第十八話 交渉
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1時間前。
「おやぁ? シュナと良い人じゃないかぁ」
「≪模倣犯≫……」
窓辺に座る≪模倣犯≫と相対した、業とシュナ。3階の窓辺というのは多少は外を見張らせる場所のはずだが、≪模倣犯≫がいる場所以外の窓は鉄板で閉じられている。≪模倣犯≫の座っている場所は、まるで内側から外側に何かを突き刺したように解放されていた。周辺は、今更に思うが血と内臓が散らばっている。壁も凹み、大乗の瓦礫があり、戦いがあったことは想像に容易い。業は、その戦いの最中にいたのは、おそらくは≪撲殺≫だろうと漠然と考える。ここまでの現状を作ることができる相手を、≪撲殺≫しか思いつかないというのが主な理由だが。
「どうしたんだい? わざわざ僕の前にでてきて」
≪模倣犯≫は月明りを背に、目を細めて笑う。
血濡れた美少年は、生臭い匂いを風に運ばせる。シュナは匂いに顔を歪ませる。
「交渉に来た」
「交渉?」
業は一歩前に出る。シュナは承知のうえで、その場に留まった。≪模倣犯≫は笑みを絶やさぬまま、業の動きを見続ける。距離にして、3メートル程度の距離を開けて止まった。業の主な武器、サバイバルナイフでは微妙に届かない。≪模倣犯≫という名前だけでは戦闘スタイルの想像がつかない。
3メートルというのは、『少なくともこちらから手を出すつもりはない』という表現でしかない。
「≪撲殺≫を仕留める」
「へぇ。がんばって」
「頼みがある」
「言ってみて」
「≪銃殺≫の仕留めるのを手伝ってほしい」
「交渉になってないなぁ。僕にとってのイイコトがないよ」
窓辺から降りた。≪模倣犯≫は長い足を5歩進める。業よりも背は少し小さい。
見下ろす業と、見上げる≪模倣犯≫。話はまだ、終わっていない。
「何かあるんでしょう? 君が僕に話しかける、何か。じゃないと、僕のことを聞いているはずなのに、こんなストレートに話しかけてくるはずがない」
≪模倣犯≫はなりの背後に回る。シュナを一瞥して、にっこりと笑った。流れるような動きで、業の両肩に手を置く。
「君は慎重な人だ。しばらく出てこなかったよね。僕は殺した相手の首からチョーカーを奪ってるんだ。知らないでしょ、内側には教室名が書いてあるんだよ。≪銃殺≫や≪撲殺≫が出入りしていた部屋は知っているし。開けていない部屋には印をつけていたんだよ。そこが、ゲームが始まってしばらくしてから開いた。ずっと中で生きていたんだ。聞いたことがあるけど、食事を配るのは最初の数日間だけなんでしょ? しかも授業態度に寄るらしいじゃないか。どれだけもらったのかは知らないけど、それを食いつないでいたんだろうね。素晴らしい。何が起こるかわからないなかで、食べつくす選択をしなかったのは素晴らしいことだ。先を想定した考えを持てることは何事にも役立つ。
そして出合い頭の戦い。教室の目の前の女性の死体は君だろう? まだ死体は新しい。刺し傷のある死体はなかった。僕が殺しちゃったかもしれないけど。新たな勢力が出てきたと覆ったら、その部屋の印が裏付けた。
まさかシュナを助けてくれるお人よしとは思わなかったけど、結果、僕は感謝しているよ。シュナは僕にとって大切な人だ。殺されないでほしい。二人で生き抜きたいんだ。だから本当に感謝しているよ。ありがとう。
でも、君は交渉しに来たんだろう? 借りを作ったとも思ってはないけど、「借りを返せ」と言われたら飲む気ではいたんだよ。どういうつもりなのか、教えておくれよ」
耳元に寄せられた唇が、まるで刃物の様に鼓膜を刺激する。表情は変えない業の肌にも汗が滲んでいた。窓から風が吹いてくる。汗をかいた体が冷やされる。瞬きを忘れた目が乾く。
つい。無意識に。仕込んだナイフに向かって手が伸びた。
そこに、≪模倣犯≫の手がスルリと滑り込む。
「君の手はマメだらけだね。よく頑張ったんだね。君は相当に復讐心が高い。この企画にかける想いは相当なんだろうね。けれど逆に、ひどく怯えている。殺すこと、もしくは殺されること自体に恐怖している。それは人間としては不思議なことではないけれど、この企画に参加する人間としては違和感がある。復讐を迷っているわけではないだろう。むしろ復讐相手にしか殺意が向いていない。他の人間を殺すことは避けているようだ。歪だね。すごく気になるなぁ。なぜ、君はこの企画に参加したの? そこまでして殺したい相手というのはどんな人?」
耳につく喋り方で、業の意識を縛る。
視線を窓に向けたままの業は、一本に結ばれた口を少しだけ動かした。閉じて、また少し開く。それを繰り返し、何度目か。
「俺が、殺したいのは」
「うん。殺したいのはぁ?」
「……妹だ」
「妹さんかぁ」
絡ませた指をぎゅっと握られ、業は肩を揺らした。≪模倣犯≫は「それはどうしてー?」と話を深掘る。
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