第9話 蓼科の奇跡-生足天国-
ウチの高校はほかの学校にはない特色がいくつかある。
例えば制服や校則がないこと、競技かるた部があることなどだが、ほかには二期制を採用していることも挙げられる。
このため、6月半ばに前期中間考査があり、10月に前期末考査と前期終業式、後期始業式があるという具合に、学校生活が進んでゆく。
ただ、7月下旬から8月下旬にかけて夏休みがあるというのは、ほかの学校と同じだ。
この夏休みの初頭以降、各クラスごとに
その班決めで、奇跡が起こった。
40人クラスで8人の班を5組つくり、班構成は男女半々とする。
この条件のもとで班をつくるように、との指示が担任教師から出てすぐ、愛凛が俺を振り返って、にやりと微笑んだ。
「みーちゃ、私と一緒がいいよね。班、組む?」
「えっ……」
「私、あすあすと組もうと思ってるんだけど」
「……ぜひ、組ませていただきたい」
「あはは、だよねー。じゃあ男子、適当に集めておいで」
明言したことはないが、愛凛は俺が木内さん狙いだということをとっくに見抜いている。
ということで、組まれた班は以下のようになった。
女子:愛凛、木内さん、最上さん、遠藤さん
→全員一軍、通称ビッグ4(俺氏調べ)
男子:俺氏、清水、望月、山下
→全員三軍、通称ヲタク四天王(俺氏調べ)
俺がほかの3人を引き連れて愛凛のところへ連れてゆくと、最上さんと遠藤さんはあまりにも悲惨な顔ぶれにちょっとぎょっとしたような表情を浮かべたが、木内さんは少なくともその明るくやわらかい顔色を変えることはなかった。
さすが、生まれながらのアイドルはモノが違う。
愛凛から押しつけられ、俺は班長の役目を
(まさか、面倒な雑用を全部やらせるために、立場の弱い三軍チームを班に入れたんじゃないだろうな)
そう思わぬでもなかったが、たとえそれが事実だとして、もうどうでもいい。
あの木内さんと、4日間も同じ班のメンバーとして一緒に行動できるんだ。これほど甘美で、幸せなことがあるか?
最上さんと遠藤さんも、愛凛と木内さんに続くくらいの美人だ。
あぁ、天国はここにあった。
クラスごとの生活、といっても基本は班単位での行動が多い。ハイキングも飯盒炊爨も、班ごとにまとまって実施する。各班でルートや持ち物を決めて登山をしたり、自由行動の時間もある。同じ班になるということはつまり一心同体、
まがりなりにも班長ということで、俺は当日に備え、着々と計画と準備を主導していった。
夏休みに入った初日、同じTCAのメンバーでもあるオカヤンとボイスチャットをつなぎながら、いつものようにFPSをたしなむ。
『そういえばタカのクラスは明日からだっけ、蓼科』
『うん、明日から』
『帰ってきたら感想聞かせてよ。同じ班、誰がいるの?』
『男子が清水、望月、山下。女子は木内さんと最上さんと遠藤さん、それから高岡』
『は、いやいやいやいや、ちょっと待てって』
『あん?』
『あんじゃなくて。なんかチート使ってない?』
『いや、普通にプレイしてるよ』
『そっちじゃなくてさ。なんでそんな重要なこと、報告しない?』
『なんでって言われてもなぁ』
『高岡と同じ班とかマジでチート疑惑だわ』
『まぁあいつは友達だから』
『うわぁ腹立つ。友達のくせになんで彼氏いるか分かんないんだよ』
『聞いたけど教えてくんないんだよ。悪いな』
最後は嘘だ。彼氏がいるかどうか、愛凛に聞いてなどいない。仮に知っていたとしても、教えるのは気が進まなかった。俺を友達と呼んでくれた彼女のプライベートな事柄を、ゲームのレアアイテムごときと引き換えに売る気にはなれない。どうしても知りたいなら、俺を使わず、自分で確かめるべきだろう。
『いや高岡と同じ班とかマジうらやましいわぁ』
オカヤンはそれからもしつこく何時間にもわたって、
そう思うと、友達の俺としてもちょっと誇らしい。
さてさて、蓼科生活の初日だ。
まずはバスで蓼科の寮へ。荷物を置いて軽く寮の周囲を散策、地理を確認。そのあと昼食。午後はフィールドワークということで、現地コーディネーターの案内のもとで、人造湖である蓼科湖、考古館や遺跡をめぐる。ようやく寮へ戻ってきたら、寮長さんから寮生活のレクチャーを受け、夕食、それから班ごとに入浴、自由時間となる。
清水たちとたまり場である食堂へ下りてゆくと、ちょうど一足先に風呂から出た愛凛たちがいた。ロングヘアーの木内さんや遠藤さんは、しきりとタオルで髪の水分を吸い取っていたり、最上さんはスマホをいじったりと、くつろいだ様子だ。
「みーちゃ、こっち来なよ」
愛凛の手招きに応じてソファに近づくと、まずなんとも形容しがたい甘い香りがこの一帯を包んでいる。恐らくシャンプーやボディソープの香料だと思うが、彼女たちのことだから、スキンケア用品やボディローションなど、野郎には縁のない特別なものを使っているのかもしれない。
それと、季節はもう真夏ということで、みんなラフな姿をしている。愛凛と遠藤さんはTシャツとショーパン、木内さんは半袖のパジャマ、最上さんはワンピースタイプの部屋着と、目もくらむほどのまぶしさと華やかさだ。美しいふとももがまるで林のように並んで、まったくけしからん。
いったいここの治安はどうなってるんだ。ここは生足天国か?
俺たちは彼女たちから近くもなく、遠くもない場所に並んで座り、
俺の最も近くにいる木内さんが、髪をいたわるような優しさで乾かしながら、
「今日、けっこう疲れたね。明日、筋肉痛で山登れなかったらどうしよう」
「う、うん、そうだね」
「みーちゃ、アンタはほんとに気が利かないねぇ。あすあすがアンタに話しかけてくれてるのに、もっとなにか言うことないの?」
木内さんの言葉をただ
「私があすあすの
また、あいつの悪い
木内さんも、その気配を察知したようで、いたずらっぽい笑みを浮かべつつ警戒するように腰を引いている。
愛凛が、ぐい、と木内さんの肩を抱き寄せ、声を低くした。いやはや、大胆な口説き方だね。
「ねぇ、あすあすってどんな化粧水使ってんの?」
「AUX PA〇ADISのオイルインローションだよ」
「へーいい香りすんじゃん。ほら、ほっぺたもぷるぷる。キレイだよ」
「ラブリー、あんまみんなの前でさわんないで」
「恥ずかしがらなくたってさ、俺たち付き合ってんだからいいじゃん」
チュッ、と愛凛が木内さんの頬にキスをするのを目撃して、俺はまるで顔から火が出るのではないかと思った。ほかの童貞キッズたちも、笑うでもなくツッコむでもなく、視線を泳がせて見ないふりをしたり、笑うのに失敗してなぜか渋い顔になったり、ただあわあわしている。一方、女子たちは愛凛のこの種の罪のない悪ふざけに慣れきっているのか、ゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
あんまり善良な童貞たちをからかうんじゃないよ。
そのあと、時間いっぱい班のみんなでトランプや卓球をして遊び、就寝となった。
愛凛はヲタクからかいがよほど楽しいのか、しばしばたちの悪いいたずらを仕掛けてくるのが困ったところだが、それを差し引いても、俺はこの班に誘ってくれた彼女に心からの感謝を抱いた。
こんなに楽しく、素晴らしい夜は生まれて初めてだ。
美しい女性に囲まれて、同じ時間を過ごせるというのは、それだけでこれほど幸福なことなのだ。
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