマンションの外廊下を歩く松永玲緒奈は大きな溜め息を吐いた。


 折り畳み自転車を壁に立てかけ、ピコピコハンマーの入ったマイバッグから鍵を取り出して玄関を開けている。玄関には須藤諒輔がいたが、松永玲緒奈の表情を見て、目を伏せた。


「お疲れさまです」

「もー!! あのバカども!」


 玄関を施錠した松永玲緒奈は靴を脱いで廊下に上がると、スリッパを履いてリビングに向かった。

 その後ろをついて行く須藤諒輔は苦笑いを浮かべている。


 リビングに入ると、松永玲緒奈は漂う匂いに気づき、キッチンへ行った。コンロにある鍋からは湯気が立ち昇っていた。

 松永玲緒奈はその鍋の中を覗き見て、後ろにいる須藤に食べて良いか訊ねた。


 須藤諒輔は「中山にも食べさせてやって下さい」と言い、シンクにあった両手鍋を洗い始めた。


 松永玲緒奈は、マンションへ来る途中に四人に会ったと言い、ピコピコハンマーで四人まとめて叩いて来たと言うと、須藤諒輔は口元を緩ませた。


 須藤諒輔の傍らにいる松永玲緒奈は、背後から話しかけた。


「あのね、奈緒ちゃんが結婚するって!」

「えっ! 本当に?」

「うんっ!」


 嬉しそうに頬を緩める松永玲緒奈に、須藤諒輔は口元を緩ませた。



 ◇



 午後十一時十二分


 須藤諒輔を送り出した松永玲緒奈は、男性用仮眠室のドアをそっと開けた。


 窓際のベッドに寝ている中山陸の寝顔を見て口元を緩め、部屋の明かりを点けずにドアを開けたまま中山の元へと行く。

 ベッドサイドに正座して、中山の顔を見ていると中山陸は目を開けた。


 松永玲緒奈は中山陸の額にそっと手を当て、「まだダルい?」と聞く。

 中山陸は首を横に振って答えると、ベッドに頬杖をついて見下ろしている松永玲緒奈を直視出来ないのか、少し恥ずかしそうにしている。

 その表情を見て頬を緩めた松永玲緒奈は床に置いてあったスポーツドリンクを取り、中山陸に渡した。

 中山陸は起き上がり、スポーツドリンクを少し飲んで、口を開いた。


「あー……熱中症なんてバカですよね、本当にすみません」


 その言葉に反応したのか、松永玲緒奈は少し強い口調で言う。


「その為にピーポくんは二人体制になってるんだから、無理しちゃダメって言ってるのに……もー!」

「中に人などいませんけど」

「うん、そうだけどさ」


 中山陸はスポーツドリンクを一口飲み、照れを隠すように下を向いた。


「食欲は? チキンスープがあるけど」

「ああ、ありがとうございます。頂きます」

「ふふふ……食欲があるなら大丈夫だね」


 中山陸はベッドから出て、松永玲緒奈と共にリビングへ行った。



 ◇



 午後十一時十六分


 加藤奈緒はホテル一階の土産物店にいた。


 胡麻団子と月餅を注文し、店内を見回していた加藤奈緒はフォーチュンクッキーを手に取り、少し口元を緩ませた。


「これもお願いします」


 会計を済ませた加藤奈緒は店外に出た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る