第5話 一軍ギャルと三軍ヲタク
TCAに入ってから、俺は別のクラスの
この世界は、なんといってもセンスだ。俺はFPSのプレイ3,000時間などと
マッチを回しながら、雑談を交わす。
『ここSKSと6スコ余ってるよ』
『おけ、取りに行く』
『そういえばさ、タカって高岡愛凛と幼馴染ってほんと?』
『あ? まぁ小学校が一緒だったのは確かだけど』
『今も仲いいの?』
『仲は最悪だよ。俺の前の席だから、
『へーいいじゃん。めちゃくちゃ美人だって俺のクラスで噂になってたよ』
『280に敵、けっこう遠い。そうなの? まぁ顔はキレイだけど性格がヤバいからな』
『どんな風に?』
『いじめっ子だよ。俺も小学校の頃はだいぶウザ絡みされた。ゲームで言うとひっきりなしに口プ(口プレイの略。対戦ゲームにおいて相手を
『絡めるだけいいじゃん。一度でいいから高岡としゃべってみたいって男子が、うちのクラスには山ほどいるよ』
『280撃ってきてる。回復入れるわ』
『了解、カバーしとく。高岡って彼氏とかいんのかなぁ』
『さぁ』
『タカさ、さり気に聞いといてくんない?』
『はぁ!? なんであんなやつの』
『頼む頼む、気になって夜しか寝られないから』
『夜寝られたら充分だろ』
『聞いてくれたら、レアアイテム贈るから』
『……分かったよ、聞けたらな』
俺の予想では、愛凛に彼氏はいない。もちろん彼氏がいた時期はあったろうが、今はいないと思う。木内さんも、いないはずだ。
はっきりと聞いたわけではないが、昼休みに彼女たちの会話をずっと盗み聞きしている俺の分析と、勘だ。
翌日、珍しく俺の方から、愛凛に話しかけてみる。こんなやつに自分から絡みにいくのは不本意の限りだが、あいにく俺は友人との信義はまっとうする男だ。
「高岡さん」
「ラブリーでいいよ。なぁにキムヲタ君」
キムチ弁当事件以来、俺は第四のあだ名として、キムヲタと呼ばれるようになった。傷だらけの男だけが持つ、栄誉ある勲章だ。
ちなみに第一のあだ名はみーちゃ、第二は低すぎ、第三は3,000時間、となっている。これほどバラエティ豊かなニックネームを持つ者は俺のほかにいないだろう。
「ラブリーって、部活以外の時間はなにしてるの?」
「部活以外で? んー平日?」
「平日もだし、休みの日とか」
「えーキムヲタ君、私のこと知りたいの? デートに誘う気?」
「そ、そんなんじゃねぇし!」
「ヲタクのくせにカワイイじゃん」
この上から目線がやみつきになるくらいに腹が立つ。
「平日は部活ある日は帰ってご飯食べて、そのあと軽く勉強、サイエンス系の動画見ながらお風呂入って、早めに寝るかな。土日はあすあすたちと遊んだり、美容院とかネイルとか用事入れることもあるけど、たいてい一人で、ぶらぶら服見に行ったり、美術館行ったり、ジョギングとか筋トレしてのんびりしてるよ。夜はアロマたいてゆっくり本を読むことが多いかな」
俺はこの答えを聞いて、新鮮な驚きと発見を得た。衝撃と言ってもいい。
まず、彼女は俺のことを
それと、話の内容だ。多趣味で、しかも意外性がある。見た目はギャルっぽくて表情も冷たいことが多いが、高偏差値の高校に通っているだけあって勉強も堅実にやるし、サイエンス系の動画を見たり読書をしたりと知的な時間も多い。美術館が好きなのは外見とは正反対でさすがにお嬢様っぽいし、ジョギングや筋トレを習慣にしているのはストイックな印象を与える。一方でアロマをたいてゆったりした時間を演出する優雅さもあり、もちろんファッション関係も手を抜いてはいない。俺のような人間とは時間の使い方がまるで違う。俺は時間を消費もしくは浪費しているだけだが、こいつの場合はすべてが自分のための投資になっている。
(これが、真の一軍女子なのか……)
俺は敗北感さえ抱いた。
席がすぐ後ろだから薄々感じてはいたが、このわずかな時間でこれだけ魅力と話題性を盛り込んで人に話せるのは、才能だ。恐らく誰が聞いても、彼女といくらでも話していられる、あるいは話していたい、どんな人なのか知りたい、そう思わせるようなワクワク感を持つだろう。
少なくとも、俺はそう思わされた。
あの高岡愛凛と話したい、俺がそんなことを思うとは。
「めちゃくちゃ趣味多いね。休みの日は一人のこと多いんだ?」
「うん、ぼっちけっこう好きだよー。一人でラーメンとかステーキとか食べに行ったりするし」
「マジか」
俺は驚きをやや通り越して
コミュ力が高いと、自分に自信がつくのか、さまざまな人生のオプションがあるようだ。
「高校生だからって入れない店、そんなにないからね。低すぎ君だって一人が好きでしょ?」
「うん、まぁ。でもラーメン屋とか、女の子が一人で入るの、抵抗ない?」
「ううん、全然。だって気にする必要なくない? 私が一人でラーメン食べてるとか、他人にとっては超どうでもいいことじゃん。そんな超どうでもいいこと気にして、やりたいことできないとかもったいなくない? 自分で自分を損させるだけだよ」
「……うん、確かに」
妙な説得力が、彼女の言葉にはあった。それは口だけじゃなくて、実際に彼女がやりたいことを好きなようにやっていると、そう見えるからだろう。
考えてみれば、他人の目を行動の基準にしているような人間が、高校生活の初日からミニスカート、口紅、ネイル、ピアス、指輪といった派手な姿で現れるはずがない。
彼女がそういうファッションを好むのは、他人に迎合しているからではなく、むしろ単にやりたいことを人目を気にせずやっているだけなのだ。
一方、周りが気になって、ラーメン屋にすら一人で入れない俺は、まるでお豆腐メンタルだ。ちょっと情けない。
俺はある種のカルチャーショックを受けて、
(ちょくちょく話しかけて、探ってみよう)
そんなことを思ったのが、俺にとっては最も大きな変化だった。
小学校の頃、俺をいじめていたこいつは俺の天敵だ、悪魔のようなやつだ。
それがたった一度、ほんの短い時間、会話を交わしただけで、一軍女子の輝きとギャルのメンタリティというものを思い知らされ、彼女に魅力があると認めさせられ、そしてまたしゃべってみたいと思わされている。
まったくどうなってるんだ。
俺にも分からん。
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