「ほらー、きりきりとあるいて、わたしをおうちにつれていきなさーい!」
エデンヤードの広場には市が立つようになった。人族と魔族が和気あいあいと交流する光景は、かつての戦争の記憶を払拭するかのようだった。
「ねえ、セイレン。あれ見てよ」
アリシアはセイレンの腕を引きながら、本屋の前に立っていた。本屋の店先には、大きな看板が掲げられていた。
『ネビュラとの最終決戦! 英雄セイレンと魔王アリシアが放つ奇跡の呪魔法!』
看板には、セイレンとアリシアが手を繋いで空中に浮かび、巨大な魔法陣を描いている絵が描かれていた。
「なんだこれ……」
セイレンは呆れたように言った。
彼らがギガントを倒した時のことを書いた本だった。しかし、その内容は大げさに脚色されていた。
「私たちがこんなことをしたなんて、記憶にないぞ。」
別の本のタイトルにはこう書かれている。
『ラブ・ラブ・ファイヤー・アタック ~呪魔法の創造者たち~』
「うわあ……」
アリシアが頭を抱える。
「あの恥ずかしいノクターナ・レイン・アヴァロン・ストライクが、さらに恥ずかしい名前に……」
アリシアはキッとした顔をして言う。
「今すぐ全ての本を消し炭に……」
「待って、アリシア。そんなことをしたら、本屋の人に迷惑がかかるだろう」
セイレンはアリシアの手を掴んで、呪詛の力を封じる。アリシアはセイレンの手を振り払おうとするが、セイレンの力には敵わなかった。
「ぐぬぬ……セイレン、離してよ。私はこの本を許せないわ。私たちの名誉が傷つくじゃない」
アリシアはセイレンに訴えるが、セイレンは笑って言った。
「名誉も何も、私たちはもう王でも魔王でもないんだ。エデンヤードの領主に過ぎない。それに、こんな本があることで、私たちの功績が広まるかもしれないじゃないか」
「じゃあ、これを読んでみようか」
セイレンは本を手に取って開いた。
「えっ、やめてよ。それは……」
アリシアは慌てて本を奪おうとしたが、セイレンは本を高く掲げて読み始めた。
「『彼女は彼の唇に自分の唇を重ねた。彼女の呪詛力と彼の魔術力が混ざり合って、熱い波動が二人の間に広がった。彼女は彼に抱きしめられて、幸せを感じた。彼女は彼に囁いた。「セイレン……私……」』」
「やめてよ~!」
アリシアは耳を塞いで叫んだ。
「あの本を買うなんて信じられない……」
「最高の買い物ができたな」
セイレンは上機嫌でアリシアに話しかける。
「ねえ、セイレン。あの本を読んでるところを見られたら、どう思われると思うの?」
アリシアはセイレンに不満げに話しかけた。
「私たちが本当にそんなことをしているみたいに勘違いされるかもしれないじゃない」
「そうかもしれないな。でも、それは悪いことか?」
セイレンはニヤニヤしながらアリシアに返した。
「私たちはエデンヤードの共同領主だ。人族と魔族の和平の象徴だ。だから、仲が良いのは当然だろう」
「仲が良いのはいいけど、あんなに……」
アリシアは顔を赤くして言葉に詰まった。
「あんなに何だ?」
セイレンはわざとらしく首を傾げた。
「あんなに……恥ずかしいことを……」
「恥ずかしいこと? それは具体的にどんなことだ?」
セイレンはさらにニヤニヤしながらアリシアに近づいた。
「教えてくれよ、アリシア。私たちが本当にやってみたいことは何だ?」
「や、やめてよ! 離れて!」
アリシアは慌てて後ずさった。
「私たちはそんなことをしたくない! 私はあなたのことが好きじゃない!」
「本当か? じゃあ、この本の最後のページを読んでみようか」
セイレンは本を開いて読み上げた。
「『彼女は彼の目を見つめて、真剣な表情で言った。「セイレン……私……あなたのことが好きです」彼は彼女の言葉に驚いて、しばらく無言で彼女を見つめた。そして、彼は笑って彼女の頬にキスした。「アリシア……私も……君のことが好きだよ」』」
「うわぁぁぁぁ!」
アリシアは耳を塞いで叫んだ。
「こんな本を書いた奴は誰だ! 許さない!」
「怒っていても、可愛いな」
セイレンはからかってアリシアの頭を撫でた。
「でも、本当の気持ちはどうなんだ? 私のことが好きじゃないって言っても、信じられないよ」
「信じろって言ってるんじゃない!」
アリシアはセイレンの手を払って怒鳴った。
「私はあなたのことが嫌いだ! 大嫌いだ!」
「そうか? じゃあ、これからもこの本を読み続けるよ。毎日毎晩、この本の内容を実践してみるよ。どうだ? 楽しみだろう?」
セイレンは悪戯っぽく笑った。
「まあそれはいいとして」
「よくない!」
「あれはなんだろう。おいしそうな香りがするな」
「それは魔界の名物よ。魔獣の肉を煮込んで、香辛料と魔草を加えたもの。辛くて濃厚な味わいが特徴ね」
アリシアはセイレンの視線につられて、屋台の前に並べられた鍋を指さした。
「へえ、それは食べてみたいな。どうやって食べるんだ?」
セイレンは興味津々に尋ねた。
「こう、この皿に盛って、このパンに挟んで食べるの。パンが辛さを和らげるから」
アリシアは手際よく皿に料理を盛り、パンに挟んでセイレンに差し出した。
「ありがとう。じゃあいただきます」
セイレンはアリシアから受け取ったパンをかじった。
「うわっ、これは辛い! でもうまい!」
セイレンは目を見開いて感嘆した。
「やっぱり人族は辛いものが苦手ね。でも、気に入ってくれてよかった」
アリシアはセイレンの反応に苦笑しながら、自分もパンを食べ始めた。
「これは魔界ではよく食べるのか?」
セイレンは水を飲みながら尋ねた。
「そうね。魔界では辛いものが多いから。人族の料理は甘すぎると思う」
アリシアは鼻を鳴らした。
「そうか。でも、人族の料理もおいしいと思うよ。エデンヤードでは色々な料理が楽しめるからいいな」
「これは何?」
アリシアが屋台に並べられたカラフルな飲み物をのぞき込んでいる。
「ああ、これはカクテルというんだ。人間界ではお酒を混ぜて飲むのが流行ってるんだよ」
「お酒を混ぜる? なんの意味があるの?」
アリシアは不思議そうに首をかしげた。
「意味? うーん、色々な味が楽しめるからかな。それに、お酒の度数が下がるから、飲みやすくなるし」
セイレンはカクテルの一つを手に取って見せた。
「例えば、これはモヒートというんだ。ラム酒に炭酸水とライムとミントを入れたものだよ。さわやかで爽快な味がするんだ」
「ふーん、それなら私も飲んでみようかしら」
アリシアは興味をそそられて、セイレンの手からカクテルを奪い取った。
「ちょっと、アリシア! それは私のだよ!」
セイレンは慌てて抗議したが、もう遅かった。アリシアは一気にカクテルを飲み干して、口元をぬぐった。
「うわっ、これはおいしい! でもちょっと苦いわね」
アリシアは感想を言って、セイレンにカクテルを返した。
「返してももうないじゃないか! もう一杯買ってくれよ!」
セイレンはカクテルを見て愕然とした。
「ええ、いいわよ。私ももっと飲みたいし」
アリシアは笑って、屋台のおじさんに声をかけた。
「おじさん、このカクテルと他に何かおすすめのものがあったら教えてくださいな」
「ああ、お嬢さんは初めてですか? それならこちらのマルガリータやピーチフィズもどうぞ。甘くてフルーティーな味がしますよ」
おじさんは嬉しそうにカクテルを作り始めた。
「ありがとう、おじさん。セイレン、これでいい?」
アリシアはセイレンに聞いた。
「ああ、いいよ。でも飲みすぎないでよ。人間界のお酒は魔界のものより強いからね」
セイレンは忠告した。
「ふん、私は大丈夫よ。魔王だったんだから」
アリシアは胸を張って言った。
「ほらー、きりきりとあるいて、わたしをおうちにつれていきなさーい!」
アリシアはぐらぐらと揺れながら、セイレンの耳元で叫んだ。
セイレンは苦笑しながら、アリシアを背負って歩いた。アリシアは酔っ払って、セイレンのことをべたべたと褒めちぎっていた。
「ねえねえ、セイレン。あんたってすごいのよ。こんなにつよくてかっこよくてやさしくて……私、セイレンのことがだーいすきなの。だから、もっともっとなかよくなりたいの」
アリシアはほろ酔い声で言った。
「あ、ああ。ありがとう。私もアリシアのことが好きだよ。だから、これからも一緒にがんばろうね」
セイレンは照れながら答えた。
「うん、がんばろうね。でも、きょうはもうおやすみなさーい。セイレンのベッドでいっしょにねようね」
アリシアは目を閉じて言った。
「え?ベッドで一緒に? それはちょっと……」
セイレンは驚いて言ったが、アリシアはもう聞いていなかった。アリシアはすやすやとねむってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます