第二十二話 施し
三人が生き残る。それはつまり、残りの≪撲殺≫と≪銃殺≫を協力して殺そうということだ。『生き残ること』に重きを置くのだったら願ってもない誘いだ。
業は一考して、決めた。
「いらない」
「……そう?」
「ああ」
「もったいないなぁ。楽に勝てる手段があるのに。君は復讐がしたいんでしょ? 寄り道してていいの?」
「ああ。俺は復讐する。そのために参加した」
業は≪模倣犯≫を見つめる。恐れはない。怒りも怯えもない。あるのは決意。
無表情ゆえにわかりにくい心情も、近くの人間にはわかってしまうときがある。シュナは根拠のない確信をそう簡単には信じない。だからこそ怪しんだ。『業』という人間は、何なのか。
「悪とみなされた
業ははっきりと喧嘩を売った。「悪を裁く」という≪模倣犯≫の信条を踏みにじった。
≪模倣犯≫が不敵に笑う。今この場で殺してしまってもいい。≪模倣犯≫は現状、目に映る状況で、どのような殺し方があるかを想定する。ダッシュして撲殺するもよし。絞め殺すもよし。捕まえて、台の角に打ち付けて殺すもよし。穴という穴に異物を突っ込んで捻じるもよし。骨を一か所ずつ折って行くもよし。足の骨だけ折って、階段から何度も突き落とすもよし。とりあえず、捕まえるところからがスタートだ。
唾液が溢れ、零れ落ちそうになる。慌てて啜って、冷静を装う。
「君は君で正義を貫くかぁ。いいよ。信念のある人も大好きだ」
「……」
「それじゃあ、本題に戻ろう。君の妹さんの話をしよう」
足を組む。肘を置いて、頬杖をついた。片手で促されて、業は一息ついた。
✢
母との二人暮らしは崩壊していた。離婚して、涙ばかりの慰謝料のため、母は働きに出た。その間、男児は見ず知らずの人間に教育されていた。思想、知識、情操。世間一般から見たら異質な内容のものばかり。
母は喜んだ。男児が着実に目的の未来へ進んでいるという評価を得るたびに。男児を褒めた。男児は喜んだ。男児の世界はとても小さかった。
小学校に上がる前。母が懇意にしていた団体が崩壊した。摘発されたのだ。父のように過程を壊されたと訴える団体が、裁判を起こした。
母は糾弾された。仕事は辞めざるを得なかった。団体上層部は連絡がつかなくなった。男児は突然変わった生活に戸惑い、母に泣きつく。
「どうしたの?」
「……」
「ぼく、おべんきょうしないの?」
「……」
「おかーさん、ぼく、まだがんばるよ」
「……さ……」
「おかーさん? どうしたの? げんきないの?」
「うるさい!!!」
5歳は突き放された。何か良くないことが起きたこと、母が笑ってくれないこと、自分の世界がどこかへ行ってしまったことを悟った瞬間だった。
父とはたまに会っていた。大きくなってからは父よりも勉強のほうが大事になっていた。たまにしか合わない親よりも、ちやほやしてくれる他人をとったのだ。今更会いたくなっても、もう遅い。
小学校はつまらないものだった。慣れ合いも、学習も。奇声を発したり、ものに当たる母を見ていたくなくて、無理やり学校に行っていた。風呂は前回入った日付を思い出せないくらい間隔が空く。給食は食べていたが、家での食事は酸っぱいにおいがするものばかり。歯ブラシは気が付いたら真っ黒になっていた。洗濯機の使い方がわからなくて、いつも水洗いの生乾き。服は穴が開いたら重ね着した。
自分も、周りも、お互いを避けた。それが気楽で、男児の自尊心を守っていた。
中学からはまだ少しまともだった。制服。機械の使い方を理解した。生活保護を受けていたから給食も食べれた。自分の状況が他人から見てもしっかり察せられるようになって、余計人が寄り付かなくなった。成長期の体は空腹に耐えられず、昼前はよく腹を鳴らしていた。
高校にも入れた。中学から働く道もあったが、役所の人間が勧めてくれた。高校を卒業してからの方が就職先も広がるだろうと。けれど貧困はかわらない。常に腹を空かせている。衛生面には気を付けるようになったが、高校からは給食がなかったので苦痛は増した。
「あんた大丈夫? アメちゃんあげよっか?」
いつものごとく、頭を伏せて、眠ることで空腹を紛らわそうとしていたとき。唐突に話しかけられた。男児に向けての言葉だと理解できなかった。
「シカトかいっ。まあいーや。置いとくね。次移動教室だぞー」
コロン。耳元で音がした。まさかと思った男児は、物音がしなくなってから頭を上げた。さぼり常習犯の彼に声をかける生徒も教師も、今はもういない。はずだった。
机の上で転がる、棒付きキャンディー。周りを見渡しても、同じように雨がのっている机はなかった。あの言葉は自分にかけられた言葉だったのか。他人から認識されたのは、いつぶりだろうか。
それでも習慣は変わらない。授業中は寝て他人との接触を避ける。その後も同じ声に声はかけられたが、すべて反応しなかった。そのうち声をかけられることはなくなった。
学校では。
家の近く、ではない公園。小さくほとんど遊具は置いていない。子どもはつまらないと早々に飽きて、別の公園へ行く。たまに散歩する高齢者がいるぐらいの場所。男児が夜中まで時間をつぶしていた場所。二つだけのブランコの片方に腰掛け、太陽が落ちるのをただただ肌で感じている。
「あんた、ここに来てるんだ」
こげ茶と毛先が金になった髪と、短いスカートと、はだけた制服を着こなした。聞き覚えのある声の同級生が話しかけてきた。
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