「もしかして、この二人が呪魔法を使って森を凍らせたの?」
「ルナリアの森が氷に覆われた?」
セイレンは驚きの声をあげた。彼はアヴァロン・レイン王国から遣わされた兵士の報告書を手にしていた。ルナリアの森は、イシュタラとの国境近くにある、月の光が差し込む美しい温暖な森である。そんな森が氷に覆われるなんて、信じられなかった。
「どういうことだ? 誰がこんなことをしたのだ?」
セイレンは兵士に問いただした。兵士は恐縮しながら答えた。
「わかりません。私たちは現場に着いたときには、すでに森は凍りついていました」
兵士は少し口ごもりながら、続けて言った。
「呪魔法によるものでは、という者も」
「呪魔法だと?」
セイレンは眉をひそめた。
「どうしてそう思うのだ?」
セイレンは兵士に詳しく聞いた。兵士は恐る恐る答えた。
「森の中に、魔術と呪詛の両方の痕跡が残っていました。それに、氷の結晶には、複雑な魔法陣が刻まれていました。それらは、呪魔法の特徴と一致すると、私たちは判断しました」
セイレンは驚いた。確かに、それらは呪魔法の証拠に見えた。しかし、なぜ誰かが呪魔法を使ってルナリアの森を凍らせたのだろうか?その目的は何なのだろうか?
「アリシアどう思う?」
「呪魔法というのは、人族と魔族が協力して使う力だから、その目的も協力的なものである可能性もあるわね。例えば、森を凍らせることで、何かを封じ込めたり、守ったりするとかね」
彼女はそう言って、首を傾げた。
「でも、ルナリアの森には何もないわよね? 特別なものがあるとすれば、あの花くらいだけど……」
「あの花……?」
セイレンは目を細めた。彼は何かを思い出したようだった。
「そういえば、ルナリアの森には伝説があったな。月の女神ルナリアが愛した人間の王子が死んだとき、彼女が涙で咲かせた花があるとか……」
「そう、あの花のことよ。ルナリアの涙と呼ばれる花。月の光に照らされると、白くて小さな花びらが青く輝くの。形は星のようで、一つ一つが細かく切れ込んでいるの。香りは甘くて爽やかで、夜になると強くなるの。私はあの花が好きよ。魔界にはない不思議な魅力があると思うわ」
彼女はそう言って、目を輝かせた。
「アリシアは花が好きなんだな。意外だ」
セイレンは笑った。
「意外って、どういう意味よ? 私が花が好きになれないとでも? 魔族だからって、すべてが暗くて残酷なわけじゃないわよ」
彼女は怒った。
「いやいや、そういう意味じゃない。ごめんごめん。ただ、アリシアはいつも強気で高慢で、花のように優しくて繊細なものに興味があるとは思わなかっただけだ」
セイレンは慌てて釈明した。
「ふん、それでも失礼ね。私は強気で高慢だけど、優しくて繊細なものも好きよ。それに、花は強くて美しいものだと思うわ。生命力があって、色や形や香りで人を惹きつけるもの。それが私の理想なの」
彼女はそう言って、胸を張った。
「そうか。それは素敵だな。僕も花が好きだよ。特にルナリアの涙は、月の女神の愛情が感じられて、ロマンチックだと思う」
セイレンはそう言って、優しく微笑んだ。
「ロマンチック……?」
アリシアは驚いた。
「セイレンも意外ね。あんたがそんなこと言うとは思わなかったわ。あんたはいつも実直で爽やかで、ロマンチックなものに興味があるとは思わなかったわ」
彼女はからかった。
「君こそ失礼だな。僕だってロマンチックなものに興味があるぞ。それに、実直で爽やかであることと、ロマンチックであることは矛盾しないだろう」
セイレンは反論した。
「あの……お二人のお話の中、申しわけないのですが……」
兵士が恐る恐る口を挟んだ。
「あ、ああ、ごめんなさい。ルナリアの森が氷に覆われた原因を探らなければいけないわね」
アリシアは申し訳なさそうに兵士の方を見た。
「私たちが直接ルナリアの森に行ってみるのが一番よ。私たちの呪魔法なら、氷を溶かすこともできるし、何者かの痕跡も見つけられるかもしれない。この美しい森を守らないと」
アリシアはそう言って、セイレンに提案した。
「確かに、ルナリアの森は美しい。でも、それだけじゃない。この森は魔族と人族の境界に近い。私たちが協力して守らなければならない場所だ」
セイレンは真剣に言った。
「これはすごいな……」
ルナリアの森を見たセイレンは息をのんだ。森全体が白く凍りついていた。月光に照らされた氷の結晶がキラキラと輝いていたが、それは美しさというよりは恐ろしさを感じさせた。
「誰かがこの森を凍らせた目的は何だろうな……」
セイレンは疑問に思いながら、森の中に入っていった。氷に覆われた木々や草花がカチカチと音を立てていた。寒さに耐えながら、セイレンは周囲を注意深く観察した。
すると、彼はふと小さな人影を発見した。氷の下に埋もれているように見えた。セイレンは近づいてみると、それが一人の少女だと気づいた。少女は青白い顔をしており、目も閉じていた。生きているのか死んでいるのかもわからなかった。
「おい、大丈夫か?」
セイレンは少女に声をかけたが、返事はなかった。彼は少女の手首に触れてみると、まだほんのりと温かさを感じた。生きているようだった。
「よかった……」
セイレンは安心したが、すぐに困惑した。この少女は一体誰なのだろうか。そして、どうしてこの森にいるのだろうか。彼は少女の服装を見て驚いた。それは明らかに魔族のものだった。黒いローブに赤い模様が描かれており、頭には角のような飾りがついていた。
「まさか……この子が呪魔法を使ったのか?」
セイレンはそう考えると、急に不安になった。
「セイレン、こっちに来て!」
そんなとき、彼の耳にアリシアの声が聞こえた。セイレンは少女を担ぎ、アリシアの方に向かった。アリシアは少女と同じくらいの年頃の少年を見つけていた。少年も氷に覆われており、動かないでいた。
「これは……人族の子だな」
セイレンは少年の服装を見て言った。それは白いシャツに青いズボンという、人族の一般的なものだった。少年の顔も人族らしいものだった。
アリシアが少年の手首に触れてみると、やはり温かさを感じた。
「生きてる」
「それはよかった……でも、どうしてこんなところにいるんだ?」
セイレンは疑問に思った。この森は子供が一人で来るような場所ではない。しかも、人族と魔族の子供が一緒にいるというのも不自然だった。
「もしかして、この二人が呪魔法を使って森を凍らせたの?」
アリシアはそう推測した。二人がこの威力の呪魔法を使えるとしたら、それは驚異的なことだった。
「二人とも大丈夫?」
セイレンは魔術と呪詛で回復した少年と少女に声をかけた。二人は目を開き、彼に不審な表情を見せた。
「あなたは誰?」
少年はセイレンの顔を見て、警戒した様子で尋ねた。
「私たちは……」
セイレンは二人に自己紹介しようとしたが、アリシアに遮られた。
「私たちはただの旅人よ。この森に来てみたら、凍っていたから調べてみただけ。二人が倒れていたから助けてあげたの」
アリシアはそう言って、無関心なふりをした。
「私はアリシア。この人はセイレン。あなたたち、名前は?」
「私はエリス。魔族の……」
エリスは自分の出自を言おうとしたが、少年に止められた。
「エリスは魔族じゃないよ。人族と同じだよ。私はカイル。人族の……」
カイルも自分の出自を言おうとしたが、エリスに止められた。
「カイルは人族じゃないよ。魔族と同じだよ」
エリスはカイルの言葉を否定した。
「えっ?どういうこと?」
セイレンは二人のやりとりに驚いた。
「二人とも、本当のことを言ってくれない?」
アリシアは二人に真実を求めた。
「……わかった。私たちは、この森で出会ったんだ。私は魔族で、カイルは人族だけど、仲良くなって、一緒に遊んでいたんだ」
エリスは素直に話し始めた。
「そうだよ。でも、この森が凍ってしまったのは、私たちのせいなんだ。森で見つけたきれいな花を取っておこうとして、二人で呪詛と魔術を使ったら、突然あたりが凍り付いてしまって……」
カイルも後ろめたそうに説明した。
「そういうことか……」
セイレンは二人の話を聞いて、納得した。
「ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
エリスとカイルはセイレンとアリシアに頭を下げた。
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