第12話 蓼科の奇跡-熱き血潮-

 食堂に戻ると、ほかの6人はもう集合していた。

 最上・山下ペアは、捜索を開始して早々に遠藤・清水ペアを発見したが、俺たちと愛凛・望月ペアはついに発見できなかったらしい。


 次は組み合わせを変えてかくれんぼ第2ラウンドだ。今度のお相手は遠藤さん。水泳部で、中学生の頃は関東大会に出たこともあるそうだ。背が高く、元気で明るいムードメーカーで、しかも美人ときている。その容姿と水泳部であることから人魚姫が連想され、今では姫というあだ名が定着している。本人は水泳で体を鍛えすぎたため、特に上半身が骨太でがっちりしているのがコンプレックスらしい。確かに身長があって肩幅も広いからいかにも運動をやっていそうな体格ではある。少しでも女らしく見られたい、ということで、髪を胸が隠れるくらいまで伸ばしているようだ。ただ、その程度のことは欠点にならないくらい、魅力的な人だ。活発で社交的な性格も手伝って、彼女のファンは決して少なくはないだろう。


 その次は最上さんとペアになった。最初は苗字みょうじのインパクトからもがというニックネームが浸透しかけたが、最近では名前のジュンナで呼ばれることが多い。こちらも文句なしの一軍女子で、仲良しグループのほか3人に比べると目立たないが、意外な個性と愛嬌がある。普段はのほほんとしていて、行動力のある愛凛や遠藤さんについて回るのが好きなようだ。ただ書道や茶道をたしなみ、木内さんと同様に所作しょさがとても上品で、しかも天然ぽいところもあるから、独特の愛らしさがある。タイプで言うと、愛凛と遠藤さんが動、木内さんと最上さんが静で、木内さんが完全無欠の王道アイドルだとすれば、育ちはいいがちょっと抜けたふんわり系天然アイドルとして、コアなファンをとりこにしているといったところだろう。


 彼女たちとはともに鬼から隠れる子の側になったのだが、遠藤さんとは屋根裏部屋、最上さんとはプレイルームのソファの裏側にひそんで、二人きりで話す時間を得た。


 このあたりで、俺は限界を感じ始めていた。


 なんの限界かって?

 血が騒ぐんだよ。ぐつぐつと全身の血液が沸騰してくる感じだ。

 なにしろ、一般的にはキモヲタとみなされる高校1年の底辺男子が、クラスの頂点に位置する一軍女子たち、しかも部屋着姿の彼女たちとかわるがわる二人きりで狭い空間に身をひそめるんだ。


 どうなると思う?


 精神も肉体も、ちょっとおかしくなるだろう。


 最後は愛凛とペアになって隠れることになった。

 日中、みんなあれだけの山を登って疲れきっているはずなのに、もうかれこれ1時間近くかくれんぼを楽しんでいる。しかし、俺を含めて少なくとも男子の側は、こんなに面白い遊びをやめる気にはなれない。女子たちはこんな底辺どもとこんなゲームをしていて、楽しいのだろうか?


 第4ゲームが始まるとすぐ、愛凛は俺の意見も聞かず、ずんずん歩いて、スキー用具の備品倉庫へと入った。


 この寮は1年生の蓼科たてしな生活だけでなく、さまざまなシーズンを通して稼働していて、冬場もスキーやスノーボードを目当てに訪れる学生や保護者、学校関係者向けに開放されている。寮を訪れたときは時期が違うので説明は受けていなかったが、備品倉庫はカギがかけられている場所ではないので、なるほどルール上は問題ないし、見つかりにくい。


 愛凛は倉庫内の清掃用ロッカーを開け、バケツやモップを勝手に出して、自ら入り込んだ。


「おい、バカヤロー。いいか、よく聞け。ここをキャンプ地とする!」

「?」

「知らんのかい。ほら、早く入って」

「いや、こんなん狭すぎて入れないよ」

「くっつけば入れるよ」

「いやいや」

「早く!」


 腕をつかまれ、引きずり込まれると、人が二人入るにはやはり無理がある。

 勢い、向かい合って、ぴったりと抱き合うような感じになる。

 その状態で内側から扉を閉めると、もう真っ暗だ。


 (むぅ……こ、これはいよいよいかん……!)


 さすがにこれはまずいと思った。もはや、理性を保てる自信がない。

 わずかな時間で、それは恐らく俺の体温とき出す汗のためだろう、急激に内部の湿度と温度が上がり、俺は意識が朦朧もうろうとするのを自覚した。


 愛凛はしかし、容赦ようしゃがない。


「で、どうだったの?」

「……ん、なにが」

「なにがじゃねぇよ。あすあすとちゃんと話せた?」

「あぁ……それなりに、かな」

「詳細を報告しなさい。私が、お膳立ぜんだてしてあげたんだから」

「ほ、報告ね。えぇっと、お昼ありがとうって言われた」

「あぁ、みーちゃ頑張ってたもんね。あれはよくやったよ。めてあげる」

「あと、ラブリーと付き合ってるのかって聞かれた」

「あははっ、なにそれ」

「仲がいいからってさ」

「そう。それで?」

「それから、明日の肝試しのパートナーになってくれって、お願いした」

「マジ、ヲタクのくせにやるじゃん。あすあすは?」

「……OKくれた」

「奇跡だね。やっぱり積極的にいってみるもんでしょ。じゃあ明日は告白だね」

「は、告白!?」

「当たり前でしょ。少なくとも好意を持ってるってことははっきり伝えないと……って、さっきからなにもぞもぞしてんの」

「いや、ちょっと……」

「私だって狭いんだから。あんまり動か……」


 と、言いかけて、不意に愛凛は黙った。

 黙ってから、彼女はなにかをこらえるように震えを発し、そしてとうとうクク、と声を漏らした。かくれんぼをしていないなら、遠慮なく大口で笑っていたことだろう。

 彼女には、彼女の下腹部に突きつけられた恐るべき殺気の正体が分かったらしい。


 ボルトアクション式スナイパーライフルAWM300マグナムの先端を。


「わ、笑うなよっ!」

「うん、いや、ごめんごめん。これは私が悪かった。これはしょうがないよ」


 愛凛が笑いつつも素直に謝るので、俺は振り上げた拳のやり場もなく、しかし自らの熱い血のうずきをどうすることもできない。ロッカーは極端に狭く、どれだけ身をよじっても、身体的接触を避けようがなかった。


 酷な状況だ。


 さすがにみじめすぎるのか、愛凛はこの件に関する限り、俺を非難することもイジることもなかった。

 彼女の言った通り、これはもうしょうがないことだ。行為ではなく、現象だからな。


「とにかく、明日の夜は決戦だから。腹くくって、全力でやんなよ。チャンスはもう二度とないと思ってさ」

「お、おう、分かった」


 時間いっぱいまで隠れ続け、ようやくアラームが鳴ったときには、緊張と興奮と熱さのために半分、意識も飛びかけていた。


 俺は計4ゲームですべて子になり、すべてでタイムアップまで隠れきった。

 このため第5のあだ名として、隠密おんみつと呼ばれるようになった。かくれんぼの天才、ということだろう。


 時間も時間だから、そのまま男女で別れて就寝となったが、どうも血がざわざわして寝つけない。そしてそれは、俺に限った話ではなかった。


 4人部屋の電気が消えてから、15分くらいってからだろうか。

 廊下の明かりだけがあわく差し込んでくる部屋の中、二段ベッドの俺の上でひっきりなしに寝返りを打っていた山下が、ばっと勢いよく起き上がる気配とともに、まるで気がふれたように宣言した。


「俺、もう我慢できない。トイレで処理してくる!」


 そそくさと部屋を出ていく山下の背中を、仲間の哄笑こうしょうが追った。俺たちもやつの気持ちは痛いほどに分かる。しかし、わざわざ俺たちにそんなことを打ち明けて出ていくなんて、律儀りちぎなやつだ。


 残された俺たちは、しばらく笑いの連鎖から逃れることができずにいたが、清水もとうとうその気になってしまったらしい。ゲラゲラ笑いながら、スマホを片手に二段ベッドを下りてきた。


「ちょっと、俺もイタしてくるわ」


 そのあとすぐ、望月も後を追った。

 望月には以前から同性愛者疑惑がくすぶっていて、もちこなどとあだ名されていたが、女に対する性欲があるんだな。


 こうなると、俺だけが残るわけにはいかない。


 寮2階の男子トイレは消灯後だというのに、4つの個室がすべて埋まるという異常事態になった。


 個室の一つに立てこもり、4人の美しい女たちに襲われ、かわいがられる光景を想像しながら、一方で俺は高岡愛凛という女に対し、尊敬さえ通り越して、畏怖いふに近い感情を覚えた。


 明日の朝、たぶん俺たち男子部屋の全員の枕は、血に濡れているだろう。


 まさに完全犯罪だ。

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