第21話「仲直り」

 ライリーさんの大剣から繰り出される攻撃を受けていたモンスターは、短時間でみるみるうちに小さくなり、やがて跡形もなく消滅してしまった。


 勇者のシリルもそうだけど、魔法使いルーンさんや今回初めて会った剣聖ライリーさんは、世界でも最強の人たちなんだと今更ながらに実感をした。


 私たちはなんなくモンスターを倒し、地上に降り立ったライリーさんと合流して、とりあえずロッソ公爵邸に戻ろうとシリルが乗ってきた馬車がある場所へと歩いて向かった。


 今ヴェルデ侯爵家に到着したらしい治安維持専門の騎士団の責任者が、何があったのか詳しい事情を知りたいと言ったので、先に捕らわれていた被害者のルーンさんが手を上げて彼が説明することになった。


 シリルに知らせたその足で、ジャスティナがこちらの騎士団にも通報してくれたらしい。


 先ほど王都へと召喚されて何が起こっていたのか、まだよくわかっていないライリーさんも、説明があるならちょうど良いと騎士団本部へと向かうルーンさんと同行することになった。


 そして、シリルと二人で先に帰ることになった私は、ロッソ公爵家の馬車に乗る直前に、幼い頃から見覚えのある紋章のある馬車を見つけて、体が自然と動いてそれに向かって走り出していた。


 私がそこに着く前に扉が勢い良く開いて、やっぱりそこに居たジャスティナが飛び出してきた。


 久しぶりに見た彼女はお洒落な彼女らしくなく、動きやすい飾り気のないドレスを着ていた。


「……フィオナ! ああ。フィオナ、無事で良かったわ。怪我もなくて、本当に良かった」


 しみじみとそう言って嬉し涙を浮かべるジャスティナの柔らかい体を抱きしめて、私は彼女がどれだけ私のことを心配してくれていたのかを知った。


「ジャスティナ……ありがとう。貴女がシリルを呼んで来てくれたんでしょう? あの時にシリルが来てくれなかったら、私……」


 それを思えば、本当にゾッとした。


 あの時にエミリオ・ヴェルデの思惑通りにすぐにシリルと離婚させられて、彼と結婚させられたとする。


 そんな彼は私と前夫となるはずだったシリルを、絶対に会わせたくはないはずだ。


 ヴェルデ家の妻となった私が療養だと称して姿を消していれば、王にも家族にも手は出せなくなる。そんな風に無理やり結婚させられて幽閉のようになってしまう話は、嘆かわしいけどいくつか耳にしたこともあった。


 心配する家族は誰が書いたかわからない手紙を見せられ生きている証拠だと言われ、どこかに閉じ込められた私は生きているか死んでいるかもわからない存在になってしまうだろう。


 彼女のおかげで、それを回避することが出来た。


「ううん。良いの……私がしたことに比べれば……本当にごめんなさい。フィオナがどれだけ傷ついたかを思えば、私には何の言い訳も出来ないわ」


「……ジャスティナ」


 ジャスティナは常に凛として堂々としていた彼女らしくなく、憔悴(しょうすい)した様子で肩をふるわせて泣いていた。


 あのエミリオ・ヴェルデが長い時間や多くの手間を掛けて、私のことを自分の思い通りになる存在にしようとしていたことを、今では知っている。


 彼がそれをするためには、まず最初に上手く言って取り込まなければならないのは、私の幼馴染みで親友のジャスティナだった。


 私も彼を気に入っている様子だしと両思いの二人を橋渡しするのならと、彼からの頼みを軽く引き受けたジャスティナには、一年の間に何度か違和感を感じていたはずだ。


 けれど、自分を心から信頼している私には、それを言えなかった。


 あまりにも私が彼女のことを褒めていたから、これではガッカリさせてしまうかもしれないと思い怖かったのかもしれない。


 ジャスティナは沢山の美点を持っているけれど、もちろん欠点だってある。もし彼女を親友だと思うのなら、私はそういう悪いところだって受け止めるべきだった。


 私たちは若くて未熟で……まだまだ人生において学ばないといけないことが、多いのだから。


「あの……ジャスティナ」


 呼びかけた彼女は肩をびくんとふるわせて、泣きながら私の目を見た。


 ジャスティナの恐れを抱く目を見て、私は彼女が何が嫌だったかを理解した。


 ジャスティナは親友の私を失ってしまうのが怖くて、だから、何度もおかしいと思いながらも、私に何も言えなかった。


 過去に間違ってしまった人を、切り捨てるのは簡単だ。


 けれど、そこに私への愛情があれば?


「……私。ジャスティナが私のことをどれだけ大事に思ってくれたかを、ちゃんと理解したわ。シリルから聞いたの。私に何かするかもしれないって、彼をずっと見張っていたんでしょう。結果的にあのエミリオ・ヴェルデに騙されてしまっていて……それを、私には言えなかったことも、ずっとつらかったのね」


「フィオナっ……」


 誰もが褒めそやす美しいジャスティナは、小さな子どもみたいに顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。


 幼い頃から一緒に居た私は、ジャスティナは本当は不器用な性格で、精一杯頑張って今の姿であることを理解してあげなければいけなかった。


「……ごめんなさい。私……あの時、信じていたジャスティナに裏切られたと思って、ひどいことを言ったわ。けど、私だってこんなに大事なジャスティナのことを……居なくなってしまったら良いのにって思ってた。そうしたら、私にも目を向けてくれる人が居るのにって……」


 それは、まぎれもなく私の大きな間違いだった。


 彼女は勇気を出して私に自分が間違っていたと真実を教えてくれたのに、私はそれを受け止めきれなかった。


「やっと……私に本音を言ってくれたわね。フィオナ。けれど、全部誤解だわ……エミリオ・ヴェルデがあんな風に手を回さなかったら、フィオナはきっと人気者になっていたはずよ」


 もし、そういう時間になっていたら、なんて。思うのは、本当に無駄だった。


 なぜなら、私は今現在、とても幸せだもの。


 もしもを欲しがるのは、現状に満足出来ていない人だけだと思う。間違えても軌道修正して、今が幸せならば、それで良いと思えるもの。


「ふふ……どうかしら? 中途半端に男性に声を掛けられても人気者の幼馴染みに嫉妬して、もっともーっと! 嫌な女になっていたかも」


 肩をすくめて彼女の前で見せるいつもの私のようにそう言えば、涙を浮かべていたジャスティナはくすくすと笑い出した。


「それを言うなら、親友の危機を知らせなかった私は、稀代の悪女になってしまうわ。けど……フィオナ。あんなに素敵な旦那様は、きっと世界に一人しか居ないわね?」


 そう言って彼女は目配せをしたので、私の背後に居て待っていてくれている人を示したのだとわかった。


 こうしている私たち二人を見ている彼が、どんな表情をしているのかも。


「それはそうよ。だって、シリルはこの前に世界を救ってくれた……たった一人しか居ない、勇者様だもの」



◇◆◇



「……フィオナは、良い友人に恵まれたね」


 後から馬車に入って来たシリルは車窓からジャスティナと手を振っていた私に、にこにこしてそう言った。


「そうね。そう思うわ。シリル。誰だって、嫌な部分や間違ってしまうことはあるけど……ジャスティナはちゃんと謝ってくれたし、こうして時間や手間をかけて私への愛情を示してくれた。だから、すぐには何もかものしこりが消えて解決出来る訳ではないけど……ゆっくり、わかり合っていきたいと思えるもの」


 やがて馬車は動き出し流れていく風景に、私はそう思った。


 信頼は確かに積み重ねていくものだけど、間違いを犯さない人なんて居ない。


 誰が何を言おうと私とジャスティナの両方が許し合いたいと思って続くのなら、それが二人の関係なのだから。


「良いね。俺もフィオナと、そういう夫婦になりたい。長い時を一緒に過ごせば、嫌なところも出てくるだろうけど……喧嘩をしたとしても、確かな愛情があればわかってもらえると思えば、気持ちは楽だから」


「でも……シリルに、嫌なところなんてあるの?」


 だって、何もかもが完璧な恋人で夫に思えているのに。私は本当にそう思ったんだけど、シリルは微妙な表情になって大きく息をついた。


「あるよ。いっぱいあるよ。勇者だし憧れの存在であらねばならないから国民の前では良い顔してるけど……妻のフィオナの前では、本来の俺で居たい」


「……そういえば、ルーンさんがシリルって寝相悪いって言ってた」


 確か彼の友人のルーンさんが、前にそんなことを言っていたと思い出した。


 けど、そう言う部分も可愛いと思ってしまうので、すでにシリルを大好きになってしまった私は何でも許せると思えてしまった。


「え。待って! それは、もう俺の努力でどうしようもなくない? ……っていうか、あいつにどこまで聞いたの? やめて! 俺の話は、俺から聞いて!」

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