「魔族の内乱は一刻も早く収めなければならないのよ」

「魔族の内乱?」

アリシアは、手にした書状を眉をひそめながら読み上げた。エデンヤードの館の執務室で、セイレンと共にイシュタラからの連絡を確認していた。

「どうやら、エルザが魔王になってから、人族との協力に反対する魔族たちが暴動を起こしたらしいわ。エルザはなんとか鎮圧しようとしているけど、手に負えないみたいね」


「そうか……」

セイレンは、アリシアの隣に座って、書状を覗き込んだ。


エルザ・ベルガモットは、アリシアの元部下であり、彼女が王を退いた後に魔王となった。セイレンは、エルザとは何度か会ったことがあったが、彼はアリシアに忠実で有能な魔族だった。


「エルザは大丈夫だろうか? 彼は魔王としてまだ経験が浅いし、人族との協力にも賛成している。反対派の魔族から狙われる可能性が高い」


「心配しなくてもいいわ。エルザは私の右腕だったんだから。そう簡単にやられるような人じゃない」

アリシアは言った。

「でもこの書状では、私に助けを求めている」



「それなら、僕たちもイシュタラに行ってみるのはどうだろう? エルザの様子を直接確かめることができるし、もし何かあったら助けてあげられるかもしれない」

セイレンは、アリシアに提案した。彼は、エルザとは友好的な関係にあったし、魔族の内乱がエデンヤードにも影響を及ぼすことを懸念していた。


「えっ? あなたがイシュタラに行くの? それは珍しいわね。人族の元国王が魔族の国に行くなんて」


「二人で呪魔法の研究をしていた時にも、何度かイシュタラに行ったじゃないか。あの時は楽しかったな」

セイレンは、アリシアに言った。彼は、呪魔法の研究を通じて、アリシアとの距離を縮めることができたと感じていた。


「楽しかった? 私はあなたの行動にたいぶ困惑したわ。私の部下の振りをして、勝手に街に出て行ったり、挙句の果てには街の祭りを取り仕切ってたり」

アリシアは、セイレンに不満そうに言った。


セイレンは、アリシアの言葉に苦笑した。彼は、初めて魔族の地に入った時のことを思い出した。あの時は、魔族の文化や風習に興味津々で、色々なことに首を突っ込んでいた。それが、アリシアの怒りを買うことになるとは思わなかった。


「ごめん、ごめん。あの時の僕はちょっとおかしかったな。魔族の地は、人族の地とは全然違っていて、目新しいものがたくさんあってね。君の国に対する敬意が足りなかったかもしれない」

セイレンは、謝罪と弁解を混ぜた言葉を口にした。


「敬意が足りなかった? それだけじゃないわよ。あなたは私の国に来て、私の権威を無視して、好き放題にして……」


セイレンは、アリシアの言葉に反論しようとしたが、思いとどまった。

「ごめんなさい、アリシア。本当に悪かった。君と君の国に対する敬意を示さなかったことを、心から謝るよ。だから、もう二度とあんなことはしない。許してくれるかな?」

セイレンは、真剣な眼差しでアリシアに訴えかけた。


「あれはだいぶ昔のことだし、もういいわよ。気にしてないわ」

アリシアは、セイレンの謝罪に冷たく答えたが、心の中では少し嬉しかった。彼が自分に気を遣ってくれるのは、嫌いではなかった。

「さあ、もう時間がないわ。エルザの元へ急ぎましょう。魔族の内乱は一刻も早く収めなければならないのよ」




「アリシア様、わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

エルザは、アリシアとセイレンを自分の執務室に案内した。部屋には大きな机と椅子があり、壁には地図や書類が貼られていた。エルザは机の上にある一枚の書類を取り出し、二人に見せた。


「これが、現在の魔族の内乱の状況です。反乱軍は、人族との協力を嫌う魔族たちで構成されており、帝国の各地で暴動や襲撃を起こしています。彼らは、アリシア様が魔王を退いたことで、帝国が弱体化したと考えているようです」


「なんて愚かな……」

アリシアは書類に書かれた数字や記号を眺めながら、呆れた声を漏らした。


「私が魔王を退いたからといって、帝国の力が衰えたわけではない。むしろ、エルザが魔王になったことで、帝国はより強固になったはずよ。私はあなたを信頼しているし、あなたは私の代わりに帝国をしっかりと統治してくれると思っている」


「ありがとうございます、アリシア様。そのお言葉は大変嬉しいです」

エルザは感激した表情でアリシアに頭を下げた。


「しかし、反乱軍はそう思わないようです。彼らは、アリシア様が人族のセイレン様と結託し、魔族の誇りを捨てたと非難しています。彼らは、セイレン様を敵視し、エデンヤードを破壊することを目的としています」


「そんな……」

セイレンは驚いた声を上げた。


「反乱軍の首魁しゅかいは、かつてアリシア様に仕えていた魔族、ザルト・ヴァイオレットです。彼は、アリシア様に匹敵するほどの呪詛力を持ち、多くの魔族を引きつけています。彼は、私を偽りの魔王と呼び、アリシア様を裏切り者と罵っています」


「ザルト・ヴァイオレット……」

アリシアはその名前に思い当たるものがあった。彼は、かつて自分の部下だったが、自分の野望のために裏で暗躍していた魔族だった。彼は、自分が魔王を退くと聞いて、反乱の準備を始めたのだろう。


「彼は、私が魔王を退いたことで、自分のチャンスが来たと思ったんでしょうね。でも、彼は大間違いよ。私は魔王を退いたけれど、私はまだ魔族の一員よ。私は、エルザやセイレンと共に、エデンヤードを守るために戦うわ」


「アリシア様……」

エルザは感動した声でアリシアに礼を言った。


「それでは、どうすればいいですか? 反乱軍は日に日に勢力を増しています。もし放置すれば、帝国は分裂してしまうかもしれません」


「私に、ある案があります」

セイレンが口を挟んだ。


「どんな案ですか?」

エルザがセイレンに尋ねた。


「反乱軍の目的は、エデンヤードを破壊することですよね? では、エデンヤードに誘い出して、そこで決着をつけましょう」


「エデンヤードに誘い出す? それは危険ではありませんか?」

エルザが不安そうに言った。


「大丈夫です。私たちはエデンヤードの領主ですから、エデンヤードの地形や施設を有利に使えます。呪魔法を使える者もいるので、強力な戦力になるでしょう」

セイレンは答える。

「それに、アヴァロン・レイン王国にも協力を求めるつもりです。王国の騎士団は、反乱軍に対抗できる実力があるでしょう」

セイレンは笑顔で言った。


「それは心強い。セイレン様、アリシア様、感謝します。私はあなたたちのおかげで、魔王としての責務を果たせる」

エルザは深く頭を下げる。


「いいえ、私たちがあなたに感謝すべきなのです。あなたがイシュタラ・ノクターナ帝国の魔王として、人族と魔族の和平に協力してくださることは、この世界にとって大きな意義があります」

セイレンは温かく笑う。


「そうよ。エルザは私の後継者として、立派に帝国を統治してくれているわ。私も誇りに思っているのよ」

アリシアは優しく言う。


「アリシア様……」

エルザは感動の涙をこらえる。

「ありがとうございます。イシュタラ・ノクターナ帝国としても、反乱軍鎮圧のため、できる限りの協力をします」

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