第16話 ワイはヲタク村の村長
食事のあと、俺は渋谷のあちこちを連れ回され、愛凛の買い物に付き合った。
彼女はとにかく決断が早く、服でもコスメでも雑貨でも、気に入ったものは悩むことなく買った。同行している俺がちょっと不安になるくらいだ。
「ラブリーってさ、お
「月5万だよ。部活関係の費用は別に出してもらってるけど」
(けっこうもらってるな……)
授業料や部活の費用とは別に、娘に月5万円の小遣いを渡せるというのは、よほど余裕があると見ていい。詳しくは知らないが、駒沢から自由が丘へ引っ越したりもしてるし、愛凛の家は金持ちなのだろうな。
(しかし、女子というのは金がかかるんだな)
それも、俺にとっては発見だった。知る限り、愛凛は服にアクセサリー、香水にコスメ、そのほか小物、美容院やネイルにも定期的に通っているとすると、ずいぶんな金が必要になる。
月5万円でやりくりできているのは、むしろたいしたものだ。
1〇9やスクランブル〇クエア、ZA〇Aや古着の路面店などでは、メンズコーナーに立ち寄って、俺に似合うコーディネートをアドバイスしてくれた。先ほど愛凛の言っていた清潔感ある服装というのが、より具体的にイメージできたのは収穫だった。
夕方になってから、愛凛はようやく一休みしたいと言い出し、センター街にあるカラオケボックスに入った。
靴を脱いで横になりたい、などと言うから、そうなるとまぁ、ぱっと目に
部屋に入って早々、愛凛はソファにばたりとうつぶせに倒れた。
「あぁ、ちかれたねー。ちぃと休んでこうよ」
愛凛に持たされた両手の大袋を
すると、即、うとうととしてしまう。
しばらく、ともに死んだように無言で倒れていると、店員がノックとともに入ってきて、絶句した。本当に、死んでいるのかと思ったかもしれない。俺は音と気配で気づいたが、愛凛はうつぶせになったままぴくりともしない。
若い女性店員が、目を丸くし、半笑いで愛凛の方を見た。
「彼女さん、大丈夫ですか……?」
「あ、たぶん大丈夫です。一日歩いて疲れちゃったんだと思います」
買ったばかりの自分のサマージャケットを広げて愛凛の背中にかけると、店員は、
「彼氏さん、優しいですね」
と素敵な言葉を残して、立ち去った。
うん、そうか。俺たちはカップルに見えるのか。
それはよき、実によき。
「おーい、誰が誰の彼氏さんだってー?」
「げっ、なんだ起きてたのか」
「まぁ、みーちゃは優しいとこあるよ。アンタと付き合える子は、けっこうアタリだと思うよ」
「そ、そうか」
「これ、かけてくれてありがと。ただ残念なことに私、今はとっても暑いの」
言いながら愛凛は起き上がり、俺のジャケットと、もともと着ていた自分のジャケットも脱いでしまった。
黒いワンショルダーのタンクトップ一枚になる。
さて、聞いてくれ。
ここで、俺には非常に重大で深刻な疑問がある。
こういう場合、ブラってどうなってるんだ?
ブラって普通、
でも、思いきり
ストラップのないブラとかがあんの?
それともブラにもワンショルダータイプがあんの?
それともまさか、ブラをしてないの?
謎すぎる。
有識者はコメント欄で教えてくれ。
二次関数や三角比の難問よりも難解な疑問に頭を痛める俺の前で、愛凛はよほど暑くてうっとうしいのか、ミニスカートの足を組み、両腕を上げてネックレスを外す仕草をした。
Oh, It’s 美少女’s WAKI.
そりゃいかん、そりゃいかんて。
こっちは童貞で、思春期のほとばしる性欲を持て余している身だ。しかも想像力だけはヲタクだけに壮大でたくましい。汗に濡れた美少女のワキなんぞは、そうした青少年にとって目がつぶれるくらいに刺激的だ。
くそ、お前のワキをペロペロしたくてたまらんぞ。
俺のこの血の高ぶりを、どうしてくれる。
愛凛はもちろん、俺の純真な心身の変化に気づいてはいない。ネックレスをテーブルに置き、スマホを取り出して、
「L〇NEでも知らせたけど、お台場のスポッ〇ャに行く予定、日程調整してるとこだから。8月半ばまでは、ほとんどみんなの部活の合宿が入ってるから、たぶん合うとして中旬から下旬になると思う」
「あ、あ、ありがとう」
「え、いきなりキョドって、どうしたの?」
「あぁん、いやいや、なぁんも問題なし。最高だよ」
「ちょいちょい不審なキモヲタ出てくるんだよな」
それな。ただ自分磨きを始めたからといって、すぐに生来のキモヲタ臭が抜けるはずもない。
前回、愛凛は俺のためにまた木内さんにアプローチするチャンスをつくってやると言ってくれたが、それがスポッ〇ャ行きの件だ。
「そういえばもちこから連絡あってさ、今月は中旬からずっと海外旅行で、夏休み終わる直前まで帰ってこれないんだって。女子メンツはみんな行きたいって言ってくれてるんだけど、みーちゃ代わりに誰か誘える?」
「あぁ……じゃあオカヤンに聞いてみる」
「誰それ」
「3組の
「どんな?」
「んー、いいやつだよ。ヲタクだけど」
ラブリーのこと狙ってんだよ、とはさすがに言わなかった。
あいつ、喜ぶだろうな。
そして、俺を
俺、悪いけどヲタク村の村長になったから。
村長には絶対服従だよ。
なにしろ、俺がいなかったら底辺ヲタクのお前らは一軍女子と遊びに行くなんて、明らかに、絶対、一生、無理だから。
俺自身はといえば、ついに肝試しのリベンジを果たし、必ず、木内さんと結ばれる。
そのときはお前ら、せいぜい祝ってくれよな。
「念のため確認なんだけど、みーちゃ以外の男子に、あすあす狙いの子はいないの?」
「たぶん。しみけんは鏡さんが好きだし、オカヤンも別に気になってる人がいる」
「しみけん、プリンス(同じクラスの鏡さんのあだ名。弓道部のホープで、シャープで中性的な容姿を持つため)のこと好きなんだぁ。男子よりも女子に競争相手が多そう。やまんばは?」
「山下は、リアルは分からない。もともと二次元世界に恋人がいるから」
「二次元はさすがに草。蓼科メンバー、みんなヲタクだったけど、そのなかでもやまんばはぶっちぎりでこじらせてるよね」
「うん、あれは終身名誉ヲタだよ」
愛凛は口を大きく開け、明るい笑顔で笑った。
愛凛というと、いつも真顔で強さを感じさせる目が特徴的だが、ときに子どものようにはしゃいだり無邪気な笑顔を見せるとき、まったく違う印象を与える。意外なほど、人なつっこい感じのする、愛らしい笑顔だ。
ただ、なついているのは俺の方かもしれないが。
「そういえば」
と、俺はなぜか、以前から持ち越してきた問いを今この場で聞こうという気になった。
「ラブリーは、彼氏いないの?」
「私、いないよ。今は好きな人いないから」
「そう……」
意外ではなかった。その程度のことは聞かなくとも分かるほどには、俺たちは友達として、互いをよく知っている。
愛凛はさらに、俺の口を封じるように、続けざまに言った。
「あすあすに彼氏がいるかどうかは、自分で聞きなさい。ただ、友達として私が色々あいだに立ってることから、察してもらえれば」
「うん……分かった、ありがとう。けどさ、どうしてそこまでしてくれるの?」
「なにが?」
「わざわざみんなで遊ぶ企画まで立てて、調整までしてくれて。めんどくさいだけのはずなのに。ラブリーも、気になる人とかいればそっちと遊んだ方が楽しいんじゃない?」
「ありがと。でも余計なこと考えなくていいの。私、こういう計画立てるの好きだし、ヲタク軍団と遊ぶのも楽しいよ。それにみーちゃもあすあすも友達で、二人のこと好きだから、うまくいったら私もうれしいからね」
「……ありがとう。俺も、ラブリーのことは大切な友達だよ」
「ヲタクのくせに、アツいこと言ってくれんじゃん。それ、あすあすにも勇気を出して言ってあげなね」
マジでいいやつだ。
彼女の後押しがあれば、俺も自然と勇気が
よし、自分磨き、頑張るぞーっ!
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