第7話 君はトモダチ

 6月に入ったばかりのある日、俺は4時限目の後半で居眠りをしてしまい、そのまま授業が終わった。

 脳天に不意のチョップを受け、はっとして顔を上げると、愛凛がクールな微笑を向けている。


「お昼寝、気持ちよかったー?」

「はっ、昼……!?」

「終業の礼を無視するなんて、ヲタクのくせにけっこう度胸あんだね」

「……熟睡しちまった」

「保育園かよ。もうすぐ中間考査近いから、勉強のしすぎ?」

「いや、昨日は4時までゲームしてた」

「……低すぎ君、放課後ちょっと顔貸しなよ」


 呆れたような吐息といきとともに、愛凛はそう言い捨てた。


 (なんだよ……俺、もしかして説教されんのか!?)


 そうではなかった。

 放課後になってから、愛凛は俺を振り返って、ある提案を持ち出した。


「ね、最近ずっと、私フットサル教えてあげてるよね」

「うん、そうだね」

「なにか私に言うことない?」

「あぁ……まぁ、ありがとう」

「じゃあさ、私にもゲーム教えてよ」

「はい?」

「3,000時間もやって、それでもまだ朝の4時までやるくらい楽しいんでしょ? そんなに面白いんなら、どんなのか見せてよ」


 (なんだこいつ)


 俺はそう思った。俺のことを散々ヲタクとののしっておいて、今になってゲームを見せろ?


「……ヲタクのこと、バカにしてんじゃないの?」

「イジったけど、バカにはしてないよ。第一、見たことも体験したこともなくてバカにしようもないよ。みーちゃが3,000時間もやってられるくらい、面白いんでしょ? 人がそんなに面白いと思うもんなら、興味あるよ」

「そう……」


 俺はきつねにでもつままれた気分になった。そうなのか、こいつは俺のこと、バカにしてたんじゃなかったのか。

 俺は小学校の頃にいじめられた記憶のまま、こいつを悪魔のように思っていたが、実は勘違いだったのか。

 いや、そもそも俺はほんとにいじめられていたのか?

 今になると、それすらも怪しい。


 しかし、一口にどんなゲームか見せろと言われてもな。


「Disc〇rdとかのメッセンジャーアプリの画面配信で見せることできるよ。詳しい内容送るから、その、連絡先教えてくれる?」

「いいよ。じゃあL〇NE交換しよ」


 女子に連絡先、聞いちゃった。


 ヤバい。


 しかし、愛凛の場合は幼馴染のような感覚が濃厚にあるからか、緊張はしたが、抵抗感のようなものはなかった。それに愛凛の方もサバサバしているから、妙な恥ずかしさもない。


 夜になってから、俺はアプリのインストール方法などを教え、専用のサーバーを立ち上げた。

 ポコン、という音とともに、設置したルームに「ラブリー」なる人物が入ってくる。


『もしもーし。聞こえてんのこれ』

『あっ、聞こえてるよー』

『へーけっこうクリアに聞こえんだね。みーちゃはこれからゲーム時間なの?』

『うん、いつもは友達とこんな感じでボイスつないでゲームしてる。今日は一人でやるけど』

『ぼっちもいいよね。早く見せてー』

『あ、はいはい』


 ゲームを起動しながら、俺は胸の高鳴りを自覚した。まるで、女子と電話してるみたいだ。

 まぁ、女子なんだが。


『ところで、なんか音が反響してる?』

『あぁ、今お風呂に入ってるからかな』

『お風呂……!』

『なに、想像して興奮した?』

『べ、別に……!』

『カワイイじゃん。みーちゃ分かりやすいよなぁ』

『いや、だから』

『そりゃあ私のハダカ想像しちゃったら、みーちゃには刺激が強すぎるよね』


 こいつ、自分がイイ女だというのをよく分かっている。分かった上で、それさえもひけらかして、俺を挑発している。

 たちが悪い。


 俺は咳払せきばらいをして、話の流れを切った。


『ゲーム準備できたから、配信するよ』

『はーい。で、今日はどんなゲーム?』

『無人島にパラシュートで降下して、最後の一人になれば勝ちってゲーム。あちこちに銃とか手榴弾しゅりゅうだんとか回復とか、アイテムが落ちてるからそういうのを拾って、敵を見つけたら隠れたり戦ったりして、最後の一人を目指す』

『ふーん。でもそれって、強いポジとってからみーちゃみたいにひきこもってたら、勝負つかなくない?』

『時間とともに行動可能なエリアが縮小して、安全地帯を目指してみんなが動くから、どうしても戦いが起こるんだよね』

『面白そうじゃん』


 愛凛は本来、このようなガチゲーマー向けの殺伐さつばつとしたゲームなんぞには興味を示すはずのない属性の人間だと思っていたが、俺の趣味を否定せず素直に認めてくれるのは、不思議とうれしさがあった。

 確かに俺のことはヲタク扱いしてイジってくるが、それ以上の変な先入観や偏見はないのかもしれない。あとはやはり、好奇心がとにかく強いのだろう。


『こんな感じでアイテムが落ちてるから、必要な分だけ拾い集めて、さっさと移動するのがセオリーだね』

『その右上にあるM24て銃、めちゃカッコいいね』

『これは遠距離狙撃用のスナイパーライフルだよ』

『えっ、何それ。望遠鏡のぞきながら撃てんの?』

『うん、たいていの銃は、ターゲットに当てやすくするための照準器をつけるんだけど、遠距離用にはこういう倍率のついたスコープを装備するね』

『めっちゃクールじゃん!』


 それから俺は、愛凛とあれこれとしゃべりながら、そのマッチを進めた。最後は残り4人まで生き残ったところで、側面からスナイパーライフルのヘッドショットを食らって終わった。


しかったねー! 優勝まであとちょっとだったじゃん!』

『ありがとう。まぁ世界中のツワモノが集まってるからね、なかなか最後までは生き残れないよ』

『見てただけなのに面白くて、長風呂しちゃった。いつもは15分くらいで湯船から上がるようにしてんだけど』

『そう、よかった』

『このゲームって、PC持ってれば誰でもできるの?』

『スペックの高いゲーミングPCじゃないと、カクついて動かないよ。安くても10万くらいのは必要かな』

『今度、家に遊びに行っていい?』

『は!?』


 俺は耳を疑い、割れるように大きな声を上げた。

 魂消たまげる、とは文字通りこのことだ。


 当の愛凛は、屈託くったくがない。


『私もやってみたい』

『いや、でも男の家にそんな無造作むぞうさに上がるもんでは……』

『なに男ぶってんの。友達の家に遊びに行くだけじゃん』

『トモダチ……』


 俺はその言葉の響きに一瞬、ふらふらとするような奇妙な陶酔感を覚えた。たぶん、大人になって酒を飲んだら、こんな気分になるのだろう。

 それは思っていたよりも複雑な感覚で、クラスの中心的存在と言っていい一軍女子に友達認定される喜びであり、かつて俺に悪夢を見せたいじめっ子に対する反発であり、これほどのイイ女に一人前の男として見られていないさびしさであり、そして何よりも、衝撃だった。


 一軍ギャルのくせして、俺のような万年三軍の底辺ヲタクを平気で友達と言えるこいつは、なんだ。


『今度の土日、どっちか行っていい?』

『あぁ……じゃあ』


 と、俺はとっさに日曜日の昼を指定した。


 なぜかって?

 この時間、俺の両親はともに外出の予定が入っていることを知っていたからだ。


『おっけー、そしたらチャリで勝手に行くから、住所教えてよ』

『住所は、東京都世田谷区駒沢……』


 今日は、水曜日。つまり4日後に、この部屋に初めて同級生の女子が入るということだ。


 (俺の部屋に、女子が来る。しかも、家族は不在。これはつまり……)


 そう。

 分からせる時が来た、ということだ。

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