第3話「結婚」
「そんな訳で、シリルは頼むから聖女のベアトリスと結婚してくれと王様に泣きつかれて、困り果ててたんだ。俺が言ったんだよ。もしかして、シリルが既に誰かと結婚をしていたら、流石に向こうも離婚せよとは言わないんじゃないかってね」
シリルさんの話を補足するようにして、ルーンさんは淡々と語り、私は先ほどの彼の奇行をなるほどと納得した。
「それで……酒場の前で、あんなことを?」
聖女ベアトリス・ヴィオレと結婚したくないシリルは、酒にも酔っていたしもうどうにでもなれとばかりに、酒場の前で王命に逆らうための結婚相手を募集していた……と?
「そうそう。言った俺はほんの冗談のつもりだったんだけど、マジでやると思わなかった」
あれをやってみればと言い出したルーンさんは、この事態に責任でも感じているのか、息をついて天を仰いだ。
「けど、こうして可愛い結婚相手が見つかったんだから、やって良かったよ。あ。借りた看板を、直しとけよ。ルーン」
「……わかってるよ」
私が彼ら二人の会話がわからずに首を傾げていると、シリルは気が付いてくれてにこっと笑顔になった。
私は彼の笑顔を見て、心臓が止まるかと思った。
だって、異性からそんな表情で微笑まれた記憶なんて、私にはないからだ。そう。本命ジャスティナの仲の良い友人である私になんて、そんな好意的な顔を向ける人は居ない。
「フィオナ。紹介するよ。見ての通り、こいつは魔塔所属の魔法使いでルーン・ヴェメリオ。便利な魔法を色々使うことが出来るから、看板の文字替えなんて、お手のものなんだ」
ここまでの会話で薄々理解していたけど、ルーンさんは勇者ご一行の一人魔法使いだったみたい。
厳しい魔塔に所属しているとなると魔法使いとしてかなりの技量を求められるから、きっと若くして優秀な人なんだろう。
「魔法使いだからって、便利に使われて本当にうんざりするよ。それで? 王様には、どう伝えておけば良い訳?」
「俺はノワール伯爵家のフィオナ嬢と結婚するので、申し訳ないが、ヴィオレ家との縁談は辞退したいと」
「と、なると……早々に、婚約ではなく結婚しているという既成事実が要るな。あんたは? 本当に、それで良いの?」
いきなりルーンさんに話を振られたので、私は慌てて頷いた。
結婚相手を急募していたシリルに、応募したのは私だ。それに私が意見をくつがえし、ここで逃げてしまえば、彼は意に沿わぬ相手と結婚させられてしまうだろう。
となると、勇者シリルさんと結婚したくない理由が見つからない私は、うなずくしかない。
「だっ……大丈夫です! 私なんかで、お役に立てるのなら」
「良し。それでは、すぐに結婚しよう。明日ノワール伯爵家へと、ご挨拶に行く」
即断即決と言わんばかりにシリルは頷いたので、こちらの方が慌ててしまった。
「少し、待ってください! けど、勇者様なら、誰とでも結婚できるのに、私なんかで、本当に良いんですか?」
縁談が降るようにあって相手を選んでいる大人気のジャスティナだって、勇者として何もかもを持つシリルが結婚したいと申し込めば、すぐに了承してしまうはずだ。
それなのに、私なんかで大丈夫なの?
「良いよ良いよ。なんで、そんなにフィオナは自信がないの? 何か、嫌なことでもあった? 俺は結婚出来て嬉しい。これから、二人で楽しく生きていこう」
人生において割と深刻な決断をしたはずなのに、シリルはなんでもないことのように頷き微笑んだ。
彼の明るい笑顔を見て、やっぱり不安になってしまった。後々になって、これは話が違ったと言い出されるかもって思ってしまって。
「……あんた。これから、大変だと思うよ。シリルには、他人の気持ちを理解するって、難しいことだから……けど、両者が結婚したいと思っているなら、何の支障もない。俺たちは討伐の報酬で貰った爵位もあるし、フィオナの両親も反対はしないだろう。ヴィオレ伯爵との確執もあるだろうしなー」
確かに私のお父様と、ヴィオレ伯爵の不仲は有名だ。
けれど、彼の娘は聖女ベアトリス様だけなので、ヴィオレ家と直接の繋がりのない私には何の関係もないことだった。
「明日、挨拶に行って了承を貰えたら、結婚証明書にサインを貰ったら良いかな? 流石にもう同じ家に住み出した二人に、離婚しろとは命令出来ないだろう」
「……それで、良いの? フィオナ」
さっき名前を知り合ったばかりで早急過ぎる展開に目眩がしそうだけど、シリルが今ある差し迫った状況を思えば、それも仕方ないことなのかもしれない。
聖女に脅されている王様が、これ以上とんでもないことを言い出さないとも限らない。
「だっ……大丈夫です……!」
◇◆◇
そして、約束通りに雨の降る夜道を、酒場近くで待っていた立派な馬車で送って貰った翌日。
貴族の訪問に相応しい服装を着て多額のお金を手にし、シリル・ロッソは我がノワール伯爵家へとやって来た。
私も両親を前にした彼の会話で、シリルの持つ爵位を初めて知ったんだけどなんと通常なら王族の血に連なる者に与えられる公爵位だった。
世界を救ってくれた勇者なのだから、そのくらいの報酬は妥当だということなのだろうか。
だから、シリルは若きロッソ公爵として私に求婚しにやって来たという訳だった。
彼の顔を知っていたというお父様は、シリルが現れた時から終始歓迎している様子で、とにかく今日にでも結婚証明書を提出した後に、すぐに同居したいという彼の意向も「娘がそれで良いのなら」とすんなりと受け入れた。
お母様も今まで噂でしか聞いたことのない勇者の訪れに最初は驚いてはいたけど、彼が持つ高い身分や私の結婚準備費用にとシリルが用意してくれた金額を聞くと、あからさまに好意的になっていた。
本当に、現金なんだから。
普通なら貴族が結婚する時は婚約した後で公示期間が必要なんだけど、そこもお父様とシリルが協力し、力技で何とかしてしまえたらしい。
そんなこんなで、その日の内に私たちは結婚証明書を提出し、私はシリルが急遽購入したという邸の中に三日後には立っていた。
「……どう? ここは急遽用意したんだけど、良かったら、フィオナの好きなように改装してくれ。もし、気に入らないなら、建て替えても構わない。費用なら、気にしなくても良い」
シリルはここ数日結婚のために走り回っていたはずなんだけど、そんな様子など感じさせない涼しい顔をしてそう言った。
「いえ。十分ですわ……とても素敵で……」
シリルが魔王討伐の報酬で購入した邸は私が今まで住んでいたノワール伯爵家より、段違いに格上だった。
文句の付けようなんて、何もないくらい。こんな私がこんなに素敵な邸に住めるなんて、信じられない。
「俺の事情で、先に籍を入れることになったけど、結婚式はゆっくり準備してから半年後くらいにしよう。フィオナのドレスだって注文しないといけないから……」
「あのっ……私。結婚式なんて、大丈夫です」
もし、彼と豪華な結婚式をすれば、お父様の仕事関係や親戚周り……私の友人たちも、呼ばなければいけなくなる。
そうなると、皆こう口に出さずに思ってしまうはずだ。何故、あんなにも素敵な勇者の隣には、何の長所もなさそうな子が居るのだと。
「……え? それはどうしてだか、訳を聞いても?」
私の結婚式への否定的な意見を聞いて、シリルは不思議そうだ。
すべての女の子は結婚式に憧れを抱いていると、彼は思っているのかもしれない。私も……前は確かにそうだった。
「あの……私。注目されるのが、あんまり好きではなくて……」
私が背の高い彼を見上げてそう言うと、シリルはそんな子どものワガママのような意見を聞いても優しい眼差しだった。
きっと、外見だけではなく中身だって素晴らしい、とても良い人なのだ。こんな私には、本当に勿体ないくらいに。
「そうか……では、式は二人きりでしようか。お互いに気心の知れた友人だけを招待しても良いし……そんなに憂鬱そうな表情を、しなくても良い。俺は元々の貴族ではないから、少々の奇行は許して貰えるさ。世界だって救ってるし」
そう言ってもらえて安心して私がホッと大きく息をついたので、シリルはやはり不思議そうに首を傾げた。
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