第十一話  四人


 

     ✢



 部屋に時計はない。時計の音の代わりに、刃を磨く不規則な音が室内に広がる。業はサバイバルナイフを丁寧に磨き、拭く。その場に順応したシュナは小さく縮こまり、黙々と作業をする業を見つめていた。その間はアナウンスですらも無言で、故障でない限りは動きはないのだろうと判断する。

 最後の一本の手入れが終わった。業は自分の衣服のいたるところに仕込んでいく。なぜ何十本も仕込めるのかと、シュナは疑問に思った。けれど、そんな些細なことを聞く度胸はなく、ただ口を噤む。業はこの時のために準備をしていただけのことなのだが、それを知る由はない。それだけ、業はこの時のために時間を費やしてきたのだ。


「……業さん」


 シュナに背を向けていた業が振り返る。まだ片付けられていないサバイバルナイフがその手に握られていて、名前を読んでしまったことを後悔しそうになった。けれど、刃は地面を向いている。自分に向けられているわけではない。シュナは自分に言い聞かせ、固くなった顔と、舌と、頭を無理に動かす。


「なんで、参加したんですか?」


 シュナを見る業の目に光はない。業の背後にある光が、鈍く光っていた。しかりに寄って象られる業は、何故かとても、とてもくらい。表情は見えない。おそらく無表情。けれど何も考えていないとは考えられない。そういう内容だからだ。ただ殺し合いがしたいだけではないのは、シュナが生きていることが一番の証明だ。何か理由があるのは間違いない。無表情にさせる理由が、シュナには想像できない。


「……お前は」

「は、い」

「囚人だな」


 どちらかの胸が、大きく鼓動を打つ。問われたシュナは大きすぎる目をより大きくして、きらりと光を反射した。

 業の疑問には、返答せずとも答えが出ている。シュナにチョーカーはついていない。チョーカーは参加者の証だ。チョーカーがあるから、安全圏がある。チョーカーがないのは、安全圏がない。つまり参加者側ではない。なにかしらの罪を、それも死刑に相当する罪を犯した囚人だ。

 シュナは、ただ復讐の復讐のために用意された、生きる標的、囚人だ。


「はい」


 今までではっきりと答えた一言だった。どこか自信を持っているようにも見える表情。力強い目をしていた。


「そうか。どんな罪を犯した」

「罪……」

「……答えられないのならばいい」


 物言いた気に表情を曇らし、目線を落とした。業は少し待ってから、シュナを見るのをやめた。背を向けたときに「あ……」と声を漏らしたが、業は背を向けたまま、再度振り向くことはなかった。

 どちらの質問にも答えず、沈黙がやってきたとき――


 ―― 200ポイントー!! ≪模倣犯≫! 復讐者たちを差し置いて200ポイントに到達しましたー!!! ――


 特にテンションの高い声が鼓膜を射す。一人桁違いな人物が、業が0ポイントである裏で暗躍し、暴虐の限りを尽くしている。

 アナウンスが流れた場所を見上げながら、シュナはぽつりとつぶやく。


「≪模倣犯≫……」

「シュナ」

「は、はい!」


 ぬっ、という効果音とともに、シュナの顔に影が射した。しゃがんでいてもガタイが大きいことを知らしめる業が、目の前に迫っている。先程とは違った様子で目を見開いたシュナは、ついつい大きい声を出してしまい、咄嗟に口を押えた。


「情報を寄こせ」

「じょう、ほう……?」

「なんでもいい。ゲームが始まって五日間、どんなことがあったのか。誰がどんな武器を使っているのか。特に高得点者の奴らについて、何か知っているか?」

「あ……えと、はいっ」


 シュナは知る限りの情報を、手早く伝えた。


 ≪模倣犯≫。アナウンスで特に流れてくる囚人。その名の通り、殺人は『模倣』している。本やニュースで語られた殺害方法を、時と場合によって使い分けている。ただこだわりがあってその方法にあてはめているのではない。状況に合わせた殺し方を取捨選択している。本土では罪に囚われたが逃走していた者を見つけ出して殺していたという。本人も追われる立場になってもその行動は続いていた。恐ろしいほどに臨機応変な対応力こそが、≪模倣犯≫の恐ろしい所。罪人や、未遂であってもその気がある人間に対しては容赦しない。


 ≪銃殺≫。ゲームが開始して数日は名前が挙がっていた復讐者。業が動きだした日にはもう名前を聞くことはなくなっていたのだが、シュナ曰く死んではいないだろうとのこと。それは、上から発砲音が聞こえることがあるからと。業とは全く逆の行動をしている。初日からポイントを集めた後、自分に有利な場所を陣取っているのだという。それは屋上で、一つしかない入り口に狙いを定めている。銃という距離と威力、そして場所というアドバンテージを活用しているらしい。相手が来ない以上は荒稼ぎもしないつもりなのだろうというのはシュナの見解だ。


 ≪撲殺≫。野蛮な風体と言動の復讐者。復讐者というよりはただ殺し合いや戦いが好きなようで、標的を見つけたら一目散に追ってきて、笑いながら人間をミンチにしている。ただし分の悪い戦いは避ける冷静さはあり、≪銃殺≫とは戦っていなさそうだという。逆に≪模倣犯≫とは何度もりあっており、≪模倣犯≫が≪撲殺≫から距離をとっている様子。


 ≪毒殺≫。先程、自身の安全圏に逃げ込んだ復讐者。基本、安全圏周辺でしか活動していない様子。かつ、シュナのような女を中心に襲っているらしい。安全圏周辺には女の死体が多く転がっていたが、いつの間にかなくなっている。もしかしたら≪毒殺≫が何かに使っているのかもしれない。対象を絞っているうえによく引きこもるので、アナウンスでは名前は流れにくい。


「差し出がましいようですが、もし今から殺しに行くならば、私は≪模倣犯≫を推します」

「理由は」

「厄介であることと、ポイントをたくさん持っているからです。≪模倣犯≫を殺せたら≪毒殺≫のように引きこもっていてもいいかと思います。もしくは≪毒殺≫が出てくるのを待つか、と思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る